ミャンマー軍、ロヒンギャの次はカチン族を標的に
武装ヘリや戦闘機を使った攻撃で人道危機が深刻化している
2018 年 5 月 29 日 07:55 JST THE WALL STREET JOURNAL
ミャンマー軍が少数民族への弾圧を再び強めている。イスラム系少数民族ロヒンギャの大半を隣国バングラデシュへと
追いやった軍は目下、武装ヘリコプターや戦闘機、重火器などを使い、中国との国境に近い北部山岳地帯でカチン族の武装勢力に
攻撃を加えている。
カチン族はキリスト教徒の多い少数民族。ミャンマー政府と軍は、主に国境沿いに暮らす様々な少数民族との間で停戦協定の
締結を目指しており、カチン族への攻撃は、協定締結を拒む武装勢力に対して、軍が弾圧を強めていることを映し出している。
攻撃のパターンからは見えるのは、カチン族などの少数民族の武装勢力が資金源としている翡翠(ひすい)や琥珀(こはく)
鉱山へのアクセスを軍が断とうとしていることだ。米国と中国はともに、紛争の即時停止を求めている。

ミャンマー軍は過去およそ5年、反政府組織に対して全面対決よりも話し合いを優先した経緯がある。軍が攻撃を強めていることは、
従来の方針から転換したことを意味する。
カチン州北部に配備されたミャンマー軍の一部部隊は、ロヒンギャに対して残虐行為を行ったとして人権団体から批判されている
組織だ。だがミャンマー軍に対抗できる戦闘部隊を持たないロヒンギャとは異なり、カチン族は百戦錬磨の戦闘員1万人程度を
抱えており、過去数十年にわたりゲリラ戦術を展開してきた。ミャンマー軍にとって最も手ごわい勢力の1つだ。
ミャンマー軍はカチン州の戦闘地帯への報道陣や国際監視団の立ち入りを制限しており、紛争の正確な状況を
把握することは困難だ。犠牲者の数も分かっていない。だが退避を余儀なくされた住民、現地の支援団体や政治勢力への
取材からは、戦闘が激化し、人道危機が深刻化している実態が浮き彫りとなっている。
戦火を逃れようと数千人の一般市民がジャングルへと逃避。ゾウの背中に乗って逃げる者もあれば、国境を越えて中国へと
入るグループもあったという。市民に食料や物資を提供している赤十字国際委員会(ICRC)は、4月初旬以降、
7500人のカチン族が住む家を追われたと推測している。
軍幹部は先週メディアに対し、戦闘は反政府勢力によって引き起こされたものだとし、政府軍が現地集落に火を放ったとの
報道を否定した。
難民キャンプの運営を手伝うンカチン族のンタップ・トゥ・メイさんは、戦闘が始まった4月下旬以降にやって来た1300人は、
健康状態が悪く、下痢に苦しんでいると語る。4月下旬頃から軍による空爆が激しくなり、住民は家を捨てて逃げざるを
得なかったという。
非営利の国際人権組織、ヒューマン・ライツ・ウォッチのリチャード・ウィアー氏は、「ミャンマー軍は攻撃性を増している」と
指摘する。国連は軍によるロヒンギャ弾圧を民族浄化として批判しているが、これまで制裁発動には至っていない。
ウィアー氏は、国際社会がミャンマー軍を罰しなかったことで、他の民族への攻撃を強める事態を招いてしまったと述べる。

ミャンマーは、英国から独立した1948年以降、内戦にさいなまれてきた。国境沿いに暮らす少数民族は、同国で圧倒的多数を
占める仏教徒のバマー族(ビルマ族)とは異なる信仰を持ち、自治権拡大や完全な独立を望む。様々な武装勢力に対する
政府の過去数十年にわたる攻撃は、その残虐性が常に欧米政府や人権団体から非難を受けてきた。
ノーベル平和賞を受賞したアウン・サン・スー・チー氏は歴史的な選挙勝利で政権交代を成し遂げた後、2016年に実質的な
同国指導者に就任すると、少数民族との和平実現が最優先課題だと表明した。
だがスー・チー氏が政権を掌握して以降も、政府と軍は和平合意の締結で反政府勢力を説得できずにいる。
一部の専門家は今回のカチン族への攻撃について、和平プロセスを阻害し、スー・チー氏と同氏が率いる
国民民主連盟(NLD)の邪魔をする軍幹部の策略ではないかと指摘している。NLDはこれを否定、軍はコメントを差し控えた。
安全保障関連のアナリスト、 アンソニー・デービス氏は「戦闘を激化させることで、NLDの看板政策は完全な失敗だったと
結論づけることになる」と指摘。「選挙は2年後に迫っているが、NLDは何を有権者に訴えることができるだろうか」と述べた。

スー・チー氏のオフィスの報道官は、兵士26人が殺害された 4月初旬のカチン族の襲撃が引き金となって、
最近の戦闘激化を招いたとした上で、「軍は状況に適切に対処している」とコメントした。一方、カチン族は政府軍による
侵攻が紛争を招いたと主張している。
今年開催を予定されていた国家和平会議はすでに2度延期となっており、関係者の多くは再び先送りされると予想する。
ミャンマー平和センターのシニアプログラムオフィサー、アマラ・ティハ氏は「和平プロセスは完全に暗礁に乗り上げた」と話す。
同センターは、軍と反政府勢力との交渉を支援する組織だ。
北部山岳地帯の戦闘は通常、6月半ばには下火になる。激しい雨で道路が通行不可能になるためだ。だがミャンマーは近年、
空軍の戦闘能力を著しく高めている。前出のデービス氏らアナリストは、天候にかかわらず、軍によるカチン族への攻撃が
続くとみている。