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中国「プロパガンダ」の次なるターゲットは大豆農家?「チャイナ・ウォッチ」をただの「広告」と思うことなかれ(後編)

2019-04-24 10:36:00 | 中共日本浸透工作・中共浸透工作・一帯一路・中国経済侵略

中国「プロパガンダ」の次なるターゲットは大豆農家?

「チャイナ・ウォッチ」をただの「広告」と思うことなかれ(後編)

2019年4月24日(水) WEDGEInfinity 桒原響子 (未来工学研究所研究員・京都大学レジリエンス実践ユニット特任助教)

 

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/16010

 ある朝、いつもの新聞に「チャイナ・ウォッチ」と大きく書かれた折り込み新聞らしきものが

入っていたとしよう。「らしき」と表現するのは、それが本当は広告だからだ。その一面

トップには、中国の政治・経済・文化に関する一般的なの新聞記事らしき「広告」が

掲載されている。

一見すれば、一般的な新聞の構成と何ら変わらない。あなたはこれを、「中国の分析記事」

だと思って真面目に目を通してしまうかもしれない。


 現に、多くの米国人が、「チャイナ・ウォッチ」を新聞だと思っているかもしれないのだ。

しかし、これは中国の世論工作である。前編で紹介してきたが、「チャイナ・ウォッチ」は

主に米国を中心として世界的に展開されている。筆者が意見交換した限り、ワシントンの

有識者の間では、「チャイナ・ウォッチ」≒お馴染みの中国のプロパガンダと認識されるまでに

なっている。中国当局の手が、米国民の生活の中まで伸びていると、米国では警戒されてきたのだ。

だが、日本ではもちろん米国一般市民とりわけ地方に住む米国民には、「チャイナ・ウォッチ」が

広告であることはもとより、中国の世論工作の実態すらあまり知られていないのが現状だ。


 では、「何も知らず、「チャイナ・ウォッチ」を読んだ米国民は、どのような影響を

受けるだろうか? 予測不能」ともいわれるトランプ政権下の米国に、中国が世論工作を仕掛け

続ける目的とは? 今回は、この奇妙な「広告」の米国の地方に対する影響に迫ってみよう。


米中貿易摩擦で焦点となった「大豆」

 昨年の米国中間選挙期間中、米国の特定の地方に関する次のような出来事があった。

事の発端は、米中の貿易摩擦で、米国が中国からの輸入品に多額の関税をかけたことだった。

2018年7月6日、米国は中国からの340億ドル相当の輸入品に関税を発動した。

その対抗措置として、中国が、米国からの同額の輸入品に関税をかけ返したのだ。

問題は、その輸入品目の中に、大豆が含まれていたことである。実はこの大豆、今回の

米中貿易摩擦と、それに伴う中国の世論工作で、焦点の一つとなっている。


 「たかが大豆だろう」と思うかもしれない。しかし、特に米国産大豆は、中国国民の

生活にとって大変貴重なものであるばかりでなく、米国の大豆農家にとっても重要な輸出品である。

それゆえ、大豆は、トランプ大統領の政治生命にとっても大きな役割を果たす存在だと考えられていた。

農民の損失を訴える大豆のアニメキャラクター

 米中貿易で両国が一段と対立を深めていた2018年9月27日、突然、米国の中西部にある

アイオワ州の有力紙「デモイン・レジスター」に、「チャイナ・ウォッチ」と書かれた

4ページにおよぶ広告が折り込まれ、店頭に並んだ。中国政府系英字紙を発行する

チャイナ・デイリー社が、デモイン・レジスターに、トランプ大統領を批判する広告記事を

掲載したのだ。広告は、「チャイナ・デイリーが執筆し、広告費用を負担した」という

デモイン・レジスターの但し書き付きだ。


 前述のとおり、「広告」と表記があるにもかかわらず、紙面の構成が一般的に出回っている

新聞と何ら変わらない。チャイナ・ウォッチが一体何かを知らずに目を通す購読者にとって、

新聞の一部として目に映りやすいよう、わざとこのような構成になっているのだ。

そのため、読者は新聞記事だと誤解して、その内容を信じてしまうかもしれない。中国共産党が、

こうした手法で世論に影響を及ぼそうとしているとは知らずに。

 

 この奇妙な「広告」は、これまで米国ワシントンやニューヨークの大手新聞紙を中心に

定期的に折り込まれてきた。内容は、政治・経済・文化等、あらゆる分野にわたる。

 

図:全米の有力新聞に折り込まれる「チャイナ・ウォッチ」の部数(出典:ガーディアンを元に筆者作成)

 

 しかし、今回のチャイナ・ウォッチは、トランプ大統領の貿易政策に関するものがほとんど。

一面には、「(米中の)闘争は、貿易によって生みだされる利益をむしばんでいる」という

大見出しつきで、「米中貿易摩擦が中国の輸入者の関心を南米に向かせている」などと、

トランプ大統領の対中政策を批判し、それによって被る米国農家の損害を警告している。

そのほか、中国の文化などを宣伝・紹介する記事も掲載されている。

 

 これまで中国は、「ワシントン・ポスト」をはじめ、米議会専門誌「ロール・コール」にも

広告を載せてきた。今回は、新たに米中貿易摩擦を題材に、ターゲットをアイオワ州に絞った

世論工作を展開。また、中国国営テレビ中国中央電視台(CCTV)の国際放送チャンネルである、

中国グローバルテレビネットワーク(CGTN)は、2018年7月、自身のウェブサイトにアニメを

掲載し、アニメの中のキャラクターに「米中貿易摩擦が米国の農民の利益を損なわせた」と語らせた。

 

 このキャラクターは、何と大豆である。音声は英語、そして中国語の字幕付きだ。

アニメというが、鉛筆や絵の具で描いたような優しいタッチの画で、いやらしさが全くない。

「こんにちは、僕は大豆」と、キャラクターの大豆が自己紹介する。「僕はそんなに大したこと

ないように見えるかもしれないけれど、こう見えてとても重要なんだ」と、大豆の果たす

役割を語り、米中貿易摩擦が米国農家にとってどれほどの損失になるかをアニメーションで

わかりやすく説明する。

 

 チャイナ・ウォッチやこのアニメ動画を世に流す中国当局の目的は、トランプ大統領の

支持者を揺さぶることである。前述のように、米国に巨額な関税をかけられた中国は、

その報復措置として、同月中に米国産大豆を含む農産品に対し、25%の関税を課した。

それに合わせるかのように、中国が中西部のアイオワ州に住む米国人を対象に世論工作を

仕掛けた。これは、中国製品に大幅な関税をかけたトランプ大統領に対する報復の手段であり、

来たる11月の中間選挙を睨んでのことだったと考えられる。

 

狙いは支持母体の「トランプ離れ」

  「中間選挙を睨んで」とは、一体どういうことだろうか? 大豆が大半を占める穀類は、

米国最大の対中農産物輸出品だ。また、2017年の中国の大豆輸入9554万トンのうち、30%が

米国からだった。その額は120億ドルにも上る。中でも、アイオワ州は農業が盛んな土地柄であり、

大豆生産量は全米1位を誇る。なんと60%はアイオワ産で、年間約43ドルに上るという。

 

 過去10年間で中国向け大豆輸入は26倍に増大しており、対中貿易依存度も高くなっている。

このように、米国にとって大豆は、対中輸出品の中でも非常に重要な品目といえる。

 

 一方、中国も、海外からの大豆輸入に依存している。90年代半ばまで大豆輸出大国であった

ものの、年々輸入量が増え、年間1億トンものの大豆を輸入するようになった。その内訳の平均は、

米国産は約40%、ブラジル産は約50%ほどだという。大豆は、豆腐や豚などの飼料、

ビスケット等の主な原料となる。中国は世界最大の豚肉消費国だ。中国の養豚業者にとって、

大豆は必要不可欠な飼料原料なのである。

 

 そして、アイオワ州が位置する中西部の農民は、トランプ大統領の支持母体の一つだといわれる。

2016年の大統領選では、大豆生産量の上位10州のうち9州がトランプ支持に回ったという。

 

 一方で、アイオワ州は、米国大統領戦でも民主党と共和党が激しい争いを繰り広げる、いわゆる

「スイング・ステート」のうちの一つでもある。2018年11月の中間選挙でも、民主・共和両党の

激しい争いが予想されていた。つまり、今回、アイオワ州の地方紙等を利用して米国世論に

働きかけを行った中国の試みには、トランプ大統領の支持母体をターゲットに、トランプ大統領の

せいで大豆農家が経済的に大打撃を受けると宣伝することで、トランプ離れを起こす狙いが

あったのだ。

 

 米国の農家は、中国向け大豆の約半分を毎年10月〜11月にかけて輸出するという。中国による

関税25%上乗せにより、米国産大豆の対中輸出が影響を受けた場合、大豆相場の大幅な下落も

予想される。米国の大豆農家にとって大打撃となるかもしれない、と思われていたのだ。

 

2000億ドルもの追加関税発動

 これまで筆者のコラムでは中国の対米世論工作、すなわちパブリック・ディプロマシー(PD)

が失敗しつつあるのではないかと指摘してきた。では、今回の中国の対米世論工作は、成果が

あったのだろうか?


 はじめは、トランプ支持層の切り崩しを狙った中国の試みはうまくいっているようにも見えた。

米国産大豆を含む中国の関税引き上げを受け、米農業団体などからトランプ大統領の

対中貿易政策に対して抗議の声が上がったのだ。アイオワ大豆協会や全米の大豆農家30万戸で

構成される米国大豆協会は米政権に激しく抗議、解決を求める声明を発表した。

このように、当初は農家のトランプ離れの傾向が出始めていたのである。


 しかし、中国の企てはそう簡単には成功しなかった。中国の対応を受け、トランプ大統領が激怒。

中国の、大豆農家というトランプ支持層を狙った世論工作の意図を読みとったのか、

トランプ大統領は、「中国は今年の中間選挙に介入しようとしている」と名指し批判し、

さらに2000億ドルもの中国製品に関税をかけると発言した。


 政権内での中国批判も後を絶たない。2018年8月には、ボルトン大統領補佐官もABCニュースで、

米選挙への介入の恐れのある国に、ロシアやイランと並んで「中国」の名前を挙げた。

また、元アイオワ州知事であり現駐中国米国大使のテリー・ブランスタード氏は、10月に

デモイン・レジスターに寄稿し、「中国は、報道の自由の下でプロパガンダ広告を実施する

という弱い者いじめを行なっている」と中国を批判した。


農家へのフォローを欠かさないトランプ大統領

 中国の関税措置によって米国大豆農家が被ると考えられる痛手はどの程度のものだろうか?

どうやら、それほど深刻な問題とはならない可能性もあるようだ。デモイン・レジスターに

織り込まれたチャイナ・ウォッチで、中国は「米国より南米の方に関心が向いている」として、

中西部の農家に揺さぶりをかけたが、実際は、ブラジルなど南米に米国産大豆の減少を補完

できるだけの余力はないとする米国の研究者の見方もある。米中の大豆貿易が混乱することは

必至だが、結局のところ、米国からの輸入がどれだけ減るかはわからないということだろう。


 さらに、トランプ大統領自身も、米中貿易摩擦の影響を受ける米国内の農家に対し懸命に

フォローを行なっている。これらの農家に対し、数十億ドルから最大120億ドル規模の

救済策を政府として導入する方針を発表したのだ。また、中国を厳しく非難し、前述の

2000億ドル規模の中国製品に対する追加関税措置を進めるよう2018年9月14日に側近に指示し、

さらに、この2000億ドルとは別に、新たに2670億ドル相当の中国製品に輸入関税を課すとも

警告した。


 こうした経済面での対応に加え、トランプ大統領は、得意のSNSによる発信も忘れなかった。

デモイン・レジスターにトランプ批判に広告が掲載されたわずか3日後、トランプ大統領が

自身のツイッターに「中国はデモイン・レジスターや他の新聞に、ニュース記事に見せかけた

プロパガンダを載せている」と批判を投稿し、中国のこうした対応について、「貿易問題で

我々が打った手が効いているからだ。事が済めば、市場は解放され、農家には大金が落ちる」と、

米国農家向けに説明した。


 このようにトランプ大統領は、様々な手段で支持母体に対するフォローを行なっている。

今年に入ってからも、同氏は、アーカンソー州とテキサス州などの農業地帯を回り、農民の話に

耳を傾けてきた。そうした取り組みの効果もあり、トランプ支持層からは、同政権の減税や

規制緩和といった政策を評価する声が多い。米国全体のトランプ支持率が伸びている訳ではないが、

不支持率が一定の水準から低下しない背景には、こうしたトランプ大統領の支持者に対する

きめ細かいフォローがあるからなのだろう。

 

二重の痛手を負った中国

 米国中間選挙は、2018年11月6日に即日開票され、上院では共和党、下院では民主党が

多数派となった。トランプ政権は、下院を民主党に奪還されたのだ。予想されたこととはいえ、

トランプ大統領は、今後、厳しい議会運営を迫られる結果となった。


 この結果だけを見ると、中国の思惑通りとなったようにも見える。しかし、今やトランプ大統領

のみならず、共和党、そして民主党までもが対中警戒感を募らせている。米国内の政治は混迷を

極める一方、対中強硬姿勢は、民主・共和両党を問わない超党派的な風潮になっている。


 つまり、中国が今まで通り、トランプ支持層の切り崩しを測ろうとしても、中国に対する

米国議会の結束は固くなっており、こうなれば、中国の思惑通りにはいかない。

中国は、これまで通りの対米PDを展開しづらい状況となったのである。どうやら、中国の

米国におけるトランプ支持層の揺さぶりの企みは、またしても失敗に終わってしまったようだ。


 中国は、トランプ政権の反応を過小評価していたのかもしれない。中国「お得意」のPDは、

トランプ大統領によって即座に行く手を阻まれるどころか、自らが課した関税の何倍もの

報復関税が跳ね返ってきてしまう結果となった。これもまた、中国の対米PDの失敗として

挙げられる事例である。


 中国の米国に対するPDについては、他にも、孔子学院がスパイ活動容疑でFBIの捜査対象になり、

相次いで閉鎖されていることをはじめ、米シンクタンクへの資金提供を疑われはじめている。

米国世論の対中好感度が、10年近くで20%近くも落ちているとする米国の調査もある。

もともと「対中イメージの向上と米国世論の取り込み」を図ってきた中国だが、少なくとも、

イメージ向上には繋がっていないのが現状だ。こうした状況に鑑みても、中国の働きかけは、

現状ではやはり成功しているとは言い難い。


「これまで通り」のやり方はもはや通用せず?

 中国はこれまで、米国おいてあらゆるPDを戦略的に展開してきた。有識者から一般世論に

至るまで対象を幅広く設定し、手法についても、強引であざとい一方で、ターゲットを絞り、

慎重かつ着実に米国世論の中に浸透させてきた。


 しかし、トランプ政権誕生後、こうした活動は「スパイ活動」や「プロパガンダ」と批判され、

中国PDの雲行きが怪しくなってきていた。その手法が世論を切り崩す「鋭い」イメージを持ち、

ソフト・パワーを重視するPDとは別の手法であることから、文字通り「シャープパワー」とも

呼ばれ始めている。


 しかし、米中貿易摩擦が続く限り、そして、中国が、米国が自国の発展を邪魔しようとして

いると考える限り、中国はあらゆる手段で米国に対し世論工作を仕掛けてくるはずだ。

この奇妙な広告も、我々がいつどこで目にするか分からない。


 大豆農家に対する宣伝工作の一件に関し、中国は、トランプ大統領のツイッター外交の影響力や、

共和党のみならず、民主党もが対中強硬で一致している米国議会の動き等を読み切ることが

できなかった。米国では、民主・共和両党が、中国は「シャープパワー」を使って世論工作を

行っていると警戒を強め、これの排除にかかっている。中国の対米PDは「これまで通り」の

やり方では、もはや通用しないのかもしれない。


 今回の主役は、米中貿易摩擦で焦点となった「大豆」だった。次に中国は何をターゲットに、

どのような働きかけを仕掛けてくるのだろうか? 日本が米中摩擦の火の粉を浴びることも、

日本がターゲットになることも十分に考えられる。現に、日本の新聞広告にも「チャイナ・ウォッチ」

が登場するようになってもいる。


 前編でも指摘してきたように、日本は、中国PDに対する危機意識の低さを認識しなくては

ならないだろう。そして今後、中国のPDの状況と、米中新冷戦の行方をしっかりと見極め、

日本としての対応を再検討することが必要となろう。