三条通は、京都らしさのある一面を良く表している通りでしょう。
京都らしさのある一面とは何か。
それは、進取性というか、古いだけの町ではないということです。
京都といえば、まず神社仏閣のイメージがあるでしょう。
そして、近世以前の、純日本的なイメージですね。
日本全国的に、小京都と呼ばれる町があります。
そうした町では、その京都の純日本的なイメージが重ねられています。
しかし、本家本元の京都は、そこで足を止めません。
政治的にも、近代以降の京都は、反保守勢力が弱くなかったようです。
都であった土地の意地なのか、新しいものを取り入れ続けるのですね。
そうした結果、現代化しすぎた町になったきらいもあります。
しかし、一方で、町が多彩な顔を持つようにもなりました。
三条通に、それが良く表れているように思います。
三条通は元々、東の玄関口でした。
東海道五十三次の終起点が、三条大橋です。
三条大橋を西へ渡ると、そこがいわば洛中、となります。
現在その辺りは繁華街となっています。
河原町通との交差点周辺には、映画館が多くあります。
尤も、近々閉館するところもあるのですが。
夜になればネオンの灯りも眩しい町となります。
更に西へ行けば、新京極や寺町といったアーケード。
そこを越えたところからが、三条通の真骨頂。
そこから烏丸通の辺りまで、明治、大正期の建物が多く残されてます。
京都文化博物館、中京郵便局、日本生命支店等。
全てが作られた当時のままと言うわけではなりません。
写真は京都文化博物館ですが、先ごろリニューアルしています。
日本生命のビルは、今はテナントに改装されてます。
ただ、外観に関しては、どこもほぼ当時のままです。
そうして、そんな中に、古い町家の建物が残っていたりします。
外観が町家で、医者の看板が出ていたりすると、軽い驚きを覚えます。
また、きわめて現代的な建物も、もちろんあります。
しかし、どういうわけか、町として統一感があるのです。
三条通は、広い通りではありません。
四条、五条、あるいは御池といった通りとは、その性質を異にします。
きわめて商業的な発展に引きずられなかった部分はあると思います。
そのため、ゆっくりとした進化を遂げることができたのでしょう。
結果、時代が入り組みながら、それらが調和した町並みができたわけです。
歩きながら町並みを眺めているだけで楽しめる。
三条通は、そんなところです。
京都らしさのある一面とは何か。
それは、進取性というか、古いだけの町ではないということです。
京都といえば、まず神社仏閣のイメージがあるでしょう。
そして、近世以前の、純日本的なイメージですね。
日本全国的に、小京都と呼ばれる町があります。
そうした町では、その京都の純日本的なイメージが重ねられています。
しかし、本家本元の京都は、そこで足を止めません。
政治的にも、近代以降の京都は、反保守勢力が弱くなかったようです。
都であった土地の意地なのか、新しいものを取り入れ続けるのですね。
そうした結果、現代化しすぎた町になったきらいもあります。
しかし、一方で、町が多彩な顔を持つようにもなりました。
三条通に、それが良く表れているように思います。
三条通は元々、東の玄関口でした。
東海道五十三次の終起点が、三条大橋です。
三条大橋を西へ渡ると、そこがいわば洛中、となります。
現在その辺りは繁華街となっています。
河原町通との交差点周辺には、映画館が多くあります。
尤も、近々閉館するところもあるのですが。
夜になればネオンの灯りも眩しい町となります。
更に西へ行けば、新京極や寺町といったアーケード。
そこを越えたところからが、三条通の真骨頂。
そこから烏丸通の辺りまで、明治、大正期の建物が多く残されてます。
京都文化博物館、中京郵便局、日本生命支店等。
全てが作られた当時のままと言うわけではなりません。
写真は京都文化博物館ですが、先ごろリニューアルしています。
日本生命のビルは、今はテナントに改装されてます。
ただ、外観に関しては、どこもほぼ当時のままです。
そうして、そんな中に、古い町家の建物が残っていたりします。
外観が町家で、医者の看板が出ていたりすると、軽い驚きを覚えます。
また、きわめて現代的な建物も、もちろんあります。
しかし、どういうわけか、町として統一感があるのです。
三条通は、広い通りではありません。
四条、五条、あるいは御池といった通りとは、その性質を異にします。
きわめて商業的な発展に引きずられなかった部分はあると思います。
そのため、ゆっくりとした進化を遂げることができたのでしょう。
結果、時代が入り組みながら、それらが調和した町並みができたわけです。
歩きながら町並みを眺めているだけで楽しめる。
三条通は、そんなところです。