東京でカラヴァッジョ 日記

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「私たちは何者? ボーダレス・ドールズ」(渋谷区立松濤美術館)

2023年07月25日 | 展覧会(日本美術)
私たちは何者? ボーダレス・ドールズ
2023年7月1日~8月27日
渋谷区立松濤美術館
 
「不可解な現象や霊的現象が身の回りに発生しても今回の展示、イベントとは一切関わりがありません。」
 美術館・博物館業界では、そのようなクレームはよくあることなのだろうか。
 
 
 本展は、日本の人形、ヒトの形をした立体造形物(文化財)を通して、「美術」「芸術」とは何か、を考える企画。
 
 日本におけるヒトの形をした立体造形物と言えば、古い時代では土偶、埴輪、仏教彫像あたりが思い浮かぶが、本展は、平安時代の「人形代」から始まる。
 
 「人形代」。呪殺人形。京都市からの出品。
 よくある形態は、木板にヒトを描いた二次元版であるらしく、本展でもその形態のものが3点展示されるが、もう1点、本展のトップバッターを務める男女一組の三次元版は、木板を細工してヒトの形に近づけて、絵も描いて対象人物の名前も記したもの。通常人形代は軒下や井戸に埋めるとのことで、三次元版も井戸から出土されたものだという。
 
 青森から出品の「サンスケ」。昭和時代の2点。
 津軽地方では、山仕事において12人で入ると山の神の怒りを買い災いがもたらされるとでんしさがあり、どうしても12人で入らざるを得ない場合、13人目としてこの人形「サンスケ」を持参するのだという。藁製のものは人の形を模しているが、木製のものは単なる木片のように見える。ヒトガタへのこだわりは、地域にもよるだろうが、それほどでもなかったようだ。
 
 
【本展の構成】
第1章 それはヒトか、ヒトガタか
第2章 社会に組み込まれる人形、社会をつくる人形
第3章 「彫刻」の登場、「彫刻家」の誕生
第4章 美術作品としての人形 - 人形芸術運動
第5章 戦争と人形 
第6章 夢と、憧れと、大人の本気と
第7章 まるでそこに「いる」人形 - 生人形 
第8章 商業X人形X彫刻=マネキン
第9章 ピュグマリオンの愛と欲望を映し出せ! 
第10章 ヒトガタはヒトガタ
 
 
 2階展示室は、第1〜6章。
 
 第5章は、私的に興味深い。
 「慰問人形」。当時、少女雑誌や子供雑誌でその作り方が紹介され、一大ブームとなったらしい。奉公袋のなかに入れられていた慰問人形、お守りのなかに入れられていた慰問人形、いずれも靖國神社遊就館からの出品。
 「陸軍少年将校人形」。かわいい顔をして、軍服姿でサーベルを帯び双眼鏡を手に持つ。杉本博司氏の個人蔵。
 「防空演習」。銃後の守りをあらわす6体の人形。人形の吉徳の資料室からの出品。
 
 
 地下1階展示室は、第7〜8、10章。
 
 第7章の「生人形」。明治時代「美術」という概念が整備されていくなか、「美術」の範疇から外れた生人形。
 
 頭部のみの生人形が3点。東京国立博物館からの出品。女性像《束髪立姿明治令嬢体》と武士像2点、そのリアルさには毎度感心する。
 江戸時代の衣装を着せられた女性の生人形「徳川時代花見上臈」。東京国立博物館からの出品。2022年秋の「国宝 東京国立博物館のすべて」展でも展示されたものだと思う。昔の東博における衣装展示は、人形に着せての形式が通常で、この生人形(生人形部分は頭部のみのようだ)もそのためのマネキンとして注文したものらしい。
 
 《松江の処刑》。三津浜地区まちづくり協議会からの出品。「松江」は女性の名前である(土地の名前ではない)。舞台は愛媛県。
 
 江戸時代後期、松江は、南予にあった大洲藩士・井口瀬兵衛の次女として生まれる。父はわけあって大洲藩を免職となる。一家は、松山に移り住み、暮らしを支えるため、父は道場で剣術を教えている。その道場に通っていた男が、松江を気に入る。松江に言い寄り、しつこくつきまとうようになった男は、ある日、父の留守中に家に押し入り、松江に襲いかかる。松江は、抵抗の末、隠し持っていた脇差しで男を刺し殺してしまう。帰宅した父に、松江は「いかに悪人であっても、人を傷つけた罪は許されない。首をはねて下さい」。父は娘の望みを聞き入れ、浜辺で松江の首をはねる。松江18歳。文化10(1813)年12月8日の夜のこと。父娘の壮絶さを思い、当時の松山藩主は、葬儀の資金として米を贈り、松山藩に仕えるようすすめましたが、父はそれを断る。その後、大洲藩主が領内に住むことを許し、一家は松山を去る。
 酷い話である。
 首をはねる前の場面。目をつぶって座る松江、刀を手に持つ父親、そばに立つ妹の3体。昭和6年頃の作品で、上記リンク先のネット記事によると、地元の小学校の校長が注文したとのこと。
 
 
 第8章の「マネキン」。
 大正14年制作の荻島安二の「マネキン」は、日本最古の洋装マネキンとのこと。卵型の顔、ショートヘア、アールデコ調のスタイルで、経年劣化で痛々しい姿だが、妖しい。この妖しさは当時の流行だろうか。
 
 
 第10章の「現代アート」。
 蝋人形師・松崎寛による2022年制作の《フェードル・ドストエフスキー》は、文豪ドストエフスキーのリアルな姿。ロシアのウクライナへの軍事侵攻をきっかけに、最近の政治軍事情勢とロシア文学の素晴らしさは別物だとして制作したのだという。
 女性フィギュアが5点。これほど高いレベルなら、ハマる人はハマるだろう。
 
 
 1階の回廊は、18禁の第9章。
 ラブドールなるものを初めて見る。オリエント工業製の女性2体、男性1体。あまりの精緻さに感心する。びっくりするようなお値段なのだろうなあ。
 
 
 
 記載は省略しているが、いわゆる美術工芸に分類される作品も展示されている。
 何を「芸術」とし、何を「芸術」ではないとしているのか。その境界線は、恣意的なもの。
 一般鑑賞者である私は、自分の好みに従って楽しめばよい。
 


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