米国が国防費を対中戦にシフト、海洋戦力強化へ
国防省の予算要求を連邦議会が一部増額修正
この方針を実施するには、米軍各軍(海軍、空軍、陸軍、海兵隊)が大国間角逐に勝利するための
戦略を策定し、必要な作戦概念を生み出し、新戦略に適応した組織の改編を進め、大国間戦争に耐えうる
武器装備を整えねばならない。
一方、先日亡くなったマケイン上院議員が長らく主導してきた連邦議会上院軍事委員会では
「各軍における戦略シフトに関する対応は極めて遅い」と指摘し、次のような警告を発している。
「アメリカ軍の主敵は市街地戦や山岳砂漠戦でのテロリストやゲリラではなく、強力なハイテク軍事
システムを身につけている中国軍やロシア軍となっていることを自覚しなければならない」。
そして、このような強い危惧を具体的な形で示したのが、このほど成立した国防費に関する2019年
会計年度歳出法である。国防総省が提出していた国防予算案を叩き台にして連邦上下両院がそれぞれ
策定した国防費歳出案を、上下両院でさらに調整して法令化した法律である。
増額された海洋戦力関係費
新たな歳出法によると、ホワイトハウスが提出した国防予算要求に対して、海軍省に関しては4.9%増額、
空軍省は1.2%増額、陸軍省は0.9%増額ということになった。このように国防費の歳出額が増額された
要因は、海軍の艦艇建造費と全軍(海軍、空軍、陸軍、海兵隊)の航空機調達費が大幅に
押し上げられたからである。
連邦議会は軍艦建造関連歳出を最も重視して、国防総省の要求に対して10.4%の増額を決定した。
このような海軍艦艇建造費の大幅な増額は、「国防総省が算定した建造費では、トランプ政権が
打ち出している大海軍建造計画を実現できず、とても中国海軍の大増強やロシア海軍の復活などに
対応できない」というシンクタンクなどの研究や提言を議会調査局や軍事委員会が受け入れて、
建艦スピードを加速させようとしているためと考えられる。
艦艇建造費とともに航空機の調達に対しても、連邦議会は国防総省の要求額を大幅に押し上げた。
すなわち空軍の航空機調達は5.6%、陸軍の航空機調達は13.7%、海軍・海兵隊の航空機調達は5.5%
それぞれ軍当局側の要求に対して増額した。
全ての軍種において航空機調達費用が増額されたのは、空軍、海兵隊および海軍が調達することに
なっているF-35ステルス戦闘攻撃機、州空軍が調達するC-130大型輸送機、それに陸軍のアパッチ攻撃
ヘリコプターなど高額機の調達に加えて小型無人機の開発と大量調達を推し進める必要性を連邦議会が
痛感しているためである。
いずれにせよ、海軍の艦艇と全軍の航空機の調達に莫大な金額の税金を投入するのは、
まさに「中国軍/ロシア軍との戦争」に備える海洋戦力の強化をスピードアップさせようという
連邦議会軍事委員会の意思が、具体的な形で示されたということに他ならない。
各種対艦ミサイルを搭載して米海軍を待ち受ける中国軍ミサイル爆撃機
大国間角逐に打ち勝つ主役は地上戦力ではない
海洋戦力とは対照的に、地上戦力すなわち陸軍と海兵隊の予算は厳しく抑制された。陸軍予算は、
航空機調達費が13.7%も押し上げられたにもかかわらず、そのほかの多くの分野での要求額は減額され、
全体ではわずか0.9%の増額にとどまった。海軍予算の大幅な増額に比べると「大国間角逐に
打ち勝つための主役は陸軍ではなく海軍」という流れを如実に示している。
海兵隊予算はなぜ減らされたのか
ただし、陸軍よりもさらに衝撃を受けているのは海兵隊だ。
国防総省が要求した海軍省予算(海軍の予算と海兵隊の予算)は全体としては4.9%も増額が決定され、
とりわけ軍艦建造費と航空機(海軍と海兵隊の各種空機)調達費もそれぞれ大きく増額が認められたものの、
海兵隊関連費用は4.9%も減額されてしまった。
なぜ連邦議会が海兵隊予算を削減したかというと、「海兵隊は大国間角逐への対応が遅れており、
このままでは武装蜂起勢力鎮圧部隊となってしまう。このような状況から脱却するための方針を
打ち出すまでは、テロリスト相手の戦闘を想定した兵器調達費は押さえ込まねばならない」と
考えているからである。
2001年の911同時多発テロ攻撃以来、長らく続いてきた対テロ戦争において、イラク侵攻戦の時期は
ともかく、海兵隊や陸軍の多くの部隊は主として低烈度紛争に近い環境での戦闘を続けてきた。
(低烈度紛争は「容易な戦闘」という意味ではない。軍艦や航空機それに戦車などのいわゆる正面装備が
戦闘の主役ではなく、歩兵部隊や特殊部隊などが主役となって、ゲリラ戦士や叛乱武装集団などの
非正規軍が主たる相手の戦闘を意味する。具体的には、イラクの市街地やアフガニスタンの山岳地帯などでの
テロリスト武装蜂起相手の戦闘を指す。)
とりわけ、アメリカの先鋒部隊として、強力なイスラム原理主義武装蜂起集団が支配する困難な地域での
低烈度紛争の度重なる激戦に従事し続けてきた海兵隊は、市街地でのゲリラ戦士や武装叛乱集団との
戦闘に打ち勝つエキスパートと自他共に認める精鋭部隊へと成長した。そのため、海兵隊の兵器や装備の
調達方針も、テロリスト集団相手の低烈度紛争を想定して行われるようになってしまった。
アフガニスタンでパトロール任務中の海兵隊員
イラクでパトロール任務中の海兵隊員
だが、米軍の主たる任務は「テロリストとの長期低烈度戦闘」から「中国やロシアといった大国との
短期高烈度戦争」へとシフトとした。そのため「海兵隊はこれまでの方針から脱却しないと、
低烈度紛争への対処専門部隊としての役割だけを果たす存在になりかねない」というのが、
上院軍事委員会が海兵隊に投げかけている警告なのだ。
国防予算決定は国防・軍事の論理で。国防・軍事の論理がない日本
日本では、防衛省が提示した防衛予算の概算要求に対して、財務省が国防・軍事の論理ではなく
財務の論理で圧縮に努め、最終的には財務大臣と防衛大臣がやはり国防・軍事の論理ではなく
政治折衝によって妥協を図り、国会ではイデオロギー的に国防費削減が唱えられる。
政府提出の国防費に国防・軍事の論理で建設的な修正が加えられることは、まずない。
しかし国会に課せられた最大の責務は国家予算の決定であり、与野党ともに事あるごとに
“シビリアンコントロール”を口にしているのであるから、上記の米国防費歳出決定のように、
国会が国防・軍事の論理によって日本防衛のための国防予算を調整できるような能力を身につける
努力を開始すべきである。