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交流電化発祥の仙山線でレトロ列車が運転され、多くの鉄道ファンらで賑わいました。仙山線交流電化試験50周年記念の臨時列車がきのうに続ききょう7月16日もレトロ仙山号は仙台~作並間で、583系仙山号は仙台~山形間でそれぞれ運転されました。
ED75電気機関車が牽引する客車列車のレトロ仙山号には仙台~作並間、583系仙山号には山寺~作並間に乗車、記念乗車証明書を貰ってきました。仙山線の沿線熊ヶ根鉄橋や作並駅手前付近などの撮影ポイントにはカメラの長い列が出来るほどの賑わいでした。
JR東日本の車内放送などによると1955年、陸前落合~熊ヶ根間で国内初の交流電化試験列車を運転、1957年に仙台~作並間で営業運転を開始、1968年から仙山線全線に拡大したとのことです。
作並駅では歓迎イベントが行われ、いつになく賑わい活気にあふれていました。
詳しくは記録写真集でご覧下さい。
ED75電気機関車が牽引する客車列車のレトロ仙山号には仙台~作並間、583系仙山号には山寺~作並間に乗車、記念乗車証明書を貰ってきました。仙山線の沿線熊ヶ根鉄橋や作並駅手前付近などの撮影ポイントにはカメラの長い列が出来るほどの賑わいでした。
JR東日本の車内放送などによると1955年、陸前落合~熊ヶ根間で国内初の交流電化試験列車を運転、1957年に仙台~作並間で営業運転を開始、1968年から仙山線全線に拡大したとのことです。
作並駅では歓迎イベントが行われ、いつになく賑わい活気にあふれていました。
詳しくは記録写真集でご覧下さい。
因みに、作並と山寺の間はその前は、直流電化だったかな?(間違っていたらすいません)この区間の電化仕様のコン柱と高圧碍子(き電線)の位置が、直流区間で使っている配列に似ていますが、何となく・・・。
奥新川駅から西寄りの線路沿いに廃屋と科した、変電所の残骸が有りましたが・・・。交流から直流変電に切り替える為の奴だつたかな?
確かに作並と山寺間、最初は直流電化だったようですね。交流電化試験から50年、早いものです。仙山線も仙台ー愛子間が複線化されると山形までの快速はじめ仙台地区の都市圏輸送がさらに強化できると思うのですが、難しいでしょうね。
特に中江の石巻街道踏切や東照宮の踏切は早く立体交差にして撤去して欲しいですね。利用客にしても、愛子以西は閑散状態ですよね。作並迄都市開発をするので有れば、当然対向ホームを撤去した熊ヶ根駅の交換設備復活と言う手も有りますが、これは現実問題としてないでしょう。所で、何時もXの実家に行く時何時も思っているのですが、西仙台ハイランド駅って最近使っていない様ですね。前は、各停もよく停まっていたのですが、最近の時刻表みても八ツ森仮乗降場と同じ状態ですね。八ツ森は紅葉シーズンでの短期間しか使用しないのは、仕方ないにしても近くに民家も有って、何故停まらないのか・・・。利用客いないんでしょうかね?仙台ハイランドに行く途中に新興民家(ニュータウン?)は有るんですが・・・。熊ヶ根駅の方が利用しやすいんでしょうかね?;レース開催で、臨時停車するって事最近聞いた事ないですねぇ・・・。
夢のような話しかも知れませんが、少しでも可能性がありそうなのは仙台ー北仙台駅間を高架複線化、北山に交換設備を新設、これが難しければ東照宮、北山に交換設備をつくる。これが出来れば、仙台ー山形間のスピードアップ、仙台都市圏輸送の強化につながるのではないかと勝手に考えています。
現状の施設を最大限に活用し利用しやすくなる環境になればいいなとも思っています。
先ずは、線路を幹線仕様の重量級レールにする事と、
枕木を木製からPC(プレスコンクリート)製に全部交換
しないと、駄目ですね。そこまでやるのは、経費的ロスも大きいでしょうから、年次計画でやらないといけませんね。復、直線区間をロングレール化するとか、色々と方策は有ります。北仙台、国見、陸前落合、陸前白沢の様な、一線スルー化方式は良い事です。只、
作並と山寺は一寸、頂けませんね。制限速度が35km/h
か45km/hですから、両駅のポイント部分の線形を一寸改良しないと、高速化は無理でしょう。愛子、奥新川、面白山信号所、楯山は共にY開きながらも線形改良を以前からやった為、減速せずに通過出来ますが・・・。