キューバ経済:途方に暮れる共産党
2017.10.4(水) PB PRESS (英エコノミスト誌 2017年9月30日号)
共産主義を掲げる体制は、もはや同盟国の気前の良さを頼れなくなり、途方に暮れている。
ガブリエルとレオには共通点がほとんどない。ガブリエルは病院の用務員として月に576キューバペソ(23ドル)稼いでいる。
一方、レオは11人の正社員を抱え、売上高が月間2万ドルにのぼる民間企業を経営している。だが、どちらにも不満を抱く理由がある。
ガブリエルにとっては、給料でまかなえる生活必需品の少なさだ。首都ハバナにある薄暗い「ミニマ(小型モール)」で、配給手帳で
1カ月にどれだけのものを手に入れられるのか教えてくれた。コーヒーの小袋1つ、ボトル半分の調理用油、コメ5ポンド(約2.27キロ)
などだ。配給されるのはタダ同然の商品である(コメは1ポンド当たり5セント)。だが、これでは足りない。キューバ人は、
コメの値段が20倍もする「自由市場」で追加分を買わなければならない。
レオ(仮名)は別の不満を抱えている。キューバは仕事に必要な原材料を生産していないが、彼のような企業が輸入することも
認めていない。それでもレオは材料を調達するために、月に2、3度、海外に出かける。密輸する商品が関税職員に見つからないよう、
スーツケースに荷物を詰め込むのに6~8時間かかる。「まるでコカインを運んでいるような気持ちになりますよ」とレオは言う。
レオのような起業家が仕事をしやすくなれば、良質な雇用を創出してガブリエルのような人を助けることになる。だが、キューバの
社会主義政府はそうは考えない。政府は8月、民間企業が参入を認められている201業種のうち、20あまりの業種の新規免許
発行を停止すると発表した。凍結された職種には、レストランの経営、観光客への部屋の賃貸、電子機器の修理、音楽教室の
運営などが含まれている。
これでキューバによる資本主義の実験が終わるわけではない。レストランやホテルなどの経営者を含む60万人の
「クエンタプロピスタ(自営業者)」の大半は、従来通り仕事を続けられる。だが、政府は彼らを信用していない。彼らの豊かさは
貧しいキューバ人の間で妬みを引き起こす。クエンタプロピスタの独立心はいずれ、反体制派の意見に至るかもしれない。
ラウル・カストロ国家評議会議長は最近、脱税など、クエンタプロピスタが犯す「違法行為とその他の不正」を激しく非難した。
ただ、政府のおかしな制限のためにそうした行為が避けられなくなっていることは認めなかった。
「政府は貧困ではなく、富と戦っている」と、ある起業家は嘆く。
トランプの口とイルマの目
資本主義に対する弾圧は、キューバにとって緊迫した時期に起きている。カストロ氏は来年2月に評議会議長を退任することに
なっている。これにより、1959年のキューバ革命を率いた兄フィデルと同氏による60年近い独裁支配に終止符が打たれる。
次の議長には恐らく革命の記憶がないだろう。
バラク・オバマ前大統領の下でキューバに対する経済封鎖を緩和し、国交を回復した米国との関係は暗転した。
ドナルド・トランプ大統領は米国人によるキューバ訪問を難しくする計画を立てている。ハバナ駐在の米国人外交官に対する謎の
「音波攻撃」の報道は、さらに両国関係を緊迫させるだろう。
9月初旬にキューバを襲った大型ハリケーン「イルマ」は、少なくとも10人の命を奪い、キューバで一番人気のビーチリゾートを
荒廃させ、一時的に全国の電力システムを遮断した。財政赤字が今年、国内総生産(GDP)比12%に達すると見られていることから、
政府には復興にかける資金がほとんどない。
これらの問題は、すでに悲惨な状態だった経済に打撃となる。キューバのお気に入りの経済戦略
――つまり、左派の同盟国・友好国から補助金を引き出すこと――は全盛期を過ぎた。
キューバの庇護者としてソ連に取って代わったベネズエラは、キューバ以上にひどい状況にある。
ベネズエラ産の石油と引き換えにキューバの医師やその他の専門職がサービスを供与するバーター取引は縮小しつつある。
両国の貿易は2012年の85億ドルから昨年の22億ドルへと激減した。このためキューバは国際市場で、正規価格での石油購入を
増やすことを余儀なくされた。観光業の活況にもかかわらず、医療を含むサービス収入は2013年以降、減少し続けている。
社会主義の制約に縛られ、キューバは他国や自国民が買いたいようなものをほとんど生産していない。
例えば農業は、土地、機械、その他の材料の市場の欠如、市場価格を下回ることが多い政府規定物価、さらにはお粗末な輸送網に
よって制約を受けている。キューバは食料の8割を輸入している。
輸入品の代金を支払うのが、次第に困難になっている。今年7月、リカルド・カブリサス経済相は国家評議会で、財政逼迫により
2017年の輸入額が15億ドル減ると述べた。店頭に並ぶ商品は往々にして、キューバのどのサプライヤーが支払いを待つ気が
あるかに左右される。GDPは2016年に実質ベースで0.9%縮小した。イルマと輸入減少を受け、キューバ経済が2017年に
またひどい1年を経験するのは確実だ。
政府は何をすべきか分からず、途方に暮れている。1つの答えは外国からの投資を促すことだが、政府は投資家をぐちゃぐちゃの
官僚主義に巻き込む決意を崩していない。すべての取引について、複数の閣僚が署名しなければならない。配送トラックに何リットル
のディーゼル燃料が必要かといったことを、政府職員が決めている。投資家は自由に利益を本国へ送れない。2014年3月から
2016年11月にかけて、キューバが外国から呼び込んだ投資は13億ドル。目標の4分の1にも届いていない。
景気停滞と物資不足の脅威に直面し、政府はこれまでよりも投資家の誘致に力を入れている。例えば食品会社が利益の一部を
本国に還流することに同意した。だが、それ以上に大胆な措置は実現の見込みが薄いように思える。
レオのようなクエンタプロピスタはしびれを切らせながら、中小企業に関する法律の制定を待ちわびている。制定されれば、
起業家が事業を立ち上げ、普通の企業がやることをできるようになる。だが、法案が近く可決されることはないと、キューバの
経済学者オマール・エベルレニイ氏は言う。
さらに大きな一歩は、キューバの二重通貨制度の改革だろう。この制度のせいで、国有企業は競争力をそがれ、公的部門の
給料が悲惨な水準に抑えられ、経済全体で物価が歪められている。
キューバペソは「兌換(だかん)ペソ(CUC)」と並んで市中に流通しており、1CUCの相場は約1ドルだ。個人(観光客を含む)に
とってはキューバペソとCUCの交換レートは1対24だが、国有企業やその他の公的機関にとっては1対1となっている。
経済の大部分を占めるこれらの公的機関にとっては、キューバペソが著しく過大評価されているわけだ。この仕組みは輸入業者に
莫大な補助金を与え、輸出業者を罰している。
経済をまともに機能させるためには、国有企業に対するキューバペソ切り下げが必要だ。だが、仮に切り下げたら、多くの人が
破産し、仕事を失い、インフレを引き起こす。そうした通貨切り下げを試みる国は大抵、外部の助けを求めるものだが、米国が反対
しているために、キューバは主な支援元である国際通貨基金(IMF)や世界銀行に加盟することができない。
英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの経済学者エミリー・モリス氏は、通貨制度の是正は「さらなる自由化の前提条件」だと
話している。
キューバが次の指導者を選んでいる間は、制度変更は起きそうにない。指導者選びは政府内の改革派と保守派の間の闘争を
先鋭化させた。トランプ氏の好戦的な態度は恐らく後者を後押しした。大半のキューバウオッチャーは、キューバ国家評議会の
第一副議長でカストロ氏の後継者として有力視されているミゲル・ディアスカネル氏はキューバの基準に照らすとリベラル派だと
見なしていた。しかし、それは共産党のメンバーを前に演説している同氏の動画が8月に公表される前のことだ。
ディアスカネル氏は演説で、キューバの「政治的、経済的征服」を企んでいるとして米国を批判し、体制に批判的なメディアを激しく
攻撃した。もしかしたら、カストロ氏の後を継ぐ勝算を高めるために、保守派におもねっていただけかもしれない。
一方で、これがもしディアスカネル氏の本当の意見だったとすれば、レオとガブリエルにとっては悪い知らせだ。
*1=在キューバ米大使館で原因不明の聴覚障害を訴える外交官らが続出し、音響兵器を使った攻撃が疑われている事件。米国は職員や家族を帰国させている。
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キューバ:日本が考えている間に中国は行動する
日本の安倍首相は9月13日に開かれた第71回国連総会の後キューバへの日本初の公式訪問を行なう予定。
「去年のキューバとアメリカの外交関係再開以降、世界的に注目を集めるキューバに対し、ビジネス投資環境の改善などを
働きかけ、日本企業の進出を支援したい」と菅官房長官。日本政府がキューバを有望な投資・開発先として認識している
ことが示された。
政治の一方で日本の実業家らはこれまでも定期的にキューバを訪問していた。今年6月にはキューバ商工会議所とジェトロが
主催のセミナーに60人の日本人ビジネスマンがハバナに集まり、輸送、エネルギー、投資、医療、農業といった分野における
協力の問題を話し合った。日本人の間で特に興味が持たれているのは、キューバの経済特区「マリエル」で、これはキューバで
外国投資に関する法律が採択されて後、特に魅力的になってきている。
日本の実業界はキューバとの経済協力について良好な見通しを持っているが、ここで同地域への旺盛な進出を進める中国の
存在に何らかの形でぶつかることは必至である、と世界経済国際関係研究所アジア太平洋研究センターのクリスティーナ・ヴォダ氏
は述べた。
「キューバへの安倍氏の訪問はいくつかの理由のため、日本にとって重要だ。
第一に、それはグローバル外交という安倍氏が2012年末に掲げた進路の継続だ。安倍氏は歴代首相の誰より多数の
海外遊説を行っており、今回の訪問もアクティブで強力な政治家というイメージに貢献する。
第二に、長らく日本の実業界の傾注の外に置かれていたキューバへの関心を実業界は表現する必要性がある。
まだキューバの市場は発展しているとはいえず、この市場が日本の自動車、工作機械、産業機器、家電製品など、
長らくキューバが不足していたようなすべての商品のメーカーにとって非常に興味深いものになる可能性がある。
そして、もちろん、ツアーオペレーターにとって新たな市場となる。
しかし、ここにおいて、日本は中国と競争しなければならない。近年、この二つの主要なアジア国家の間では、世界中で
闘争が行われている。この地域での2国間のライバル関係は、中国と日本の指導者たちが中南米の合計8カ国を相次いで
訪問した2014年の夏に、特に明白に表わされた。キューバで習近平主席は、サンティアゴ・デ・クーバ港の整備に関する
1億1500万ドルの契約、ニッケル鉱石購入の6億ドルの契約を含む29の新しい協定に署名した。
また、農業における協力を強化し、共同でキューバのインフラを開発し、観光や医学の分野での協力を進めることでも
合意がなされた」
クリスティーナ・ヴォダ氏によると、ラテンアメリカにおけるアジアの経済大国の優劣は、重要性でいうと、中国が有利に傾いている。
「過去10年間で世界経済への伸張を強めてきた北京は中南米諸国との経済協力の量を増加させ、キューバを含め、それらの
ほとんどにとって最大の融資国および貿易相手となっている。原材料の仕入先の多角化という課題と同時に、北京は地域のインフラ
の近代化への中国の投資の増大も行っている。そのような形で成長と中国の影響増大とが相互に関連している。
日本は中南米諸国との相互関係について量の面では中国に劣っているが、ひけをとる意向にはない」と専門家。