ベッカ・ワッサー(米シンクタンク、ランド研究所アナリスト) 、ハワード・J・シャッツ(同ランド研究所シニアエコノミスト)
初の訪ロでモスクワに降り立ち、儀仗兵の出迎えを受けるサウジアラビアのサルマン国王
<親米国サウジアラビアのサルマン国王が初めてロシアを訪問、エネルギー分野などで協力を強化する。これはアメリカの指導力に不満を持つ国々からのメッセージでもある>
サウジアラビアのサルマン国王は今週、サウジ国王として初めてロシアを公式訪問し、プーチン大統領と会談する。
サルマンの訪露は、2国間関係を改善する転機になる。ロシアとサウジアラビアは、内戦終結後のシリアをめぐって意見が
対立しており、サウジアラビアは、ロシアが敵国であるイランに接するのを不快に思ってきた。
サルマンとプーチンの会談で、シリア情勢など差し迫った問題が議題に上るのは確実だが、何より注目すべきは、両国が締結する
一連の経済協定だ。
これらの協定は、中東全体を見据えたロシアの戦略構想を反映している。ロシアは経済協力を足掛かりに中東諸国と政治的な
関係を強め、低迷する自国経済を立て直したい。中東でアメリカの影響力を削ぐ、というおまけ付きだ。
これはアメリカに対するメッセージでもある。アメリカの指導力に不満を持つ国々は、アメリカ以外の国を経済的、政治的、
軍事的なパートナーに選ぶこともできる、国家間の関係は移ろいやすい、というメッセージだ。
脱原油で経済的利害も一致
ロシアは欧米諸国による経済制裁が始まって以降、ヨーロッパ諸国とアメリカ以外の国々に投資を求めてきた。なかでも湾岸諸国は
前向きで、国内経済は苦境でも、価値の高い投資を呼び込むことに成功している。
サウジアラビアは政府系や民間の投資ファンドを通じて、ロシアのインフラや小売、物流、農業分野に100億ドル以上を投資している。
原油依存度が高いロシアとサウジアラビアは、原油価格の下落を受けて、エネルギー分野でも協力した。原油価格を安定させるため、
2016年12月に原油の協調減産で合意。サウジアラビアが加盟する石油輸出国機構(OPEC)とロシアなどの非加盟国による
15年ぶりの協調減産を主導した。
サウジアラビアは今後、ロシアのエネルギー分野に投資する計画だ。
サウジアラビアはロシア製兵器の購入にも乗り気だ。サウジアラビアは主にアメリカとイギリスから兵器を購入しているが、
報道によれば、今後ロシアから35億ドル相当の武器を調達する軍事協力の覚書に署名した。
一見、こうした取引はロシアにばかり有利なように見える。だがサウジアラビア政府にとっても、2030年までの脱石油・産業振興の
道筋を示す構想「ビジョン2030」の一環として、国内の経済開発と近代化を目指すためには、またとない取引だ。
サウジアラビアがロシアのエネルギー分野に投資すれば、逆にロシアがサウジ国内での経済活動を拡大するという相乗効果も
期待できる。ロシアはサウジアラビアの石油化学プラントに天然ガスを供給したり、採掘や生産にかかるコストを抑えるために
サウジ国内の労働者を直接雇用したりするからだ。これはサウジアラビア政府の「ビジョン2030」の重要目標である、
サウジ国民向け新規雇用の開拓にも貢献する。
サウジアラビアにとってロシア製兵器の取引は、歴史的に安全保障を頼ってきたアメリカとの2国間関係が悪化した場合のリスクを
分散させる以上の意味を持つ。覚書には、ロシアがサウジ国内での兵器製造や軍事技術の移転に協力する条項が盛り込まれており、
「ビジョン2030」に掲げた軍事産業の育成が可能になる。
ロシアはサウジアラビアと経済協定を結べば、経済制裁下にある国内経済の回復に必要な資金を確保し、
サウジアラビア政府指導部との関係を深められる。同時にロシアは、中東におけるサウジアラビアの最大のライバルである
イランとの良好な関係も維持している。
一連の経済協定は、欧米諸国の対ロ経済制裁の妨害にもなる。ロシアがサウジアラビアとの関係改善を図っているのは、
アメリカを挑発するためでもあるのだ。
中東での影響力をアメリカから奪う
今後ロシアは中東で影響力を持ち、OPECやシリア情勢を通じてアメリカの中東政策をかき乱すだろう。
ロシアが中東で経済活動を活発化させていることは、アメリカにとって重要なサインだ。アメリカは世界貿易機関(WTO)の
生みの親として、加盟国は経済的な恩恵を受けられるという前提のもと、ほとんどの加盟国が共通の貿易ルールを
順守するシステムを作り上げた。
だがWTOは今回のような経済協定に関するルールは規定しておらず、サウジアラビアのような国は、ロシアと手を結ぶか、
中国が進めるシルクロード経済圏「一帯一路」構想に参加するか、或いは協力国を増やしてリスクを分散させるかを、
自由に選択でき、縛ることはできない。
ロシアが中東で進める経済協力は、シリアへの大胆な軍事介入と比べれば控えめだが、アメリカの権益にとっては大きな打撃であり、
アメリカの長期的な中東政策が混乱する恐れがある。