
若い時は宗教に関心は薄かったが、両親や兄弟の葬儀を経験し、宗教心が芽生えたのだった。江戸時代の檀家制度を引き継ぎ、親の葬儀は浄土真宗の寺だった。その宗派の知識は皆無、赤っ恥をかいたので、汚名挽回、仏教とは何ぞや、猛勉強した。
転勤先が滋賀県彦根で近くに比叡山延暦寺が有り、銀行のメセナの夏季参禅会に7年通い、千日回峰なる行を知り、所縁の寺を巡ったのは懐かしい思い出である。
浄土真宗は天台宗の伝教大師最澄の流れで、肉食妻帯の凡人(悪人)にとっては究極の仏教解釈の宗派だろう。
煩悩多き悪人の悪戦苦闘の人生、死して必ず無量寿如来の浄土に蘇る、これほど楽な宗教活動は無いのだろう。
宗祖の親鸞の教えは「教行信証」に記述されるが思想が前衛的が故に曲解される恐れがあり、異端を嘆いたのが「歎異抄」だろう。弟子が親鸞との対話を記述した教本である。
多数決の論理がまかり通る世間、劇的転回を求める哲学の実践の宗教なら保守的人間には受け入れがたく、様々な解釈で葬り去ろうとする。「善人なほもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」富裕層にとっては既得権を放棄する危険思想なのだろうか。
「悪人でさえ極楽に往生できるなら、善人は往生は当然だろう」モノで栄えて心が荒んでいる善人は弱者を食い物にして切り捨てる、人間として如何なものだろか。
「悪人を救済するのが阿弥陀さんの願いなら悪事の限りを尽くさなければ損だ」こんな価値判断の「本願ほこり」は仏心が欠如した畜生の論理だろう。
歎異抄の著者は長らく不明だったが、唯円であることを明らかにしたのは三河の学問僧・妙音院了祥、梅原猛の「三人の祖師 最澄・空海・親鸞」で読んだ記憶があるが、妙音院様は両親の葬儀の導師を願った名鉄東岡崎駅前の寺の昔の住職である事を報恩講の聞法の際に知ったのである。不思議なご縁に感動したのだった。