フィンランド建築・デザイン雑記帳

"世界遺産の景観を損ねる"・ペタヤベシの風力発電建設に住民の多くが反対


Photo : Quoted from Petäjävesi kunta

中部フィンランドの都市、ユヴァスキュラの西、約30㎞に位置する 「ペタヤベシ(Petäjävesi)」。
ユネスコの世界遺産に登録された「ペタヤベシの古い教会」がある、人口約4,000人の小さな村である。 
その小さな村が、村はずれに建設予定の風力発電風車の計画でゆれていると、フィンランドの新聞「イルタ・サノマット (Ilta sanomat)」が報じている。


この教会は、1763年から1765年にかけて建てられ、北欧の農民建築と丸太造りのユニークなランドマークとして、ペタヤベシ地域の生活の中心となってきた。

「森と湖」、美しい伝統的な風景の中にある 「ペタヤベシの古い教会」は、フィンランドのヴァナキュラーな木造建築の傑作として重要なモニュメントの一つである。
1994年に「ユネスコの世界遺産」に登録され、毎年、60カ国以上から約14,000人の人々がこの教会を訪れるという。
日本からの観光客にも人気の訪問先である。

ヘルシンキのミュールマキ教会で著名な建築家 「ユハ・レイヴィスカ (Juha Leiviskä)」は、自身の建築に影響を与えたのは、南ドイツのバロック様式の教会と、フィンランドでは「ペタヤベシの古い教会」の内部空間だと、色々なインタビューで述べている。



Photo : Quoted from Petäjävesi kunta


「ペタヤベシ」には、この教会ができた後、1879年に建築家 アウグスト・ボーマン(August Boman)の設計により新しい教会 「ペタヤベシ教会 (Petäjävesi Church)」が建設され、住民たちは新しい教会を利用するようになった。 
世界遺産に登録された「古い教会」は、新しい教会と区別するため、フィンランドでは「ペタヤベシの古い教会、 Petäjäveden vanha kirkko (Petäjävesi Old Church)」と呼んでいる。


「ペタヤベシ」での風力発電風車の建設と反対の様子をフィンランドの新聞 「イルタ・サノマット(Ilta sanomat)」と地元の新聞 「ペタヤベシ・レヒティ(Petäjävesi lehti)」が詳しく報じている。
この風力発電建設は、2015年に計画が決定し、プロジェクトが開始され、各方面との協議が始まった。

風力発電施設は 「ペタヤべシの古い教会」から4.3km、西に位置する「ペタヤベシ・ピトカランヴオリ(Petäjävesi Pitkälänvuori)地域」に高さ270メートルの風力発電風車を合計11基設置するというもの。
約4㎞離れて建つ、高さ270メートルの風車が、この「古い教会」の環境、景観にどのような悪影響を与えるか?



何度もの話し合いの中で、住民たちや教会が建設に反対している最大の理由、関心事は、「ユネスコ登録」の維持であり、風力発電施設によって「ユネスコ世界遺産登録」が失われないようにする事である。

多くの住民たちは、風車が「古い教会」の景観を損ね、「世界遺産登録」を危うくするのではないかと危惧している。
ユネスコの世界遺産資格がなくなれば、その損失は計り知れないという。
教会の代表者たちは、例えばドイツで橋の建設が原因でユネスコ世界遺産の登録を失った事例を挙げ、「インターネットでこれらの事例を見ると風車建設は、確かに十分な懸念である」と述べている。

住民たちが危惧している「登録抹消」の事例とは、ドイツの「ドレスデン・エルベ渓谷」の事である。
ドレスデンに流れるエルベ川上流のエルベ渓谷は、2004年に、その歴史的背景、街と渓谷の一体感ある美しさが評価され世界遺産に登録された。
世界遺産に登録され多くの観光客が訪れるようになり、以前からの交通渋滞問題はますます深刻となった。
ドレスデン市は、世界遺産登録以前より計画があった「渋滞緩和のための橋」の実現に着手し、10年以上かけて議論されたが「巨大な橋の建設」に踏み切った。
それが「ヴァルトシュレスヒェン橋」で、近代的な橋の建設が景観を損なうとして、2009年に世界遺産登録リストから削除されたのだった。

2022年、4月、5月、6月と「風力発電施設の建設」に関する「パブリック・ミーティング」が開催されている。
ミーテイングには、ペタヤベシの住民をはじめ遠隔地からの参加も含め、約90人が参加した。
開発業者である「ピトカランヴオレン・トゥーリヴォイマプイスト(Pitkälänvuoren Tuulivoimapuisto Oy)」 は、プロジェクトの計画過程に関連する「環境影響評価」について発表した。
高さ270メートルの風車が「古い教会」からは、ほとんど見えないことをイメージ写真で示し、HIA 「遺産影響評価(HIA:Heritage Impact Assessment)」により、風力発電施設の建設は、世界遺産としての教会の意義を危うくするものではない事を説明した。



Photo : Quoted from Petäjävesi kunta
開発業者が作成したイメージ写真。 「古い教会」からの景色、遠くに小さく風車が何基も見える。


開発業者は、風力発電施設をできるだけ早く稼働させたいと望んでいる。
『私たちは、HIA 「遺産影響評価(HIA:Heritage Impact Assessment)」の調査に対するユネスコの回答を待っているわけではありません。 プロジェクトは、現地の土地利用法や建築法に基づいて進められます』と担当者は言う。
住民たちが、 心配しているのは協議の中で、開発業者が「ユネスコのパリ本部の見解を待っている時間はない」と何度も言っていたことだとの事。
協議は、現在も続いている。


フィンランドには、6つの文化遺産と1つの自然遺産を含む、7つの「ユネスコ世界遺産」がある。
そして、2020年時点で、754基の風力発電風車が稼働しているという。

あの広大な森と原野の広がるフィンランド (フィンランドは日本と同じぐらいの広さの国土に、人口は兵庫県とほぼ同じ約550万人)。
僕は、風力発電施設の設置場所選定で、ユネスコ世界遺産との論争が起こること自体、理解できない。
全く同感なのは、ペタヤベシの村長「ミッコ・ラトバラ(Mikko Latvala)」氏の「風力発電風車には、もっといい場所があるだろう・・・」の一言である。
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