いっぷく亭

ジョウカンおじさんの独り言。
話題になった事を時期遅れで書いて行きたいと思います。
皆様の返信をお待ちしています。

日本人・2、明治以降の日本人

2010年01月13日 | Weblog
久しぶりの投稿です。

美しい日本人とは自然や経済、政治などの現実に対して講和を求める方向性を持つと言えます。
醜いと言うのは現実を受け入れることが出来ないで調和を壊そうとする性向といえます。
これは日本人が美しい人と醜い人に分別されると言うことではなくて、各々の人の中に美醜の性質が混在していると言う意味です。
前の投稿の「日本人・1、美しい日本と醜い日本人」
でいう「日本は貧しい国である。」と言う劣等意識は現在の日本では常識とはいえないかも知れません。
しかし「坂の上の雲」にあるように、つい数十年前までは常識であり、そのためには植民地を持たないと豊かになれないとほとんどの人が信じていて朝鮮、台湾、満州と進出したのでした。
その結果は日本内地は豊かになったでしょうか?

現在でも当時を振り返って朝鮮から植民地搾取したのではなく経済的投資や恩恵を与えたと言う人がいます。
これは私はある意味正しいと思います。
しかしそのことをよく考えれば投資や恩恵の具体的内容はダムや鉄道などの社会基盤の整備であり、このようなことは豊かな国が貧しい国を援助するために現在でも広く世界で行われています。
つまり当時日本が貧しい国であればそのような投資や恩恵は逆に受け取る側でなくてはならない筈です。
結論は日本はやはり当時から豊か(強国)でありその力で貧しい国を植民地化したという事実です。
問題はそのような植民地を持つことで欧米に近づくような強国になれたかどうかということです。
逆に戦後植民地を失った後に現在のような世界第二番目のGNPをもった事を考えれば結論は明らかだと言えます。

以上をまとめると日本はもともと豊かであり明治以降の軍国主義政策で植民地を増す経済力があった。
富国強兵のために植民地が必要なのではなく、もともと富国強兵だから植民地が持てた。
しかしその見返りのさらなる富国の効果は疑問であった。
かえって戦後の植民地を持たない自由貿易によってますます豊かになった。

醜い日本人というのは現実を捻じ曲げて植民地が国を富ませるとして、強兵の理由付けをするような事です。