壺屋めり
『ルネサンスの世渡り術』
芸術新聞社
2018年5月初版
ルネサンス芸術家のエピソード「世渡り術」を12件紹介する本書を読了する。
想像していた以上に楽しく読む。
12件のエピソード自体は、過去何処かで聞いたものではあるけれど、その多くはさわり程度しか聞いていない(覚えていない)ので、本書により、かなりクリアにすることができたのはありがたい。
全頁カラー。かわいいイラストも理解を助けること多々。
何よりも重宝するのが、出来事を時系列に並べてくれた年表イラスト。
文章だけだと分からなくなりがちな時系列。全章ではないが、著者が必要と考えた章に付けたのであろう、その狙いは100%成功していると思う。
エピソード3選
1 メムリンク《最後の審判》
メムリンクの代表作の一つ、大型の三連祭壇画が、現在ポーランドのグダニスクに所在する経緯。グダニスクの私掠船が注文主へ運搬中の船を襲い、グダニスクに運び、以降ずっとその地にある、ということは認識していた。
その話に至る前、本章の主、注文主側のドラマが繰り広げられていたとは。
2 ミケランジェロ《ダヴィデ》
フィレンツェ共和国政府により、ミケランジェロ《ダヴィデ》の設置場所に関する有識者会議が行われ、レオナルドやボッティチェリなどの芸術家が委員として参加したこと、色々意見はあったが政庁舎(パラッツォ・ヴェッキオ)前に置かれることで決まったこと、は認識していた。
その有識者会議が32名で構成されていたことを知る。
共和国政府派遣の使者 2名
画家 11名
彫刻家・金細工師 11名
建築家 3名
刺繍職人、音楽家、時計職人など 5名
こうなると32名の名簿を知りたくなる。本書で触れられるのは8名。使者フィラレーテ、画家レオナルド(1452年生)、ボッティチェリ(1445年生)、コジモ・ロッセッリ(1439年生)、フィリッピーノ・リッピ(1457年生)、ピエロ・ディ・コジモ(1462年生)、建築家ジュリアーノ・ダ・サンガッロ(1445年生)、音楽家ジョヴァンニ・チェッリーニ。
議事詳細も知りたい。本章の参考文献2冊はともに英語か。手が出せないなあ。
3 カルロ・ドルチ
国立西洋美術館所蔵《悲しみの聖母》で知られるカルロ・ドルチ(1616-86)は、ルネサンス期の画家ではないが、ウッチェロの章の「ちょい足しコラム」でちょい触れられる。
「制作にとても時間をかけるタイプで、足を1本描くのにも数週間費やすことがあったほど」なのか。これは新知識。
もっと詳細を知りたいエピソードもあり、少しずつ調べたい。
成城大学の「美学美術史論集」19号(2011年3月) ミケランジェロの「ダヴィデ」の設置場所 石鍋真澄
これにはメンバー30人の氏名とその中の21人の発言が書かれています。(上記の32名というのは多分誤り)また、上記の画家以外ではペルジーノ、ロレンツォ・ディ・クレディ、ダヴィデ・ギルランダイオ(ドメニコの弟。ドメニコは1494年没)が出席しています。議事速記メモの翻訳と石鍋氏による考察もあります。この1月の会議の後、5月に行われたダヴィデ像運搬の様子が前回のコメントで書いたランドゥッチの日記に書かれているので、合わせてこちらもお読みになるとよろしいかと思います。
https://ci.nii.ac.jp/naid/110008671919
なお、ボッティチェリの神秘の磔刑の背景(フィレンツェの景色)に関する追加コメントは後日書きます。また、新潮社「波」掲載の辻・高階対談についてはPDF化したものがあり、枚数も少ないので、手に入らないようならメールでお送りすることも可能です。
コメントありがとうございます。
また、いろいろと情報をいただきありがとうございます。
そんな文献があるとは。成城大学「美学美術史論集」の石鍋氏の論文は、図書館で探したいと思います。32名と30名の相違も気になります。
『ランドゥッチの日記』は、先日購入しましたが、まだ未読の状況。早速ダヴィデ像運搬を読んでみます。
新潮社「波」は、近くの図書館が所蔵していることを確認済みですが、まだ行けてません。
以前にも書きましたが、私にはサヴォナローラの処刑に至る話やミケランジェロのダヴィデの設置に関する部分が印象的なところです。サヴォナローラについては、高階秀爾の中公新書「フィレンツェ」と「ルネサンスの光と闇」、サヴォナローラの伝記(エンツォ・グアラッツィ著、秋本典子訳、中央公論社、1987)、そしてこのランドゥッチの日記、この4冊を読めば一通り理解できるはずです。私もボッティチェリの「神秘の降誕」や「神秘の磔刑」などの作品を理解するためにこれらの本を読んできました。この他では「ルネサンス・フィレンツェ統治論」(須藤祐孝著、無限社、1998)がサヴォナローラの説教や論文を日本語訳した本(但し抄訳)ですが、残念ながら最も読みたい「神の剣は速やかに地上に振り下ろされるであろう」(1492年4月6日の説教)や、「神秘の磔刑」の元ネタである「詩編についての第三の説教」(1495年1月13日)の部分は訳されていません。サヴォナローラの思想を研究している人の本であり、美術史のために書かれたのではないから仕方ありませんが。なお、解説の部分はサヴォナローラの生涯を要約してあり、また、没後500年の1998年に至る数年間にイタリア国内ではサヴォナローラを聖人として列聖しようという動きがあったというようなことが書かれていて、その辺の情報は日本にはあまり知られていないので興味深く読みました。
美術作品を理解するための原典史料として、ヴァザーリの芸術家列伝、カラヴァッジョに関する伝記集、日本美術では例えば東国の運慶作品なら吾妻鏡(東博運慶展出品の願成就院創建に関する記録など)等、美術史研究で必須の文献を今は日本語訳、現代語訳で利用できる時代になりました。これらの文書はどれも記載内容の信頼性に関して多少問題がありますが、ランドゥッチの日記は(面白く書こうとか政権側の都合といった)編著者の意図がない分かなり信頼性は高いと思います。石鍋真澄「フィレンツェの世紀」の後書きに書かれているように、フィレンツェは今ではルネサンスのディズニーランドと化していますが、ボッティチェリが生きていた当時の雰囲気を味わうのにはランドゥッチの日記は最適だと思います。将来フィレンツェに長期滞在するような機会があったら、この日記を片手に町の中を歩いてみたいという夢を持ちつつ、その日を待ちたいと思っています。
コメントありがとうございます。
アドバイスどおり、『ルネサンス夜話』を久々に開きました。『ランドゥッチの日記』に掛かるのは、8月夏休み頃になるでしょうか。
石鍋真澄氏の『フィレンツェの世紀』は、5年前の出版時に購入していますが、未読のまま、これも読まないと。
フィレンツェ、長期滞在したいですね。長らく海外旅行の機会に恵まれていませんが、次があるならば、フィレンツェ再訪を考えています。