落語小説集 芝浜 (小学館文庫) | |
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小学館 |
2016年小学館刊行。2019年1月9日文庫本初版第1刷。読書仲間から借りました。芝浜、井戸の茶碗、百年目、抜け雀、中村仲蔵の5編です。
ネタバレを一つだけ。「中村仲蔵」です。仮名手本忠臣蔵五段目斧定九郎の今の姿が出来上がったお話。あらすじです。
中村仲蔵は歌舞伎役者。10代の頃、子芝居の座で役者をやっていた。そこの座頭である伝九郎の伝手で中村座の稲荷町(大部屋)の役者となる。精進を重ね相中、相中上分、名題下と出世し、ついに名題へと取り立てられる。
そのお披露目となる舞台に選ばれた出し物は「仮名手本忠臣蔵」。しかし中村仲蔵にあてがわれた役は斧定九郎。五段目に出てくる山賊役でイノシシに間違われ猟銃で撃ち殺される役。セリフも打たれた瞬間の絶命の唸り声だけ。名題のお披露目としては余りにもお粗末。名題下以下の役である。
配役を決めたのは以前役作りで口論になったことがある立作者の金井三笑。彼は配役も任されていた。仲蔵に役作りで押し切られた意趣返しであった。仲蔵は意気消沈する。この芝居が成功するも失敗するも仲蔵の斧定九郎の出来次第だと金井三笑から言われる。
妻のお岸の薦めで願掛けをすることになった仲蔵は、ある日願掛けの帰りに雨に会う。雨宿りに駆け込んだ蕎麦屋。誰もいない時分過ぎの蕎麦屋。喰う気もなく頼んだかけ蕎麦を前に雨がやむのを待っていた仲蔵は、同じように雨宿りに入ってきた貧乏御家人の三村新次郎と縁を持つことになる。貧乏であっても御家人。彼が持つ侍としての矜持に仲蔵は感銘を受ける。夏の盛りに裏地を剥がした黒羽二重の紋付を着て、破れ傘を凛とさしながら歩き去る三村新次郎の後姿を見送りながら、仲蔵はようやく自分なりの斧定九郎の形を見つける。
仲蔵から三村新次郎との出会いとそれから思いついた役作りについて聞いたお岸は仲蔵のために協力を惜しまなかった。貯えの一切を仲蔵の役作りと、その破天荒な内容をあらかじめ舞台の裏方衆に理解し協力を仰ぐために使い切る。
芝居の初日。立見席から仲蔵の出来をそして観客の様子を見守るお岸。いよいよ五段目。仲蔵が扮する斧定九郎が登場するや否や、やんややんや大喝采か、とはならず水を打ったような静けさが観客席を覆う。斧定九郎の姿は見知った山賊姿ではなく裏地を剥がした黒の紋服を尻端折にし、顔も腕も足も白塗り。かつては名家の放蕩息子、今は山賊に身を落とした武家の息子の姿。銃で撃たれた斧定九郎は口に仕込んだ袋を噛みきり口から血を流して絶命する。そのあまりにも破天荒な役作りにあきれたのか、五段目が終わった瞬間にぞろぞろ小屋を出ていく観客も続出する始末。
とんだしくじりをしてしまったと意気消沈する仲蔵とお岸。西日が当たる長屋の部屋で、それでもこの形で千秋楽までやり切るしかないのだと改めて誓うのだ。そこへかつての親方だった伝九郎が訪ねてくる。きついお叱りの言葉をもらうのだと覚悟する仲蔵とお岸。しかし伝九郎の口から出た言葉は意外なものだった。
良くやった。皆から仲蔵を育てたのは伝九郎だと言われ鼻が高い。観客が水を打ったように静かだったのは、その斧定九郎の出来に驚き声が出なかったのだと。そして五段目が終わって観客が帰りだしたのは、仲蔵の斧定九郎を観た後ではもうありきたりの芝居を見る気がしなくなって帰って行ったのだと。家老の息子だった斧定九郎はああいう役作りで正解、やっと合点がいったと。お前はいい役者になる。今日はその角出だ。お祝いにここを訪ねたのだが貧乏で贈るものがない。これを受け取ってくれと愛用していた自慢の寄木細工の煙草盆を置いて伝九郎は帰る。
お岸はいうのだ。何か煙に巻かれているみたいだと。
ああ、お祝いにもらったのは煙草盆だったなと仲蔵は返す。
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これ、映画にならないものかな、、、。