静岡市立高校バドミントン部

静岡市立高校のバドミントン部です。2019年4月より同好会から部になりました

初の連続投稿 

2007年05月20日 22時30分46秒 | Weblog
 奈良から一変(でも画像は薬師寺。ちゃんと大池まで回って私が撮影したのですよ。!)、今日は沼津に用事があったついでにバド団体戦の県大会2回戦以上をちらっと見てきました。1回戦で敗退した学校は今日はもういません。中部地区は・・・ん?いない・・・男子全滅、女子は3校のみ進出でした。女子はともかく男子は全部東部地区でベスト8をやってました。(のはずです。間違えていれば後日こっそりこの日記を直します)2日前の地元ローカル新聞のさらに中部地区ローカルに載っていたアノ威勢の良い中部1位の学校も東部下位の学校にあっけなく1回戦負け。女子もベスト4以上にはどこも進めず、そこで帰りましたのであとはわかりません。
 女子は東中西比較的拮抗しているものの、男子は東部の独壇場です。でも見ていて理由はよくわかりました。一言「上手いんです。」・・・それだけ。
前にも書きましたが、中部地区のレベルは低いのです。と言うより下手なんです。どこも。そこに求められるのは強さよりまず上手さです。
 何が違うか、S・Wとも。
 1 手首の使い方。東部の選手は柔らかく巧みである。
 2 駆け引き。中部の選手みたいに力でねじ伏せようとして自滅するようなことはない。
 3 2の続きで、レシーブの巧みさ。ちゃんとコースを考えている。
 4 速さ。ディフェンスからオフェンスへの切り替えが中部の3倍は速い。
 5 次の次を考えている。切り返しはレシーブではなく攻撃の初段階と考えている点が中部と違う。
 6 ミスの少なさ。丁寧につなぐからミスも出にくい。
 7 冷静さ。中部選手のように1人で熱くなって、空回りして自滅するようなことはない。いつも相手を読んでいる。

こんなところでしょうか。格の違いはあるにせよ、これなら君たちにもできることですよ。力だけではない、「技」を磨けば中部1位をとれますよ。絶対に。・・・なんか収穫のあった1時間でした。

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バドを離れて一休み

2007年05月20日 22時02分53秒 | Weblog
 大和は 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 大和しうるはし
「古事記」 倭建命
19日に日帰りで奈良に行ってきました。もし団体戦で県大会に出場していたら、こんなことはできなかったし、生徒は定期テストの谷間の土曜日で勉強が気になって試合に身が入らなっかったかもしれません?・・・
 20年以上も前の大学時代、文学部で上代(奈良時代以前)文学専攻の私はゼミの合宿で奈良の明日香村に5泊6日という長い滞在をしました。しかも大学3,4年2年連続で。そこを拠点としてあちらこちらを歩き回って古代を足で感じてきました。・・・なんて甘いものではなかったです。基本的に電車は最小限の利用。あとは雨が降ろうが何だろうが、最低1日10キロは歩くという、とんでもない合宿でした。主任教授の主義です。一番過酷だったのは大津皇子悲劇の舞台である二上山を登った日でした。(写真奥の2つの頂のある山。)大阪方面から登って頂上を目指し、下りは奈良側にその数日前に大雨で崩れた山道をわざと通り、当麻寺に到着したあとすぐ目の前の近鉄の駅から電車で帰ることを許されず、途中から降ってきた雨に濡れながら、大和高田市を縦断し、橿原神宮(手前の山の左側。ちなみにこの山は大和三山の畝傍山。)に到着するまでの、歩いた距離25キロ、標高差約500メートル、かかった時間12時間。というものでした。ナイトウォークよりきついぞ絶対に・・・・
 でも何だろう? 何度も行きたくなるのですよ、そこに。現役時代に2回、卒業してOBとして3回、個人的に今回を入れて3回、なんとまあ8回も行っているんです。 いまは主任教授は他大学にヘッドハンティングされてしまい、その合宿は後任の教授がもっとソフトにされているらしいのですが、ゼミが消滅した以上もうOBとしては永久に行けないのです。泊まった「飛鳥根っこの家」という施設もなくなりました。
 20年以上前の私の青春? とはなんか違う、甘樫丘に教授とゼミ員30人全員で登って国見をした・・・しかも夜の12時にもまた登ったりした・・・その甘樫丘に今回1人で登って考えました。確かにここにいたよな?21歳の俺が・・・仲間が・・あれは事実だよな・・皆、また登ろうよ・・・あのころに帰って・・・寂しくなった・・・
 何を書いているのかさっぱりわからないでしょう・そこのあなた
もしかしたら、バドミントン同好会での日々も同じかもしれませんよ。何にしても足元のもろい同好会です。10年後にどうなっているか? 衰退して過去のものになっているか、逆にものすごい強豪になっているか、或いは変わらないか。いずれにしても10年後に君たちはここにはいないのです。そしてそれぞれの人の思い出の中にだけ存在する日々なのです。10年経って、私と同じように「確かにここにいたよな?」という思慕に浸ることになるでしょう。
 でも、それは充実した活動ができていた人だけです。そういう気持ちになれるような将来を作りたいから私は顧問として努力します。あさってから練習再開。26日は県大会個人戦もある。さあ思いっきり頑張りたまえ、同好会の諸君・たった2年しかない同好会の青春であるよ。  長文でした。
 
コメント (3)
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