たとえば、2016年の大統領選を舞台にした「ロシアゲート事件」では、トランプ氏にロシアとの共謀や捜査妨害の疑いがかけられた。 捜査を指揮したモラー元特別検察官は、昨年7月に下院の公聴会に臨み、〈現職の大統領は訴追できない〉という司法省の方針を挙げつつ、トランプ氏が退任後に訴追されることはあり得るとの認識を示した。 これ以外にも、脱税や保険詐欺、さらには、ポルノ女優との不倫の口止め料に選挙資金を流用した疑いなど、トランプ氏の疑惑は枚挙にいとまがない。“敗北”を口にした瞬間、逮捕や訴追が現実のものとなることはご本人も理解しているのだろう。ツイッターではかねてより、〈私は自分自身に恩赦を与える絶対的な権利を有している〉(18年6月4日付)と豪語してきた。 自らに恩赦を与えるのは前代未聞で、さすがに非現実的だ。しかし、元共同通信ワシントン支局長の春名幹男氏によれば、 「想定できるのは、トランプが残された2カ月半の任期を全うしないまま大統領を辞任し、代わって大統領となったペンス副大統領に恩赦を与えてもらうことです。異例の措置ですが、アメリカでは72年に起きた“ウォーターゲート事件”の前例がありますからね」 当時、民主党本部が入っていたウォーターゲートビルに、5人の男が盗聴器を仕掛けようとして逮捕され、ニクソン大統領ら政権中枢の関与が取り沙汰された。 結局、ニクソンは辞任し、フォード副大統領が大統領に昇格。フォードは74年9月、ニクソンに対し、在任期間中のあらゆる罪について“恩赦”を与えると宣言した。この再現が見られるかもしれないというワケだ。 加えて、もうひとつのウルトラCは、バイデン氏が新大統領となってトランプ氏を恩赦するケースだ。 「バイデンが勝利したとしても、ホワイトハウスを去ったトランプが訴追や逮捕の憂き目に遭えば、狂信的な支持者による暴動が起きる危険性は否定できません。そうした混乱を避けるために、バイデンがトランプを恩赦する選択肢は残されています。もっとも、民主党左派や支持者が黙っていないと思うので難しい判断になりますが……」(春名氏) 今回の大統領選は、いわば「トランプ信任投票」の様相を呈していた。その存在を忌み嫌う民主党支持者にしてみれば、敵に塩を送ることなど以ての外だろう。 また、トランプ氏は今後の裁判費用を捻出するため、62億円の献金を呼びかけているが、それ以外にも巨額の借金を抱えている。ニューヨークタイムズ紙(9月27日付)によると、総額4億2100万ドル(約442億円)もの負債を個人で保証しており、その大半は4年以内に支払期限を迎えるという。 八方塞がりの状況下で、まことしやかに囁かれているのが“亡命説”である。 「実際にトランプ本人も選挙集会で“(バイデンに負けたら)国を出るしかないかもね”と漏らしていた。犯罪人引渡条約のない国に逃げることも考えているのではないか」(春名氏) 他方、アメリカ政治に詳しい上智大学総合グローバル学部の前嶋和弘教授は、今後のトランプ氏の動向についてこう語る。 「バイデンが政権を握っても、トランプに報復できるほど安泰ではありません。もし訴追となれば、国内の対立が激化して、むしろ共和党が優位になりかねないと思います。一方のトランプには、選挙後に保守系のテレビチャンネルを立ち上げるという情報がある。番組で第二、第三のトランプを誕生させ、院政を敷く狙いがあると考えられます」 たとえ地獄に堕ちそうでも、権力への執着は些かも衰えないようである。
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