こうした「八方美人政治」は、当初は誰からも支持された。経済分野で言うなら、韓国経済を

飛躍させるビジョンを掲げて財閥や経営者たちを喜ばせ、雇用や賃金の大幅アップを掲げて労組や

若者たちを喜ばせるといった具合だ。


 だが古今東西、「八方美人政治」というのは、時が経てば綻びが出て、どの層も冷めていくものだ。


 一例を挙げると、「改革の一丁目一番地」に掲げていた最低賃金問題である。日本で安倍首相は、

経団連などに「3%の賃上げ」を要求しているが、文大統領は「2020年に最低賃金を時給1万ウォン

(約1000円)にする」とブチ上げたのだ。東京都の最低賃金が、今年10月から985円になったばかりで、

GDPが世界12位で日本の3割しかない韓国で、1万ウォンというのはとてつもない額である。


 それでも文大統領は、2018年の最低賃金を、前年の6470ウォンから7530ウォンに引き上げた。

実に16・4%アップ!


 だが経済界や自営業者などから猛反発を浴びて、今年7月14日、2019年の最低賃金を、10・9%

アップの8350ウォンにすると発表した。これでも非常識なくらい高いのだが、今度は労組が「低すぎる」

と猛反発である。


 かつ、「2020年に1万ウォン」という公約を実現するには、次年の引き上げ率を19・8%以上に

しなければならない。2割も引き上げれば、これは韓国経済自滅と、ほぼ同意だ。

さらに、こうした最低賃金の急上昇と混乱が、韓国経済に悪影響を及ぼすという「逆効果現象」も

起こってしまった。


 かくして7月16日、文在寅大統領の就任後初の「国民向け謝罪」となった。「2020年に1万ウォンは

達成不可能です」と懺悔したのだ。


華々しかった外交もいまや雲行きが怪しく・・・

 文在寅外交も、また然りである。文大統領は、トランプ大統領に会うと、「北朝鮮の核を放棄させます」

と断言する。あくまでも「同盟優先」というわけだ。だがその一方で、金正恩委員長には「南北主導による

統一を果たそう」と囁く。こちらは「同胞優先」である。


 そんな文在寅大統領の「八方美人外交」は、今年前半は成功していた。2月に平昌冬季オリンピックに

北朝鮮を参加させ、4月に劇的な板門店での南北首脳会談を実現。6月にはとうとう、トランプ大統領と

金正恩委員長の「世紀のシンガポール会談」まで実現させてしまった。


 だがいまや、トランプ大統領に約束した「北朝鮮の核放棄」は一向に具体化せず、金正恩委員長に

約束した「今年中の朝鮮戦争終結宣言」も見通しが立たない。結果、トランプ政権はオカンムリだし、

「今年中にソウルへ招待する」という金正恩委員長との約束も果たせないため、平壌も不信感を見せ始めた。


 こうしたことの延長線上に、対日外交もある。文在寅大統領は、安倍首相には「未来志向」を力説するが

、国内左派の「岩盤支持層」には反日を説く。内政と外交が矛盾をきたせば、最終的に内政を優先させるのは、

どこの国のトップも同様だ。かくして「日本攻撃」が、にわかに先鋭化してきているのが、昨今の状況と

いうわけである。


 思えばいまから20年前、正確には1998年10月8日、小渕恵三首相と金大中大統領によって、

「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」(日韓共同宣言)が発表された。

これは1965年に国交正常化した日韓にとって、画期的な宣言だった。2002年のワールドカップ共催に

つながったばかりか、韓国が日本文化を開放したことで、日本でヨン様などの韓流ブームが起こった。

 

 本来なら今年の秋は、日韓両国で、この共同宣言20周年を盛大に祝うはずだったのだ。ところが、

韓国が10月10日から14日に開いた国際観艦式で、自衛隊の旭日旗の使用を認めないとしたことで、

自衛隊が不参加になるという事態が起こった。さらに10月30日には、韓国大法院(最高裁判所)が、

新日鉄住金に対して、植民地時代の徴用工である4人の原告に対して、一人あたり1億ウォン

(約1000万円)の賠償を支払う判決を下した。三菱重工業の同様の判決も、今月29日に控えている。


 そして第3弾が、11月21日に韓国政府が行った驚愕の発表だった。2015年末の日韓慰安婦合意に

基づいて、日本政府が10億円を拠出し、韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」を解散するというのだ。


 これには安倍首相も呆れ顔で、「国際約束が守られないのであれば、国と国の関係が成り立たなく

なってしまう」と述べた。まさに正論だが、上記のような理由で、いまの文在寅政権は、平衡感覚を

失いつつあるのである。


3・1独立運動100周年で「反日攻勢」は最高潮に

 今後、日本が最も警戒しなければならないのは、来年3月1日の「3・1独立運動」100周年である。

日本の植民地時代に朝鮮半島で起こった最大の独立運動(逮捕者約5万人)の100周年を、南北合同で

盛大に挙行しようと、文在寅大統領が金正恩委員長に持ちかけているからだ。


 今年9月18日から20日まで文大統領が北朝鮮を訪問した際に発表した「9月平壌共同宣言」の

第4項の3には、「3・1運動100周年を南北共同で記念し、このための実務的な方策を協議していくことにした」

と明記している。換言すれば、旭日旗、徴用工、慰安婦と続く韓国の「反日攻勢」は、来年3月1日の

「山頂」を目指した途上とも言えるのである。

 

「和解・癒し財団」の解散が発表された日、韓国ソウルの日本大使館前の慰安婦像のそばではデモを行う人々の姿も見られたが、

一般の韓国人はほとんど無関心を装っているという(2018年11月21日撮影)


 最後に、あるソウル在住の韓国人ジャーナリストが「和解・癒し財団」の解散が発表された当日、

私に送ってきたメッセージを紹介しよう。


「本日(21日)の韓国政府の発表に関して、一般の韓国人はほとんど無関心を装っている。若者たちが

一番見ているネイバー・ニュースにも、ほとんど関連記事が出ていない。

 文在寅政権は、これ以上の支持率低下に歯止めをかけるには、『定番』の反日攻勢しかないと

判断したのではないか。だが韓国国民の専らの関心は、景気問題であって、いまさら慰安婦問題ではない。

私の周囲の中小企業を見れば、不景気で社員の給料の遅配が起こっていて、失業者は増える一方。

潰れる会社や店も続出している。

『20年ぶりに第二のIMF時代が到来する』という声も聞こえ始めているのだ。日本経済に手を差し伸べて

ほしいというのがホンネだ」

 

近藤 大介
ジャーナリスト。東京大学卒、国際情報学修士。中国、朝鮮半島を中心に東アジアでの豊富な取材経験を持つ。講談社『週刊現代』特別編集委員、『現代ビジネス』コラムニスト。近著に『未来の中国年表ー超高齢大国でこれから起こること』(講談社現代新書)、『二〇二五年、日中企業格差ー日本は中国の下請けになるか?』(PHP新書)、『習近平と米中衝突―「中華帝国」2021年の野望 』(NHK出版新書)など。