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A Running Stone Gather no moss

タイトル変えました。iSaonのブログです。

氷をください

2010-07-27 18:22:07 | 食べ物だもの
いまさらだけど、僕はビールが好きだ。はっきり言って愛している。並々ならぬ好意を抱いて接している。
考えてみれば、未成年の頃を含めて、四半世紀以上にわたって、ほぼ毎日飲んでいるわけで、これは、奥さんよりも付き合いが長い。

それに出張なんかがあると、奥さんとは一週間くらい顔を合わせないことがざらにあるけど、その間もビールは飲んでいる。

米の飯を食べない日だって週に何日かある。さすがに水は毎日飲んでいると思うけど、それでも、お茶やジュースだけで過ごしてしまう日もないわけではない。

音楽だって聞かない日があるし、テレビだって、遅く帰った日には見ない(たいてい、外で呑んでるときだ)。

僕にとって、ビールは空気に次ぐ存在なんである。

折しも今は夏。しかも記録的な猛暑ときたら、毎晩のビールがまずかろうはずがない。

しかーし、ここにきて顕在化してきた問題がある。

冷蔵庫が冷えない!

我が家の冷蔵庫は、かれこれ10年以上も前に購入したものなのだけど、夏場になると、明らかに機能低下をきたす。

ガスレンジ前という立地条件も災いしているのは明らかだが、夏場の詰め込み過ぎも看過できない原因だろう。

先日も、本人(冷蔵庫です)に話をきいてみたのだが、今の彼の気力と体力では、これが限界、生モノが腐らないだけでも感謝してほしい、というの本音らしい。

人間だったら、まあ、うまいものでも食べて元気だしてよ、とも言えるけど、電気にうまいもまずいもない。もしかしたら、原子力よりも、火力発電とか、水力発電で作った電気のほうがうまそうな気がしないでもないが、そういうえり好みを東京電力がうんというかどうか。

たまにはゆっくり骨休めでもしてよ、と言いたい気持ちも山々だが、たった一日でもゆっくりされると、非常に面倒なことになる。

そこで僕は考えた。

小まめにスーパーに通うことにしたのである。

余分なものを冷蔵庫に入れないようにとか、スーパーを冷蔵庫代わりにつかうとかではない。僕の目的は『氷』。

最近、ほとんどのスーパーでは、生鮮食品の鮮度維持のために、お客に氷を提供している。レジの向かい側あたりに、ビニールの袋に小分けした氷が冷凍庫入っている。これを買い物のたびに、3袋くらい持って帰るのだ。

この氷をボールにたっぷし入れて、350mlの缶ビールを浮かべれば、ものの10分としないうちに、キンキンのヒエヒエビールが出来上がる。

我が家のヘタレ冷蔵庫なんて足元にも及ばない。もともと、ビールは冷蔵庫よりも氷で冷やした方がうまいのだ。

ビールと一緒に、プチトマトや、キュウリも載せてみよう。トマトには、塩。キュウリは味噌をつけて、ビールのあてにする。

ボリボリと生きる喜びをかみしめる夏の夕暮れなんである。

しかも、我が家の近くのジ○スコでは、ビニールの小分けではなく、専用のアイスマシーンから小さいスコップで客が自由で氷を採取できるようになっている。

あらかじめ店側が用意したビニール入りの氷は、量が少ないが、これならビニールの袋にビッチリ詰め込むことができる。これを僥倖と言わずして何と言おう。

しかし、この氷、食用には適さないとはいえ、本来は、生鮮食品の鮮度を維持するため、平たく言えば、帰り道で腐ったりしないようとの配慮から、店側が無償で提供しているものである。

だからして、本来、腐敗の恐れのない食品だけを買った場合、この氷は必要ないでしょう、というのが店側の暗黙の前提だったりする。

缶ビールを買ったときに、この氷を入れて持ち帰ると、家に着く頃には、いい感じで冷えていたりするのだけど、店側としては、こういう使用方法は想定していない、勘弁してほしいと思っているはずだ。

僕だって大人だし、自慢じゃないけど、気は小さいほうだ。もしも僕がたった缶ビール3本の買い物で、氷3袋も持ち帰ったら、店側の人はどう思うだろう。

よしんば、店側の人が何も思わなくても、他のお客はどうだ?いやまて、そこに近所の奥様達がいたら、子供の親御さんが見ていたら、

『お前の父ちゃん、氷ドロボー』

とか、子供がいじめられたらどうする?

ここはひとつ、いかにも、鮮度が落ちそうな、足の速い生鮮食品を一点いれておかなくてはいけない。

たとえば、肉と魚を購入する場合、午前中に肉を買って、氷を2袋(倫理的に考えて、これが上限だと思う)、午後に魚の切れ身を購入してさらに2袋。

これで、当座の需要は賄える。やれやれ、ヨカッタヨカッタ。

この場合、午前中に手に入れた氷は、夕方までに溶け固まって、結構扱いにくい代物になるのだけど、そんなことはどうでもよい。



呑んで、作って、また呑んで

2010-07-16 18:03:16 | 食べ物だもの
『美味んぼ』や『クッキングパパ』では、主人公がレストランやお店の厨房を借りて、ささっと料理を作ってしまうシーンがたびたびあります。

現実の世界では、よほど馴染みの店でもない限り、こんなことしたら怒られます。

でも、やってみたいと思わない?僕は思う。そして、そんな僕の夢をかなえてくれるお店がありました。

新中野の『清貧』という居酒屋です。すでにたびたびテレビや雑誌で紹介されているので、知っている人もいるかもしれない。行ってきましたよ。会社の仲間とともに、呑んで作って、食べて、また呑んできました。

店名からも想像できるように、ここは、工夫次第で安く楽しく呑もう、というのをコンセプトにしています。どちらかと言うと、安く楽しくを追求した結果、客が勝手に料理を作る、という流れになったようで、料理自慢の素人が腕を見せつけるためのお店ではありません。

人呼んで、Do It Yourself 居酒屋。『都会のキャンプ場』です。

お客は、首からカードをぶら下げて、ここに自分が使った食材や、飲み物の値札シールを貼りつけて行きます。季節がら、夏休みのラジオ体操を思い出させる格好です。

店に入ると、まず、店の人から数々の注意事項を受けます。まず、飲み物は、カウンターまで来て自分で注文するのですが、たとえば、レモンハイを頼む場合、ストレートの焼酎と、レモンサワー(割用)を別個に注文します。そして自分のテーブルにある氷とコップで勝手に作る、という仕組み。

焼酎が50円、サワーが80円。サワーは2~3杯分はあるので、一杯あたり、90円程度でレモンサワーが呑める計算です。

生ビールはさすがに店の人がついでくれますが、特大ジョッキでも320円。激安です。

他にもスナックや駄菓子が置いてあって、別に料理を作らなくても、それだけで呑んでいてもオッケー。ただ、一人当たり30分、500円の時間料金が取られます。

僕の好きな富乃宝山は300円。あの佐藤だって、500円だからね。メニューを見るだけでも興奮してしまいます。

喉が渇いていたので、ガツンと特大ジョッキをやっつけたあとで、いざ厨房へ突入です。
予想はしていたけれど、やはり厨房は込み合っています。しかも、ほとんどの人が初めてらしく、その混乱ぶりは想像以上。たくさんの人がフライパンや包丁を持ってうろつくので、結構危険です。

食材は、これまた業務用の冷蔵庫に入っていて、肉も魚も大抵のものは揃っています。

この冷蔵庫、ウォークインです。中には、ちゃっかり涼んでいる人もいたりして、店の人から注意されたりしています(うちのグループです)。

僕らのグループは、総勢4人(一人、テーブルで留守番)。女性陣がトリカラ、冷ややっこ、ホッケの塩焼き、トマトと卵の炒めものを作り、僕は、海老とニラの塩焼きそばと、焼きナスを担当しました。

焼きナスは、網で直焼きして、柚子胡椒と醤油で味付けします。ナスが大きかったせいか、思いのほか時間がかかり、皮を剥くときも一苦労。皮とともに結構な量の身を無駄にしたので、出来高は結構しょぼいです。

塩焼きソバも、勝手が違ったせいか、普段、自宅で作っているものとは微妙に味付けが違います。60点くらいのできかな。うーむ、納得がいかない。

それでも、仲間内では好評で、みるみるうちに、テーブルの料理がなくなっていきます。
よし、こうなったら、もう一品作っちゃおう。ということで、今度は、茗荷を薄切りにして、鰹節とゴマ油、醤油を混ぜて、出来上がり。

カイワレを入れたり、梅肉をまぜるとサイコーなんだけど、贅沢はいってられない。ここはスピードが命だ。

お酒も進んで、みんな、口の中がが重たくなってくる頃だったせいか、この茗荷の一品は大好評。この肴なら、日本酒でしょう、ということで、越後の銘酒『景虎』(300円)を冷で。

うーん、なんだかテンションが上がってきたぞ。今度は、キュウリを包丁の柄で叩き、手で裂いたところに、塩と胡麻油、醤油とニンニクの微塵切りを投入。最近の我が家のお気に入り『キュウリのたたき』の完成です。

今、自分が食べたい物を、自分で作って、仲間とともに食す。楽しいぞ、おい。

ここでは、鍋用のコンロも貸し出していて、別途カセットボンベを購入すれば、鍋物も楽しめます。しかも残ったボンベは、キープしてくれるらしい。

さて、調子に乗って呑み過ぎたせいか、この辺から記憶がおぼろです。仲間によると、この後、アボガドのワサビ醤油和えを作ったらしいのですが、そう言われてみれば、そんなこともあったような、という体たらく、よく怪我しなかったな、俺。

7時から、10時半ごろまで呑んで食べて、結局一人あたり、三千円もしなかった。やっぱ無茶苦茶安い。

欲を言えば、もう少し払ってもいいから、ゆったりとした広い厨房で、もっと思いっきり料理したかったな、とも思うけど、それは贅沢というものか。

こんどはぜひ、冬場に、鍋をしたいねと言いつつ、転がるように新中野を後にしました。


昼食バガボンド

2010-06-25 15:43:47 | 食べ物だもの
ホントかウソかは知らないけれど、最近、トイレの個室で食事をする学生が増えていると言われています。

僕らが学生の頃って、男子にとっては、トイレの個室に入るという行為自体がとてもリスキーなものでした。

学校のトイレでウ○コするなんて、人間としてあるまじき行為とされていたからです。学校のトイレでするくらいなら、下校途中で漏らしてしまった方が潔い、とされていた時代に育った僕らとしては、トイレで飯を食うなんて、にわかには信じられません。

まあ、でも、人間誰でも一人になりたいときはあるからな、と思ったら、別に彼らは、独りになりたくてトイレに行くのではなく、一人で食事をしている姿を見られたくないから、トイレに籠るんだそうな。

だったら、校外で食えよとも思うけど、彼らにとっては

『一人で食事をする』=『友達がいない』=『人間としてダメなやつ』

という等式があるらしく、胡散臭い目で見られるなら、うんこ臭い、ところで飯を食ったほうがマシ、らしいです。

僕から見れば、トイレで飯を食う方が、人間的なダメさ加減では遥かに上のような気がしますけどね。

しかも、トイレで飯を食っているところを誰かに見つかった場合のリスクを彼らはどう考えているのだろう。

恥ずかしさ度としては、『友達がいない』×『大きい方のトイレに入る』×『見栄っ張り』でメータ振り切ると思うんだけど。

とは言うものの、僕にも心当たりがないわけではない。

今でこそ、弁当が多いけど、少し前までは、昼休みなると、片道30分くらいかけてわざわざ遠いところで昼飯を食べていました。

僕は、食べることが好きなので、誰かの都合に合わせて昼飯を決める、というのが我慢できません。

今日は、どこそこの味噌ラーメンしかない、と思っていても、仲間の誰かが、午後イチで会議、とかいうと、んじゃ、会社の前で弁当でも買って食うか、ってなるじゃない。それがダメ。

また、店を選ぶときもできるだけ迷いたい。数件の店の前を通り過ぎて、迷った挙句、最初の店にもどる、なんて、非効率的な行動に悦楽を感じてしまう人間なんです。

ヤでしょ、こういう人間と飯食うの?

だから、ある時期から、僕は昼食は一人で食べようと決めたのです。とは言っても、会社の人間達がグループで食事している隣で、一人でラーメンすするのも恥ずかしい。だから会社の人間がいない方へ、いない方へと足を伸ばしているうち、気がつけば、一時間では到底帰ってこれないような遠いところまで出かけるようになってしまったわけです。

森に迷い込んだ、ヘンゼルとグレーテルのようです(一人だけど)。

虎ノ門にいたときには、大抵、新橋や六本木、どうかすると、浜松町や田町あたりまで足を伸ばしていたからね。おかげでずいぶんと足腰が強くなりました。はい。

だから、元々の動機は違っても、一人で飯を食べているところを見られたくない、という心理としては、個室トイレ派のみなさんと大きな違いはないのかも知れない。

だったら、外で食べたほうがいいと思うよ。同じ一人でいるのでも、密室と解放空間では、ずいぶんと違う。

密室で考えることって、自分との対話だけど、外だと、風景や、道行く人たちとの会話だったりするから、考えの幅も広がるし、何よりも臭くない。

ウンコする場所で飯を食っていると、自分という存在って何なんだろうって考えちゃうと思うよ。

食事は、大人数で食べた方が楽しいって思われるいるかもしれないけど、それは食べるものと場所による。

ラーメンとか立ち食い蕎麦は、一人で食べた方がうまい。町の定食屋で、三週間くらい前の『フライデー』かなんかをめくりながら、メンチカツ定食にがっつくときも、一人のほうが2割増しでうまいと思う。

僕は、昼食バガボンド(放浪人)お勧めします。

トイレ派の学生諸君も、個室に固執しないで外に出ましょう(誰かが言いそうな駄洒落なので、あらかじめブロックさせていただきました)。

(追記)
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杏仁豆腐がかたまらない

2010-05-19 15:43:44 | 食べ物だもの
最近、お気に入りの店が青山にある。

創作中華を看板にしている店で、仲間と青山を走った後は、ここで打ち上げをして帰る。

創作中華をうたうだけあって、料理は一風変わったものが多いのだけれど、どれもこれもおいしい。特に、ワンタンを辛い胡麻だれに浸した『辛口ワンタン』は、絶妙で、このタレをチャーハンにかけて食べるのが我々のイチオシである。

また、値段も安い。チャーハンなんて、頭がおかしいんじゃないかと思えるくらいの量がでてくるし、宴会メニューだと1000円以下で飲み放題になったりする。

東京の物価がわかってないんじゃないかと心配になったりする。

従業員は全員中国人。でも、この人達が例外なく愛想がいい。特に我々のお気に入りのワンさんは、浅黒くて丸刈りだけど、笑顔がとびきり人懐っこい。善意で満たされた土偶のような青年だ。

元来、決してフレンドリーとはいえない民族性に加え、文化大革命によって植えつけられた相互不信のDNAは、中国人から『愛想』の概念を奪い去った。

無限の善意に満ちた中国人なんて、ベジタリアンのライオンくらい珍しい。

それがどういうわけだか、この店の中国人たちは押しなべてフレンドリーで、腰が低く、気遣いが細やかだ。

日本語の怪しさを見る限り、日本で生まれ育ったのでもなさそうだ。

前に、『生ビール6杯』が伝わらなかったので、左手の5本の指と、右手の人差し指で『6杯』と説明したことろ、5杯の生ビールが来た。右手の指は、単に5本の指を強調しているとしか思われなかったらしい。異文化交流の醍醐味といえよう。

何を食べても外れがない店だけど、過去に一度だけ、いただけない料理が出てきたことがある。

はじめてこの店に来たとき、ひととおり料理と酒を堪能したのち、僕らはデザートとして杏仁豆腐を注文した。

ひとり、終電が早い人がいたので、急いでもらったのだが、それでもなかなか料理がこない。

何度かの催促の後で、我々の目の前に現れたのは、なんと液状の杏仁豆腐。

『スミマセン、カタマラ、ナイデス、コレ、オカネ、イイデス』

ワンさんは泣きそうな顔で必死に頭を下げた。

悪いとはおもったけど、時間もなかったので、僕らは、ちゃぽちゃぽの杏仁豆腐を残して、家路を急いだ。

それからしばらく経ったある日、やはりラストオーダーに、今度は麻婆豆腐を頼んだ。その日は、途中から合流した人がいて、若干食べ足りない気持ちがしていたからだ。

しかし、その日も、なかなか料理が出てこない。待つこと15分。ようやく満面の笑みとともに、ワンさんが我々のテーブルにやってきた。

ところが、お盆に載っていたのは、人数分の『杏仁豆腐』。

『ワンさん、違うよ、麻婆豆腐だって』
『ヒェッ!』

夕暮れ時の朝顔みたいに、しおれるワンさん。

『コンド、カタマッタ、ネ、デスケド、ゴメンナサイ、スグ、ツクリマス』
『いいって、いいって、時間もないし、これ、もらうよ』
『ホント、スミマセン、コレ、オカネ、イラナイネ』

オーダーミスの杏仁豆腐は、それでも、甘くて冷たくって、全身の力が抜けるくらい、ほっとする味だった。

彼はあの日以来ずっと、僕達に杏仁豆腐を食べさせたいと思っていたのだろうか。なにはともあれ、ワンさんのリベンジは遂げられたわけだ。

というわけで、僕らはいまだ、あの店でお金を払って杏仁豆腐を食べたことがない。早くしなくちゃ、店が続いているうちに。


マグロの赤身の半額について語るときに僕が語ること

2010-05-17 19:01:41 | 食べ物だもの
誰にでも、どうしようもなく『弱い』ものがある。それを見ると、いてもたってもいられなくなるものがある。

僕の場合、『半額になったマグロの赤身(サク)』がそれだ。

会社帰りのスーパーで『半額になったマグロの赤身(サク)』を見つけたときは、たとえば、本上まなみ級の美女に誘惑されたときと同じくらい自分に対する抑えが効かなくなる。理性は失われ、動機が高鳴り、口の中が乾き、指先が冷たくなる。

『半額になったマグロの赤身(サク)』でなくてはいけない。半額の中トロでも、三割引きのマダイでもいけないし、切り身でもいけない。多少は色がどす黒くなっていてもかまわないから、赤身で、サクで、半額でなくてはいけない。

元値が500円から600円くらいがいい。元値3,000円のクロマグロの赤身は、半額でも1,500円もするので、心が踊らない。

元値800円の中トロが半額になっていても、やはり、心は動かない。同様に、元値400円の赤身が、3割引きになっていても、おいそれとは手を出さない。

実値300円以下で、半額、しかも250円以上の値引き額、というのが僕の中でもスレッショルド(しきい値)だ。

不思議なことに、この場合、サクの大きさは議論の対象にはならない。100g、400円の赤身のサクのとなりに、50g、500円の半額があったら、迷わず僕は、後者を選ぶ。

計算ができないわけではない、心意気の問題である。

会社帰りに降りる駅には、改札口の目の前に深夜までやっているスーパーがある。

狙い目は、10:00を過ぎたあたり。この時間あたりから、刺身コーナーに値引きシールが貼られる。

日によって、3割引だったり、半額だったりする(それ以上はない、残念ながら)。3割引のシールの上に半額シールが貼られていることはないので、段階的な引き下げは行われていないようだ。

当然、サクよりも切り身のほうが値引率が高いが、切り身で半額ということは、切断面から相当な量の肉汁の流出が予見できるわけで、やはりここはサクに拘りたい。

なんせ、上記の条件に合致するマグロのサクを見ると、後先のことを考えずに購入してしまうため、家に帰ったら、珍しく大量のおかずが作られていて、後悔することもある。

『今日はカレーって言ったでしょ』なんてことも一度や二度ではない。

逆に、元値400円、3割引のサクを迷いに迷った挙句見送り、家に帰ったら、アジの開きしかおかずがないこともある。

憤懣やるかたなし。

おかずが豊富なときは、サクの半分をヅケにしてしまおう。醤油とお酒が半々の漬け汁に一片の根生姜を浮かべ、赤身を浸す。

翌朝、刻み海苔をまぶしたアツアツのご飯に、スライスしたヅケを載せ、一枚一枚にワサビをつけて、一気にかっ込む。

至福の時である。

しかし、たまたま翌朝ご飯が炊いてなかったりすると、そのヅケの存在はきれいさっぱり忘れられる。

その夜も新たなる半額の赤身を求めて、僕は深夜のスーパーを徘徊する。ドングリを隠したまま忘れてしまう、晩秋の間抜けなシマリスのように。