汚者日記

「おじゃにっき」中日ドラゴンズetc

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ウッズ暴力行為により退場

2005年05月05日 | 中日ドラゴンズ
5月5日(木) 中日 vs ヤクルト「ウッズ暴力行為により退場」
・ウッズが5回、ヤクルト石井がカウント1-1からの顔面付近のストレートに激怒。藤井を指差しマウンドに歩み寄った。藤井は両手を広げるジェスチャー。それを挑発されているととったのかウッズ一度は睨み付けて止まっていたのだが、一気に藤井に向かい右頬を殴ってしまった。その後藤井は倒れこみ、一時はマウンドに担架まで運び込まれたが、自分の足で一時ベンチに戻りウッズ退場となった後は7回まで問題なく投球を続けた。

・ご存知のようにこれには伏線がある。4月6日神宮での試合で五十嵐から受けた死球で左小指を亀裂骨折。試合には出続けたが、ここからウッズは打撃の調子を崩した。その後ウッズはこの三連戦を前に「今度デッドボールを当ててきたら、こっちからヒットして(殴りつけて)やるよ。ヤクルトのキャッチャーには試合前にそう忠告しておくよ」とも話している。これがジョークであったとしても、公にこのコメントを出した後に、顔の近くを投げてきた藤井に対してカッとなったのであろう。藤井も藤井で、内角胸元を厳しく攻める事も重要な投球術。両手を広げたジェスチャーは「当ててないじゃないか」という感じか。皮肉にもこの日はこどもの日で、そのような祝日にこんな乱闘騒ぎを起こした事に非難の声も多数上がっているようだ。

・珍プレー好プレーなどの特番でも代表されるように、乱闘騒ぎは一種のプロ野球の風物詩として扱われてきた。宮下へ暴行を働いたクロマティや、園川にバットを投げつけ膝蹴りをかました清原、山崎との乱闘や審判にボールを投げつけたガルベスなど、長く語り継がれる事となってしまった派手な乱闘騒ぎも多数ある。しかし、今回の一件がそれらの類のひとつとしてカテゴライズできない様相も呈してきた。試合後の若松・落合両監督のコメントである。

若松監督「ウッズには日本で野球をやる資格はない」

落合監督「右打者にあそこはめったにこない。警告を発したものを、挑発されたと受け取ったんだろう。乱闘が起こるのも野球。暴力行為が起こるのも野球。命を懸けてやっているわけだから」


・落合監督は謝罪の意志はなさそう。そして若松監督は謝罪どころで気が済みそうもないコメント。このまま両球団の現場間が平行線をたどれば、今後の中日・ヤクルト戦が殺伐となる恐れもある。落合さんの言うように「野球は命懸けだ」というのもわかるし、若松さん側の「暴力を許してはいけない」というのも正しい。ただ、両者ともに伏線があった上でのこの騒ぎに、自軍の選手を悪者にするようなコメントはできないであろう。

・救いだったのはこの騒ぎがあった5回以降、報復行為などもなくクリーンなゲームが行われた事。小野が打席に入った時に「当てにいくのではないか」という不安も杞憂に終わった。中日ベンチから報復の指示も特になかった様子。警告試合となる事もなく最少得点を争う好試合となった。

・この暴行を防ぐ事はできなかったのか?と考えるといくつかの点が見えてくる。
「殴ってくるとは思わなかった」と言った藤井。帽子をとって頭ひとつ下げていればどうだったろう?一番近いところにいたキャッチャー小野はウッズを止められなかっただろうか?仮にキャッチャーが古田だったらどうしたろうか?一塁三塁コーチャーに入っていた中日の長嶋・高代両コーチはウッズを抑えられなかっただろうか?

・この乱闘騒ぎが今後、両チームにもたらす影響は強い。お互いの指揮官が両者引き下がらないのであれば、戦うナインも引き下がるわけにはいかないだろう。連盟はどう処分するのであろうか?中日の現場には、今のところヤクルトに謝罪の意志、及びウッズに対して処分の意志はないという。

・明日から交流戦。次の両軍の対戦は7月まで約二ヶ月間ない。

<追記>関連記事
サンケイスポーツ
スポーツ報知


◇外国人打者乱闘列伝
 ▼1986年6月13日 近鉄・デービスが西武・東尾の投球を右ひじに受け、鬼の形相でマウンドに突進。東尾の顔面に強烈な右フックを見舞う。
 ▼1987年6月11日 死球を受けた巨人・クロマティが中日・宮下を殴打。両軍ベンチが総出の乱闘になり、拳を握りしめた星野監督(当時中日)が王監督(同巨人)につかみかかる事態にまで発展した。
 ▼1994年6月23日 中日・与田の3球目が横浜・ブラッグスの左手甲をかすめる。ブラッグスは、右手を振り上げながらマウンドに突進し、暴行。与田は頭部、右肩関節の挫傷などで全治2週間。
 ▼2001年4月26日 日本ハム・高橋憲から左腕に死球を受けた瞬間、ダイエー・ミッチェルがプッツンとキレた。ヘルメットを脱ぎ捨て、マウンドへ一直線に向かうと、タックルに入った田中幸を引きずり、金子にパンチを浴びせるなどやりたい放題。
 ▼2004年9月8日 ロッテ・セラフィニの初球が、ダイエー・ズレータの背後を通過。セラフィニはマウンドに突進するズレータに飛び蹴りで応戦するも、頭突き、首投げを食らう。

(スポーツ報知)

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