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東京でカラヴァッジョ 日記

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重要文化財指定の日本近代「彫刻」4件を見る-【その3】「重要文化財の秘密」展(東京国立近代美術館)

2023年05月10日 | 展覧会(日本美術)
東京国立近代美術館70周年記念展
重要文化財の秘密
2023年3月17日〜5月14日
東京国立近代美術館
 
 
 明治以降の絵画・彫刻・工芸の重要文化財のみで構成される展覧会。
 現時点で、重要文化財に指定されている(国宝はまだない)全68件のうち51点が出品される。
 
 5/2〜5/8週の夜間開館時間帯に訪問。
 
日本画:指定32件、出品25件(訪問時13件)
洋画 :指定21件、出品15件(訪問時14件)
彫刻 :指定  6件、出品  4件(訪問時 4件)
工芸 :指定  9件、出品  7件(訪問時 7件)
 
 記事その3は「彫刻」。
 
 「彫刻」は、全4件が通期展示。
 日本近代彫刻については、これまで関心を持たずにいたが、本展出品作のいずれも魅力的であることにびっくり。今後、重要文化財指定作品を起点にして、範囲を拡大しつつ見ていこうかと思っているところ。
 
 
「問題作」が「傑作」になるまで。
 明治以降の作品が最初に重要文化財に指定されたのは1955年。以降、いつ、何が指定されたかをたどっていくと、評価のポイントが少しずつ変わってきているように見えます。それはすなわち、近代日本美術史の研究の深まりの反映でもあるでしょう。
 
 
高村光雲《老猿》1893年、東京国立博物館
 東博本館1階18室にてしばしば見かけている気がするが、今までスルーしていた。
「本像は、逃げ去った鷲の尾羽を掴んで空の一角を睨み上げる老猿の姿を、トチの大木から丸彫りする。」
 
 
新海竹太郎《ゆあみ》石膏原型、1907年、東京国立近代美術館
 重要文化財に指定される石膏原型は初見。顔貌は日本人だが、体型は西洋人風という、この時代によく見られる異種合成方式の裸婦像表現なのだろうが、実に美しい。常設展に展示中のブロンズ製の像は、当時はともかく、今となってはありふれた裸婦彫刻と思ったが、石膏原型の像はブロンズの像とは次元が違う美しさ。台座も展示。
 
 
萩原守衛《北條虎吉像》石膏原型、1909年、公益財団法人碌山美術館
 
 初見。見事な肖像彫刻。感嘆するばかり。
 「彼のよき理解者であった兄本十の友人の胸像で、彼の唯一にして本格的な肖像間刻である。実在人物を対象とするだけに、「女」のような文学性が顧慮されていないのはもとよりであるが、造形骨格の強靱な表現はロダンにまさるものがあり、厳しい人間追求に彼独自の境地を示す。面貌はていねいに、着衣はやや対照的に粗いタッチでまとめ、ロダンの継承者にふさわしい生気ある人間把握を行なっているところに彼の真面目を見ることができる。」
 
 
朝倉文夫《墓守》石膏原型、1910年、台東区立朝倉彫塑館
 初見。ガラスケースの反射が酷い。
「モデルは、学生時代より馴染みのあった谷中天王寺の墓守であるという。朝倉によればモデル台に立たせると固くなるためブラブラ歩いて面白いと思った姿勢をとり、家のものが指す将棋を見て無心に笑っている自然な姿を横からとらえて作ったという。」
 
 
 
 以下、重要文化財指定の日本近代「彫刻」6件を確認する。
 ★印は本展非出品を示す。
 
 
★ヴィンチェンツォ・ラグーザ(1841-1927)
《日本婦人》
1880-81年、東京藝術大学
1969年重要文化財指定
 
高村光雲(1852-1934)
《老猿》
1893年、東京国立博物館
1999年重要文化財指定
 
新海竹太郎(1868-1927)
《ゆあみ》石膏原型
1907年、東京国立近代美術館
2000年重要文化財指定
 
萩原守衛(1879-1910)
《北條虎吉像》石膏原型
1909年、公益財団法人碌山美術館
1968年重要文化財指定
 
★萩原守衛(1879-1910)
《女》石膏原型
1910年、東京国立博物館
1967年重要文化財指定
 
朝倉文夫(1883-1964)
《墓守》石膏原型
1910年、台東区立朝倉彫塑館
2001年重要文化財指定
 
 
6件のうち5件が東京に所在。
東京以外の1件は、長野県安曇野市に所在する。
・東京藝術大学   :1件
・東京国立博物館  :2件
・東京国立近代美術館:1件
・台東区立朝倉彫塑館:1件
・公益財団法人碌山美術館:1件
 
 
✳︎「工芸」は、取り上げません。


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