いっぷく亭

ジョウカンおじさんの独り言。
話題になった事を時期遅れで書いて行きたいと思います。
皆様の返信をお待ちしています。

ジョウカンのやぶにらみ人生訓 ・2、惚れられた方が損をする。

2005年07月28日 | Weblog
前回に引き続いて「向こうから望まれた関係は自分には損である。」と言う事を男女の出会いで考えます。

たとえば軟派師が女性に声を掛けますがやみ雲にトライする訳ではありません、其の時点で自分の目的(?)に合う女性を選んで声を掛ける。
そうして100人声を掛けて10人反応があった(引っ掛かった)とすると、その10人の中からさらに選んで一人(2-3人?)に的を絞るのです。
其の選び方は自分が強い立場になれる(女性が熱心な?)度合いです。
言い換えると自分が優位な立場になるために沢山声を掛けるとも言えます。
一見声を掛けられた方が返事の仕方で選んでいるように見えますが実は選んでいるのは軟派師の方なのです。
その結果立場の強い軟派師のほうがその後の関係をリードし利益を得る事が多いのです。

出会い系サイトの様なものも典型的な例のようです。
女性の方から恋人募集をする、これが広く声を掛ける行為です。
そうするとおびただしい男性からのオファー(?)が来るようです。
其の中から好きなのを選ぶ事が出来ます。
最初に募集を出している女性の中から選ぶので男性側が選んでいるように見えますが肝心の所では女性が選んでいるわけです。
勿論、得をしたいやる気のある男性は自ら募集のアピールをしています。

これはもっと正式な(?)形の結婚相談などの場合は大きな違いになります。
見合い写真を10枚配るのと100枚配るのでは成果が違うのは当然でしょう。
これが結婚と言う事での違いですから、前に述べたような不動産を買う以上の人生上の重大事でしょう。
巷の結婚相談所はその募集メリットを生かそうとする男女両方から手数料を得て成り立っている訳です。

以上の例は極端な例ですが、一般に「惚れる方」と「惚れられた方」では惚れる方が利益は多いと言えるのです。
よく惚れた弱みと言いますがこれは正確ではありません。

惚れていると言う決定的な利益を得ていることが何よりなのです。
好きになった人と付き合える事になった時点で、大きな喜び(利益)を得ているのです。
惚れられている方はなんとなく悪い気持ちはしないでしょうが、好きだと言う感情は薄いわけで会って喜び(利益)も少ないでしょう。
惚れると言うのは多くの異性の中から自分の一番気に入った人を選んだわけで、それが利益を生むわけです。
選ばれた方が不利益と言う事は無いのですが此処で決定的なことが起きます。
それは心変わりという現象です。
人の心は変りやすいものです、愛情も冷める事があります。
惚れた方が愛情が冷めると関係は当然そこで終わってしまうでしょう。
惚れられた方が後を追うと言う事は少ないと思います。
その結果惚れた方は散々楽しんで傷つく事も無いわけです。
逆に捨てられた方はかなり後を引く(損失)のでは無いでしょうか。
つまり惚れられた方は愛を受け入れた途端に立ち場を失って主導権を握られ、一応愛情を注がれいい気分にはさせられますが、それが何時迄続くかも自分では決められない訳です。

惚れられても受け入れなければ良いわけですが、惚れた方は付き合ってもらえない以上被害も殆んど無いわけです。
「だめもと」と言うやつです、リスクが無いとも言います。
相手にされないのだから振られたのとは違うので、気を取り直してすぐ別の女性に惚れるでしょう。
色々の視点で見ても惚れた方が有利で得で自由です。
だから持てる奴より、持てない奴の方が幸せだ・・・と飛躍するのはちょっと無理かな??