真面目な話をすると、テキスト論の時代にBLの読みを許容しない古典研究者は意味が無いと思う。ラノベ論もそうだけど、真に求められるのは
(x) 純文学とソレ以外の読みとを楽々往還したり俯瞰したりする訓練をした上で
(y) なお美的なものの先端を自分なりに論じること
ですよ。
@tricken (x) ができていない人は、(1)自分だけのジャンキーな読み以外に自信がないか、(2)権威的な文学的読み以外に良い物がないと嘯くか (※これ、どっちもダメです)の隘路にハマっている。その隘路を抜けた上で、自分の美、つまり (y) を請け負う必要がある。
@tricken 「色んな読み方がある」「その中で自分はこの読みに賭ける」この二段を抑える議論をしていれば個人主義的な読みを呈示できるし、色々な読みを学べる。にもかかわらず(x1) or (x2) に自ら陥る(/相手をx1,x2だと勝手に誤解する)ことで生じる諍いは後を絶たない。
それなら江口寿史さんも、田中圭一さんも、エロパロ同人誌の作家さんたちも、みんな責められなきゃいけないことになってしまいますよ(笑) 自分がされた時にだけ考えて、怒れば良いのです。僕は笑った、それだけです。 twitter.com/yuki_4030/stat…