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はんなりな日々

関東人による、京都生活の日々を書き綴るページ。

親亀の背中

2006-01-20 20:53:30 | 
 「ズッコケ三人組」をご存知でしょうか。

 多くの人がその存在を知っていることでしょう。

 読んだことある、なしは別としてです。

 ズッコケ三人組シリーズは、那須正幹氏の著作の児童書です。

 30年近くも前に最初の作品が刊行されました。

 そうしてつい先年、2004年にシリーズ最終作が上梓されました。

 作品総数が50にも及ぶ長大なシリーズとなっているのです。

 この間、主人公たちは小学6年生であり続けました。

 そう、サザエさんのように、年をとらなかったのです。

 僕が始めてこのシリーズに触れたのは、小学校の低学年くらいだったはずです。

 ですから、まだ作品数は10に満たなかったと思います。

 それから20年余りの時を経てシリーズは終了したことになります。

 僕はその時既に31歳ですが、主人公の3人はようやく小学校を卒業。

 うらやましい限りです。

 とても好きな作品ですが、全てを読んだわけではありません。

 大人になるにつれ、疎遠になりがちになるのは無理もないわけです。

 ですが、比較的大きくなっても読み続けた部類の人間だと思います。

 家にも30作近くあるはずです。

 シリーズが続いた30年近くで、社会は大きく変革しました。

 初期の作品と後期の作品では、時代背景に大きな違いがあることでしょう。

 価値観にも違いがあるはずです。

 ですから、支持され続けたということは、本当に凄いことだといえます。

 その時代の現代性を、絶妙に取り入れていたことも大きいかもしれません。

 また、娯楽作品として、大人でも充分楽しめるほどの完成度を持っています。

 良い意味でのマンネリ、というのも、シリーズが長期にわたった要因でしょう。

 サザエさん、ドラえもん、水戸黄門、三毛猫ホームズ等々。

 マンネリは長期シリーズを生むわけです。

 さて、そのシリーズの番外編が、昨年末に刊行されました。

 「ズッコケ中年三人組」というのが、そのタイトルです。

 タイトルからも分かるとおり、主人公の三人が年をとった話です。

 シリーズ最初の刊行年に小学6年生だとすると、今は40歳。

 そういうつながりで、40歳になった三人組の人生が描かれています。

 挿絵なしの、一般書として刊行されました。

 内容は、探偵モノ、といったところ。

 本編で三人組と3度対決したことのある怪盗Xが登場します。

 おそらく、前期の作品を読んだだけの人は、よく分からないでしょう。

 怪盗Xはシリーズの中期から後期にかけて登場しました。

 しかし、その他の登場人物は、おなじみの人たち。

 内容は詳しく書きませんが、昔を思い出すことが出来るでしょう。

 40歳になった主人公たちも、若かりしのことを思い出しています。

 そんなノスタルジーに浸れる作品、といっては著者に失礼でしょうか。

 それだけではないにしても、そういう要素は大きいと思います。

 大人になって、その生活にふと疲れを感じるときがあります。

 その疲れをつかの間だけでも、忘れさせてくれます。

 そして、読み終えると、まだまだ自分も頑張れる、と思えることでしょう。

 これは大人のための児童書だと思います。

 矛盾した表現ですが、それがしっくり来るのです。

一番大きな星

2006-01-11 22:26:33 | 
 樋口有介『月への梯子』を読みました。

 樋口有介氏については、以前にここにも書いたと思います。

 最も好きな作家の一人です。

 が、とにかく寡作なので困り者です。

 年に一冊出る、というくらいですね。

 しかも前作は時代小説。

 で、今回の作品は、待ちに待った現代小説です。

 基本的に樋口有介氏はミステリー作家です。

 毎年末にでる某ミステリーランク付け本でも、翌年の予定を披露しています。

 ですが、この人の作品を、謎解き目的で読んではいけません。

 その世界観を楽しむことを目的にしたほうが良いでしょう。

 ハードボイルドというか、そういったタッチの文体になっています。

 さて、今回の作品にはいくつかの仕掛けがあります。

 ミステリーという特性上、ここで多くを語ることは避けます。

 主人公は他ではあまり見ない人物像に設定されています。

 樋口ファンは読み始め、不安を感じることでしょう。

 これでいつもの樋口節が見られるのかどうか、と。

 しかし、読み進めるうちに安心することでしょう。

 ああ、来た来た、と。

 中盤からはいつもの樋口ワールドです。

 とはいっても、そこに至るまでにも、樋口節は随所に見られます。

 この樋口ワールドは、当人が意識したものなのでしょうか。

 それとも、意識せずとも、自然にそうなるのでしょうか。

 ひょっとしたらこういう作品しか書けないのかも知れません。

 が、そうだとしても、こういう作品を書く作家として、貴重な存在です。

 ミステリーとして上等な部類とはいいがたい作品かもしれません。

 しかし、小説を楽しむ、という意味では、やはり僕の好みに合致します。

 どれくらいの方がそれに賛同してくれるのか。

 ちょっと分かりにくい作家ではあります。

 が、是非、次の作品が出せるくらいの支持を得続けてもらいたいものです。

税金

2005-12-02 21:50:25 | 
 荻原浩氏の『あの日にドライブ』を読みました。

 前作『さよならバースディ』とはまた違った作風になっています。

 いいや、こちらのほうがこの作者本来の作風といえるかもしれません。

 ユーモアに溢れた作品となっています。

 もちろん、ユーモアに溢れているだけの作品ではありません。

 説教くさくない程度に、人生の示唆に富んだ作品でもあります。

 主人公はタクシードライバーです。

 元銀行員で、ちょっとした事件のため、そこを辞めることになった男。

 そして、その男は、これまで自分が歩んできた人生に疑問を持っています。

 もしあの時、ああしていれば。

 人は誰しもそんなことを考えることがあるでしょう。

 人はその人生でいくつもの分岐路に立ちます。

 そのとき、いくつかの道から一つの道を選ばなければなりません。

 もし実際に選んだものとは別の道を選んでいれば……。

 そんなことを夢想したことがある人もいるでしょう。

 この作品では、人生を道に喩えています。

 まあ、ありがちといえば、ありがちです。

 それが陳腐になっていないのは、この作者の筆力の賜物ではないでしょうか。

 それにしても、人生の選択というのは、なかなか難しいものですね。

 どの道を選んでも、同じ場所に辿り着く可能性だってあります。

 全ての道はローマに続く、ではないですがね。

 まあ、京都から中山道を使おうとも、東海道を使おうとも、江戸に着くように。

 それでも人は迷うのでしょう。

 そして、後になって思うのです。

 あの角を右に曲がっていれば、と。

 そんなことを考えさせられる一冊でした。

百花繚乱

2005-10-05 18:53:42 | 
 週刊百科系の雑誌というのは、次から次へと出版されますね。

 どこからかネタを持ってくるわけです。

 まあ、中には似たようなテーマのものもあったりしますが。

 今回、小学館から「週刊日本庭園をゆく」が創刊されました。

 この手のものを最後まで買い続ける人、どれくらいいるんですかね。

 以前、書店で長く勤めていました。

 雑誌を担当していたので、この手の雑誌をいくつも見てきました。

 創刊号が100部入ってきても最後のほうは1部とか、そんなものです。

 この手の雑誌は、たいてい一冊500円程度ですね。

 それが大体、短くて30、長くて100号続きます。

 100号のもので、それをコンプリートすると、5万円にもなるんですね。

 そう考えると、集めるのをためらってしまうところはあります。

 しかし、僕はいくつかのシリーズを集めていますね。

 講談社の「週刊京都を歩く」は、当然コンプリートしています。

 学研の「週刊日本の町並み」もコンプリートしました。

 小学館の「週刊古寺をゆく」もですね。

 僕の趣味嗜好がはっきりと分かるラインナップですね。

 今回の「週刊日本庭園をゆく」は、全30号。

 しかし、このうちの十号以上が、京都の庭園を扱ったものなんですよね。

 まあ、仕方がないといえば、仕方がないわけですが。

 30号なので、完走はわりと容易でしょうね。

 しかし、その総価格は、14500円。

 結構な出費です。

もう、終わりだね

2005-09-22 16:58:54 | 
 荻原浩氏『さよならバースディ』を読みました。

 荻原氏といえば、その軽妙な語り口の文章が、好評を得ている作家さんです。

 『明日の記憶』で山本周五郎賞も受賞しました。

 といっても、実は『明日の記憶』を読んでいなかったりするのですが。

 現在の代表作は、やはり『明日の記憶』になるのでしょうか。

 この受賞の直前から、書店などで強くプッシュされる傾向にありました。

 しかも、文庫でですね。

 『なかよし小鳩組』や『ハードボイルドエッグ』等ですね。

 共通するのは、ユーモアに富んだ内容であるということ。

 そして、ほろっと泣けるところがあるということ。

 『明日の記憶』は、どうなのでしょうか。

 ちょっと分からないのですが。

 『僕たちの戦争』も、ユーモア精神にあふれる小説でした。

 現代の少年と、太平洋戦争の渦中にいる少年とが入れ替わってしまうという話。

 設定自体は、SFで、時代のギャップに戸惑う両者が滑稽に描かれています。

 しかしその中に、戦争に対するアンチテーゼなどが掲げられていたりもします。

 このユーモアセンスこそが、荻原氏の最大の特徴。

 と、まあ、多分、そう思われているのでしょう。

 そのつもりでこの『さよならバースディ』を手に取った方がいたとしましょう。

 読んでみて驚くことでしょう。

 ユーモアは前面に出てきていません。

 しかし、この小説は唐突に存在しているわけではありません。

 氏に『コールドゲーム』という作品があります。

 3年前の本ですが、実はこの作品が、僕と荻原氏の出会いでもあります。

 この作品は、氏の作品の中でも、これまで、異色といわれていたものです。

 なぜなら、ユーモアが前面に出てこないということ。

 そして、内容がサスペンスホラー的であること。

 青春小説的要素もありますが。

 この作品から、荻原氏の作品にはまりました。

 ですから、実は最初、ユーモア小説のほうに戸惑いを覚えたのです。

 しかし、内容がどうであれ、氏に対する評価は変わりません。

 それは、読ませる作家である、ということ。

 小説が小説でなければいけない理由。

 それは、文章を読む快楽の存在だと、常々思っています。

 例えば、涙なしでは読めない物語を描いた小説があったとしましょう。

 しかし、ただ単にそれがあるだけなら、小説である必要はないのです。

 映画にしたって、ドラマにしたって、マンガにしたって良いのです。

 思うのですが、そのまま映画にして面白い小説は、良い小説ではありません。

 それはただの物語です。

 重要なのは、ストーリーを追うことだけではないのです。

 文章を読む快楽。

 文章であるがための、楽しみが、そこになければならないのです。

 荻原氏の作品は、それを存分に教えてくれます。

 『さよならバースディ』は、長編ミステリーと銘打ってあります。

 しかし、これは狭義の意味でのミステリーではないと思います。

 舞台は霊長類研究センター。

 主人公は、類人猿、ボノボに言語を習得させるプロジェクトの責任者。

 ボノボの名前がバースディです。

 このプロジェクトを巡って起きる事件……。

 まあ、一応ミステリーですから、詳しい内容は書きません。

 文章は徹頭徹尾、ほぼシリアスな調子で続いていきます。

 ですが、そこに氏のユーモア精神が見られないわけではありません。

 例えば、バースディがサッカーのビデオに興味をもっているという場面。

 見ていたのは2002年のW杯のビデオである。

 バースディはドイツのGKに共感を覚えた、というような記述がある。

 2002W杯のドイツGKといえばオリバー・カーン。

 サッカー好きなら、くすっと笑ってしまうところである。

 そういった小ネタを挟みながら、物語をシリアスに展開させていきます。

 結末やミステリーとしての完成度に疑問を持つ人もいるかもしれません。

 しかし、間違いなく、読んでいて楽しい小説だと思います。

2羽

2005-09-10 20:53:36 | 
 今読んでいる本があります。

 岩波書店『日本庭園辞典』です。

 これが良い。

 辞典といってもそんなに分厚いものではありません。

 でも、定価3400+税もしますが。

 古本で購入したので、もうちょっと安かったのですが。

 京都へやってきて、庭園を見る機会が多いです。

 庭園を見ていても、分からないことって、多いですよね。

 それに、漠然と見ていたものに、意味があったことが分かったりします。

 もちろん、庭というのは、ぱっと見た目の美しさを鑑賞するものでもあります。

 が、作庭者は、何がしかの意図を持っていることもあります。

 それが分かれば、楽しみは大きくなるでしょう。

 例えば、石の一つに、どんな意味があるのかということ。

 例えば、燈籠の形にもいろいろあります。

 それらは、大抵元の形、というのがあります。

 本歌ともいうんですが、それがあった場所の名前がついていたりします。

 あるいは、考案者の名前がついていたりもします。

 作庭家や茶人などが多いですね。

 と、まあ、そういったことがわかるようになるというわけですね。

 まあ、社会一般では役に立たない知識ではあるんですが。

 

リヴァイバル

2005-08-29 20:54:39 | 
 何度も読みたい本はあるでしょうか。

 誰にでも一冊くらいはあるものでしょうか。

 それとは別に、たまに家にある本を読み返してみるのが良いですね。

 何度も繰り返して読んだものより、本当にたまに読む本が良いです。

 最近では、買った本はすぐに売ってしまうことが多いみたいですが。

 しかし、持っておいて、後で読み返すのも楽しいと思います。

 初めて読んだときのことを思い出したりします。

 そのときの自分が、どんな立場だったのか。

 学生だったり、浪人生だったり、フリーターだったり。

 そのとき、どんなことを考えていたのか。

 大学受験のことだったり、就職だったり、好きな人のことだったり。

 そんなことを思い出します。

 音楽でも、同じ体験をすることができます。

 ただ、本の場合、それとの関わり方が、音楽より深い気がします。

 読むという行為は、かなり自発的行為です。

 自然に耳に入ってくる音楽とは、少し違います。

 他の事をしながらでもできる音楽とは、少し違います。

 そこには、その本を選んだ自分、という存在があります。

 そういうことを含めて、その本との深い関わりがあります。

 そう言うものを、改めて思い出すのも良いでしょう。

 言い古された話になるかもしれませんが、新しい発見があるかもしれません。

 前に読んで分からなかったことが、分かるようになっているかもしれません。

 今の自分が失ってしまったものを取り戻せるかもしれません。

 そして、それはこれから先にもあることでしょう。

 今、自分の読んでいる本が、後になって、今の自分を思い出させてくれます。

 後になって、何かを教えてくれるかもしれません。

 読書には、そんな効用もある。

 そんな気がします。

立方体衛星

2005-08-04 20:17:27 | 
 五十嵐貴久氏『2005年のロケットボーイズ』を読みました。

 五十嵐貴久氏は『1985年の奇跡』で知りました。

 他に『Fake』、『TVJ』を読んでいます。

 『2005年~』は、ジャンルで言えば、青春小説。

 あとがきで著者自身が言及していますが、著者にとって2冊目の青春小説。

 1冊目が『1985年の奇跡』です。

 タイトルの類似は、意図的なものなのでしょうか。

 もう一冊、同じような西暦の入ったタイトルの作品を出すかもしれません。

 そうして、3部作、とか、そういうパターンはありがちです。

 内容に関しては、両者に直接繋がりはありません。

 ただ、「ノリ」は非常に似ています。

 軽妙な、ユーモア溢れる語り口です。

 小説を選ぶとき、僕の最大のポイントは文体です。

 そこにユーモアやペーソスがあることが望ましいですね。

 これまでも、ここでいくつかの小説を紹介したと思います。

 例えば藤原伊織氏。

 例えば樋口有介氏。

 そのどちらの作家も、文体、語り口に特徴があります。

 その上で、エンターテイメントであることが重要です。

 上記2氏は、文体はハードボイルド調です。

 そして、樋口氏のほうは、ユーモア色が強くなってます。

 五十嵐貴久氏は、ハードボイルド的な要素は全くといっていいほどありません。

 が、ユーモア色は、これでもか、というくらいに溢れています。

 さて、『2005年~』ですが、内容は理科系です。

 現在、新聞・TVをスペースシャトルの話題が賑わしていますね。

 この小説のテーマは、ずばりキューブサットです。

 キューブサット、といわれて、「ああ、あれね」と分かる人は素晴らしい。

 僕は全く知りませんでした。

 簡単にいえば、サイコロ型の人工衛星です。

 人工衛星といったって、そんなに大きなものではありません。

 一辺が10センチの立方体です。

 学生レベルでも、頑張れば手が出る範囲にある技術で作れるようです。

 詳しく説明するのは、ちょっと難しいですね。

 何しろバリバリの文系人間なもので。

 しかし、文系人間でも、余すことなくこの小説を楽しむことができます。

 キューブサットに関しても、大体のことは理解できます。

 しかし、本質的なテーマは、キューブサットではありません。

 キューブサットは、媒体でしかありません。

 何の媒体かというと、それは、青春というものを表現するための媒体です。

 ずばり、テーマは青春そのものなのです。

 青春と言ってしまうと、漠然としすぎているかもしれません。

 そしてまた、青春にもいろいろな形があります。

 ですから、青春と一口にいわれても、イメージしづらいかもしれません。

 しかし、この小説には、最大公約数的な青春があります。

 大胆に言い切ってしまえば、これが青春だ、と、印籠を出している感じです。

 これは『1985年~』と同じといえます。

 また、両者に共通することが、もう一つあります。

 それは、共に一度は絶望し、諦めたところからの復活、ということです。

 それを青臭いと感じてしまう人もいるかもしれません。

 実のところ、その辺りは、他の作品にも共通しているかもしれません。

 山、谷、山、という流れですね。

 分かりづらいですかね?

 エンターテイメントとして、分かりやすく、単純ともいえます。

 しかし、そういったストーリーそのものにこだわる必要もないと思います。

 なぜなら、この作者は、文体そのものを楽しむ作家だからです。

 内容がない、といっているわけではありません。

 ただ、最大の楽しみはどこにあるか、という問題です。

 小説が小説でなければいけない理由は何か。

 それは、そこに文体と言う楽しみがあるからだと、僕は思っています。

 ただストーリーを追うだけならば、映画でもマンガでも良いわけです。

 そういう、娯楽としての文章の原点を、思い出させてくれます。

 それが、五十嵐貴久氏の小説だと思います。

『古都』

2005-07-27 20:26:55 | 
 歴史深き、京都。

 日本の故郷、京都。

 そんな京都ですから、多くの文学作品の舞台になっています。

 京都が都であった江戸時代以前、いわゆる古典作品はいうまでもありません。

 都が東京へ移った後、近現代の文学作品も、また然り。

 ミステリーの世界では、驚くほどの作品があるでしょう。

 それを除いたとして、結構な量があると思います。

 京都を舞台にした小説、といわれて、人はどの作品を思い浮かべるでしょうか。

 水上勉、瀬戸内寂聴氏には、京都を舞台にした多くの作品があります。

 夏目漱石『虞美人草』は、前半部、京都を舞台として話が展開します。

 谷崎潤一郎『細雪』でも、主人公の四姉妹が京都を訪れる場面があります。

 しかし、何よりも、やはり、川端康成『古都』ではないでしょうか。

 幾度となく、映像化された作品です。

 つい最近も、テレビドラマ化されました。

 この小説は、全編に京都の名所、行事が登場します。

 まさに京都小説といってもいいでしょう。

 しかし、それは必ずしも褒め言葉とはいえない一面を持っています。

 この小説が発表された当時、観光小説と揶揄されたそうです。

 つまり、主役が京都という土地になっている、ということです。

 それの賛否はともかくとして、いわれるだけのことはあります。

 重ねて言うことになりますが、本当に名所が数多く登場します。

 桜の平安神宮、祇園祭、嵯峨野、北野天満宮…。

 物語の重要な舞台として、北山杉の里も登場します。

 先日ここでも触れた、竹伐り会も登場します。

 確かに、こうした舞台となった土地の印象が強いのは確かです。

 しかし、こうした名所を、川端は流麗な筆致で描いています。

 観光小説、というのなら、それでもいいでしょう。

 しかし、それはそれで、一流の観光小説といえましょう。

 美しい京都の景物が、そこに描き出されています。

 読めば京都に惹かれることでしょう。

 その中には、現在の京都とは違う京都があります。

 また、今と変わらない京都もあります。

 この本を片手に、京都を旅するのも良いかもしれません。

 ただのガイドブックよりは、幾分風情があることでしょう。

樋口有介

2005-07-05 18:32:01 | 
 好きな作家の一人に、樋口有介氏がいます。

 ミステリー、あるいは青春小説を得意としている作家です。

 あまりメジャーではないかもしれません。

 近頃は寡作で、一年に一、二作というペースで作品が出版されます。

 しかも去年出した唯一の作品は、時代小説でした。

 当人が得意と言うかどうかは分かりませんが、夏を描くのが上手い作家です。

 底抜けに明るい夏ではなく、どこか苦味のある夏です。

 そして、主人公は飛び切りひねくれています。

 デビュー作は「ぼくと、ぼくらの夏」です。

 タイトルからも、青春っぽさが見て取れますが、ジャンルとしては青春ミステリーでしょうか。

 おそらく、非常に好みの分かれる作家ではなかろうかと思います。

 好きになる人はとことん好きになる。

 好きになれない人は、どこが良いのかさっぱり分からない。

 少なくとも、本格ミステリー好きは、受け付けないでしょう。

 そして、好きになる人は、それほど多くないのでしょう。

 それでも、細々ではありますが、作家を続けているのだから、支持者はいるのでしょう。

 その中の一人というわけです。

 夏になると、読み返したくなります。

 そして今も、「ぼくと、ぼくらの夏」を読み返しています。

 遠い日の、自分の青春を、何となく思い出したりします。