窓辺びより

毎日が平凡だなんてとんだ勘違い。カーテンを開けよう。ほら、今日も窓辺びより

夢みたものは

2010-11-18 07:46:17 | 雑記
夢みたものは、の音源を聞いている
1年生の頃合唱団の定期演奏会のアンコールで歌った曲だ
懐かしくて、何度も何度も、繰り返している

あの頃が本当に、一番気持ちが澄んでいたんじゃないかな
ようやく大学にも慣れてきて、さあこの場所で頑張っていくぞって気持ちが出て来ていた
とにかく目前の定期演奏会の存在が大きくて
それをやり遂げるために精一杯頑張りたくて
でももちろん大学の勉強だって疎かにしたくはなくって
その双方の理想をちゃんと果たせていた
あの頃はホント、一番きらきらしていたかもな

一年のときの定演が一番印象的なんですよ、と言うと
団内の先輩たちなど、たいていは「そういうもんだよー」と笑う
そんな先輩の皆さんは初めての定演を迎えた後、どんな大学生活を送ってきたのだろう
やっぱり「一年の頃が良かった」なんて思う時もあるのかな
それなら少し気は楽になる
いや、それでもやっぱりちょっと寂しい気持ちがするけど

大学生活なんて案外そんなものか

最近の体たらくは相変わらず、だ
数日前にも書いたが気持ちの不連続さが半端ない
考えてみたらそれってつまり情緒不安定、って事なのですね
よくないなあ

「夢みたものは ひとつの幸福
 ねがったものは ひとつの愛
 ……」


高望みしているとは思わない
決してそんな事は思わない
でも今目の前にある状況はそれとは程遠い

それらは全て、どこにあるんでしょうか
とりあえず、この辺りには見当たらないんですが……


「……
 夢みたものは ひとつの愛
 ねがったものは ひとつの幸福
 それらはすべて ここにある と」



今更になって知ったけど
(聞いたのに忘れたのかもしれないが)

昭和初期、立原道造という詩人がこれを書いたのは
若くして亡くなる、ほんの数ヶ月前の事らしい
わずか24年の生涯だったそうだ



一体どう生きれば
24歳でそれだけの予感と確信を得られるものなんだろう

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2 コメント

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お邪魔します。 (MisH)
2010-11-19 09:31:29
以前学んだことですが、

この方死ぬ一年前くらいに最愛の女性と出会って…楽しく過ごしつつも、体は病で弱っていく…
そんな中で本当に死ぬ少し前に書かれた作品です。

あと、この詩、最後、
「それらはすべてここにある と」
で終わっていますが、実はこの後ろに
「(僕は感じている)」
が後に続いていて、これは省略されているらしいです。

私も一年生のときが良かったと思ったときもありましたよ!

今は4年間どの年もそれぞれにとても印象深く、大切な思い出です。
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Unknown (orange)
2010-11-20 06:43:01
なるほど……
詩の背景を知ってから改めて音源を聞くと、言葉も音楽もこんなに明るいのに、すごく切なくなりました。
でもそんな切なさすらも心地よく感じる。良い曲ですね、本当に。


やはり1年生の頃が良かったと思われた時もありましたか。

今はちょっとトンネルの中なもので……^^;
いつか「あの4年間は大切だった」と思えるようになりたいものです。
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