先日も仕事帰りにプールに寄った。6月末に行った時よりも、25m一本分が楽になってきているが、長時間は泳がず、整理体操ぐらいの気分で行く。暑い季節の夕涼みには気持ちのよいものである。
前々々回に述べかけた「一週間に一度の運動」も、昨年秋に始めた当初は1コースでかなり汗が出た。
運動は、入浴と同様に、胃の中の食べ物がこなれて動いても楽な時、「食事より前に」を心がけるようにしているので、この「整理体操とスクワット等の運動負荷」は、自分の場合はだいたい週末、金曜か土曜の朝、起きた布団の上で行うことが多い。全体で、「急がずにゆっくりと」やって、10~15分前後だろうか。寒い時期には、布団から出た時の寒さを、身体をほぐして暖めることで緩和することにもなった。
元々、運動部ではない。子供の頃から「体育会系」「健康的」という言葉に対して、一種の侮蔑的態度を持っていた(用例:「彼は脳味噌まで筋肉なのに違いない」など)。さらに、多数派の意見や世の流行とか、「がんばりましょう」「努力主義」などの、小市民的なファシズムの一種のようなものに、内心抵抗が常にあるのだった。テレビや雑誌などで吹聴される「健康志向」たるものにも、そういうものを感じなくも無かった。そんな自分にとっては「運動しすぎると、逆に、痩せない」という言葉は、少し面白かったということもある(また実際にやってみてそうだったから、今もそういう態度で続いている)。
文句を言うそのわりには、一週間に一度のその軽い運動を、9ヶ月やめずにいる。案外常習性があるもののようだ。こうして人は世間の多数派にとりこまれていくのか。怖いと思いつつ、気がつくと、階段を駆け上がること、ちょっと買物に歩くこと、そうしたことが苦でなくなっている。習慣化するということは、恐ろしいことである。
その恐怖を利用しているようなものだ。
前々々回に述べかけた「一週間に一度の運動」も、昨年秋に始めた当初は1コースでかなり汗が出た。
運動は、入浴と同様に、胃の中の食べ物がこなれて動いても楽な時、「食事より前に」を心がけるようにしているので、この「整理体操とスクワット等の運動負荷」は、自分の場合はだいたい週末、金曜か土曜の朝、起きた布団の上で行うことが多い。全体で、「急がずにゆっくりと」やって、10~15分前後だろうか。寒い時期には、布団から出た時の寒さを、身体をほぐして暖めることで緩和することにもなった。
元々、運動部ではない。子供の頃から「体育会系」「健康的」という言葉に対して、一種の侮蔑的態度を持っていた(用例:「彼は脳味噌まで筋肉なのに違いない」など)。さらに、多数派の意見や世の流行とか、「がんばりましょう」「努力主義」などの、小市民的なファシズムの一種のようなものに、内心抵抗が常にあるのだった。テレビや雑誌などで吹聴される「健康志向」たるものにも、そういうものを感じなくも無かった。そんな自分にとっては「運動しすぎると、逆に、痩せない」という言葉は、少し面白かったということもある(また実際にやってみてそうだったから、今もそういう態度で続いている)。
文句を言うそのわりには、一週間に一度のその軽い運動を、9ヶ月やめずにいる。案外常習性があるもののようだ。こうして人は世間の多数派にとりこまれていくのか。怖いと思いつつ、気がつくと、階段を駆け上がること、ちょっと買物に歩くこと、そうしたことが苦でなくなっている。習慣化するということは、恐ろしいことである。
その恐怖を利用しているようなものだ。
