ニッポン制服百年史
女学生服がポップカルチャーになった!
2019年4月4日〜6月30日
弥生美術館
昨春の「セーラー服と女学生」展に続く第2弾。
学校の制服は、日本人なら誰もが自分の思い出を重ね合わせて語りあえるテーマ、外国人にとっては日本発信の文化、だとか。
1階展示室。1919年に始まる日本における制服100年史が、制服の実物展示や写真、関連資料などで語られる。これが面白い。
1919年、山脇高等女学校にて、洋装の制服、ワンピース式制服が誕生する。
現在の同校の制服も、誕生時と基本のデザインはほぼ変わらないらしい。2003年にモデルチェンジがあったが、第一制服(正装)として維持したようだ。
セーラー服は、翌1920年に平安女学院、1921年に金城学院と福岡女学院にて誕生するが、それは本展のテーマではない。
1930年代、制服の和装から洋装化が進む。セーラー服型が人気。
1940年代・戦中。へちま襟の上着とモンペ姿に。
戦後もしばらくは制服事情は厳しい。展示の1952年3月の東北地方のとある町の女学校の卒業アルバム写真。女学生たちの服装は揃いではない。いろいろな制服、私服も混在。各々が精一杯整えた「正装」である。
1950年代、義務教育が9年となり、中学校が新設。これまでは上の学校に行くことのできる一部の人だけのものであった制服が、みんなのものとなる。
1968〜69年、学園紛争の影響を受け、多くの公立高校で制服の自由化、私服化が行われる。
1980年代初め、つっぱりブームで、変形学生服の流行が見られる。
1980年代後半、学校の評価を高めんと、怒涛のモデルチェンジブーム。1982年に最初に頌栄女子学院が採用したタータンチェックスカート+ブレザータイプの制服が流行りとなる。世はバブル、デザイナーズブランド採用も増える。
1990年代後半、コギャル・フィーバー。
2000年代後半、清楚な着こなしが復活。
2010年代、無理をしない、ゆるーい着こなし。
新たな課題。マイノリティ対応。イスラムの女学生やLGBT。日本では、ならば制服を自由化しよう、という動きにはならず、制服のなかで検討している。大手メーカーが提案した上着、ボタン式ではなく前開きのファスナー式の上着が展示されている。
加えて、各校の同窓会が企画販売する、各校の制服を着た「制服リカちゃん」人形26校分の展示。
ご丁寧にも、チラシ置場には「制服リカちゃん」宣伝リーフレットも備置き。
また、一般のファッション業界とは異なる、制服業界の特殊性の紹介。
・売れるのは年に一度、2〜3月のみ。
・物理的耐久性が最重要、3年間着続けても卒業式には品位をもって臨めるクオリティが求められる。
・「超」短期間納品、合格発表から入学式までの間に注文から納品まで完了させなければならない。
・デザインは同じでも、サイズは人それぞれ。多種少量。規定のサイズに収まりきれない体型の人がいたら、コストを度外視してでも対応が必須。
・在庫が余ったら来年に持ち越し。
・セキュリティ上、生徒に対してのみの販売。バーゲン販売なし。そもそも安くしても何着も買う人はいない。
・以上の業界事情から限られた大手企業のみの取扱いであったが、近年は市場を求める新規参入も増え、競争が激化。
など。
2階展示室は、江口寿史氏ほか学生服女子のイラスト原画などが展示されるが、私的に興味薄。
チラシ・ポスターからは、本展はポップカルチャー系展示が中心かと思ってしまうが、実のメインは、1階展示室の制服100年史の展示にある。
なお、本展の図録は、一般販売されている。
