公文 インターネットの普及は着実に進んでいて、ユーザーの数はアメリカでは人口の7割以上、日本でもおそらく5割を超えたのではないかと思います。2年ぐらい前までは、インターネットの主要な使い方はウェブのサーフィンか電子メールでした。最近ではかなり様子が変わってきて、ウェブ自体もただ読むだけではなくてインタラクティブに書き込んだり、マルチメディア的にもなりつつあります。また、オンラインで実際に買い物をするとか、そういうことに普通に使われるようにもなってきました。さらにブログとかソーシャルネットワーキングとか呼ばれる新しいタイプのアプリケーションがインターネット上に出てきていて、これがずいぶん急速に普及しているらしい。私もウェブや電子メールぐらいまでは何とかついてきたのですが、新しい動きについていくだけの気力と体力がだんだん衰えてきました(笑)。そこで今日は、そういう新しい試みを活発にやっておられる若い方々にいろいろ教えていただきたいと思います。まず、そもそもブログ(ウェブログ)と呼ばれるものは何なのですか。
濱野 実は、ブログほど何かをはっきりと指し示すことが難しいものはありません。理由は、その言葉に対する定義が人々や時期によって違うからです。もっとも起源、つまり最初にアメリカで "weblog" という言葉が作られた時点では、たとえば現在、代表的なブログ作成ツールとされる "Movable Type(ムーバブルタイプ)" や、ブログを第三者に提供しているブログサービスプロバイダーといった技術的な意味合いはなく、単純にホームページを更新する「行為」に、サブカルチャー的な意味合いが重なったものでした。つまり技術ではなく、「カルチャー」を指し示す言葉でした。まずブログという行為があって、次にそれを支援するツールが開発されたわけです。たとえばアメリカにこんな話があります。 "blogger" という、まさにブログという言葉そのものを冠しているサービスがありますが、そこで使われているツールは、もとはブログのために作られたものではなかったそうです。ただその開発者が、「このごろブログがはやっているらしいから、そのためのサービスに使うといいんじゃないか」ということで公開したところ、評判になって一般にも普及したということです。その普及過程を通じて、サブカルチャー的な背景をもたない人々にもブログが認知されるにつれ、ブログツール=ブログという図式が定着していったわけです。さらにその「ツール」が近年、日本のユーザーの間に普及してくることになったわけですが、そこでの受容は少しまた屈折を見せています。というのも日本では、そもそもブログ的なことをしていた人、似たようなツール・文化が、すでに一定の規模と範囲で存在していたからです。
公文 日本では、いわゆるウェブの日記と同じではないかということで、別に目新しいことではないといった反発もありましたね。
濱野 まさにそのとおりで、いまでも根強くあります。
■リンクを可視化するトラックバック
公文 確かに小さく取ると、個人用のウェブページを頻繁に更新する発信のツールとして使っていたものが、それにいろいろなおもしろいツールが付け加わることによって、実質的にも変わってきたということですね。それらの付け加えられたツールというのはどういうもので、どんな特徴がありますか。
濱野 はい。ブログの技術的な側面に着目したとき、特に目立つのは「トラックバック」と「RSS」などと呼ばれるブログのメタデータです。メタデータに関しては、それそのものが特徴的なのではなくて、その標準化されたデータを利用したブログ間のアプリケーションというか、ブログ間の情報の流れを可視化するようなツールが登場している。その側面が特徴的です。
では、まずトラックバックから説明します。ブログ以前のインターネット上のホームページ同士というのは、リンクを張るにしても基本的に一方通行のものでした。誰が自分のホームページにリンクしているかを知るには、ウェブサーバのアクセスログを閲覧し、どこから誰が飛んで来たのかを知るくらいしか方法がありませんでした。しかしトラックバックは、ブログ間で相互リンクの状態を作ります。サイトをもっている人はもちろん、第三者が見ても、どこからどこにリンクがつながっていっているのかが一目でわかります。これがトラックバックのおもしろいところで、初めに実装されたMovable Type以外のツールにも普及した理由だと思います。
公文 自分が他の人のページにリンクを張ることは前からありましたね。そうではなくて、誰が私にリンクを張っているかを知ることができるようになった?
濱野 それはアクセス解析という手法で以前からできたのですが、さらに第三者にも、この人がこの人にリンクを張っているということが見えるようになった。
公文 なるほど、どういう人々がお互いリンクを張り合っているのかを、側から観察できるようになった。
濱野 ただ基本的には、サイトをもっている人が気づきやすいという点が一番大きいと思います。要するに、個人ホームページとブログは何が違うのかということを考えると、「行為」としては大して変わりがありません。ブログがなくても、自分でHTMLを書きFTPでサーバにアップロードするという一連の行為は、今となっては面倒だけれども可能です。しかしトラックバックによって、自分のサイトを見て、自分の言葉に反応してくれる人がこんなにいるということに気づくことで、サイト更新の動機づけを得られるようになるわけです。動機づけだけでなく、ウェブの構造自体を変えるかもしれません。リンク分析を大規模に行った調査によれば、ほとんどのリンクは相互リンク状態にないという分析結果があります。つまり、ほとんどのサイトが、大規模な検索エンジンポータル──たとえばGoogleやYAHOO!──からしか飛ばないといったことになってしまう。それがトラックバックのおかげで、水平的なリンクが支援されることになったわけです。いうなれば、個人ホームページ間の「出会い」の機会が増えたといいますか。
公文 なるほど、水平的なリンクを見ることができるようにしたことで、逆に水平的なリンクを人々が積極的に張ろうとするようになった。そういう相互作用があったということですか。
濱野 そう思います。水平性に加えて、リンク間の文脈もより明確化しやすくなったと自分は認識しています。たとえば日本には「ウェブリング」という習慣があって、趣味の共通したサイト同士のリンクというのは、数多くありました。かりに公文先生と自分がすごく仲のいい友達だったとして、サイト同士のリンクもあるとします。しかし、同じく公文先生と友人である石橋さんが、自分のことは知らない状態としましょう。そこで石橋さんが公文先生のサイトを見たうえで、まだ見知ってはいない自分のサイトに飛んで来るかというと、それはあまりない。なぜなら、この人の「友達」というだけではなかなかサイトを見る動機づけにならないからです。
しかしブログのおもしろいところは、サイトの中の構造をモジュール化するといいますか、記事ごとにHTMLを切り分ける機能があります。アメリカではパーマリンク(permalink=永続リンク)であるとか、日本ではアンカーリンク──段落ごとにリンクを張るという意味ですが──によって、サイト構造を記事単位・段落単位といった形で独立させることができる。このモジュール化とトラックバックがセットになるとどうなるか。公文先生がスマートモブズについて書いた記事に、僕がスマートモブズについて書いた記事がトラックバックしているとしましょう。するとスマートモブズに関心のある石橋さんは、「スマートモブズ関連の」トラックバックがあるということで、自分のサイトに飛んできてくれる。サイト間のリンクの文脈がより限定化されていることで、より文脈が明確化されたリンクが生まれやすくなったという傾向があると思います。
公文 中身を断片化したということですね。
濱野 そういうことです。
■RSSでブログ間の盛り上がりがわかる
濱野 もう一つのRSSのほうも、基本的には同じような機能です。ブログのサービスにはいくつかあって、そこで使われるツールもいろいろですか、RSSによってコンテンツをメタデータ化できる。ツールにかかわらず同じ形式で出力することで、みんなが再利用しやすくなった。
公文 そのRSSというのは、Really Simple Syndicationの略ですか。
濱野 それにもいろいろな説があって、RDF Site Summaryの略ともいわれます。RDFというのはXMLのフォーマットの一つのことです。たとえば伊藤穰一氏がよくtechnorati(テクノラチ)*1というサイトを取り上げるのですが、そのサイトは百万単位のブログの更新状態を常に監視しています。これはまさにスマートモブズでいうところの「協調と監視」の機能を果たしていて、誰が自分に対してリンクをしたというのを自分に教えてくれたり、リンク総数を常に演算しランキングなどで出力しています。そしてこれが可能なのも、その数百万のブログの「更新リスト」がRSSという形で集約されているからなんですね。たとえばweblogs.comという「更新ping通知サイト」というものがあり、そのサーバには世界中のブログが更新通知を送っており、最もシンプルで最速な更新リンク集になっているわけです。このようなメタデータがブログの世界では流通しており、さまざまな形でデータ再利用・再解釈に使われています。
公文 ということは、ブログという一種のネットワークの全体を自分で大きく見る目をもったということですね。単に第三者が観察するということではなくて、自分自身を一つの全体として見ることができて、それをもとにして適切な情報をメンバーに送る、あるいは取る、そういう機能ですか。
濱野 はい。くだけた言い方をすれば、ブログの世界でいま何がホットであるかということが簡単に、素早く把握できるようになりました。つまり何らかのパラメータが、コミュニティの情報流通には必要ということですね。ホームページがただバラバラに存在していても、どのサイトが果たして自分にとって有益な情報をもっているのかはわかりません。Googleが登場したときに衝撃だったのは、ページランクというアルゴリズムによって、検索結果の一番上に来ているものが一番いい、とシンプルに序列化されたことでした。またパラメータの例として、たとえば2ちゃんねるでは「1スレッドを何分で消費した」「同名タイトルのスレッドが早くもパート15に達した」とか、「有名なコテハンが降臨した」といったような指標によって、そのスレッドを測る振る舞いがあります。
ブログにしても、先に紹介したtechnoratiに類似したものとして、いま数あるブログの中で、どのURLが最もいろいろな人からリンクされているのか、つまり最も話題なトピックであるのかをリストアップするサイトなどがあります。いままで、話題性あるトピックというのは新聞の「一面トップ」というような指標によって決定されてきたわけですが、実は奥のほうの隠れた記事こそが注目を浴びる、コミュニケーションを惹起するといったようなことが、ブログと、そこでの情報流通をパラメータ化することによって起きやすくなっている。
公文 そういうツールを、ブロガーたちが自分でどんどん作っているということですね。
濱野 そういうことです。
■つながり方を変えるコミュニケーションツール
公文 では石橋君は、そういう流れをどう見ていますか。
石橋 僕がブログをおもしろいと思うのは、いままでウェブ上でのコミュニケーションがたくさん試みられてきたのですが、ブログ以前には、そのためのツールは基本的にはBBS(電子掲示板)ぐらいしかなく、時系列的な対話のコミュニケーションしかなかった。ブログでは、皆が文脈を意識しているけれど意識していないような領域で、自分の世界で手前勝手に物を書いている。しかしそれが互いにリンクされて、一つの知識あるいはコミュニケーションが作られるという形態に変わりました。僕もブログを始めたのですが、実は根性がなくて(笑)、なかなか毎日更新できません。そういう人は結構、多いと思います。ただ、ときどきトラックバックをもらって、見ている人がいるのだということを感じられるので、非常におもしろい。いままではアクセス解析によってどれだけ見られているかを把握するのが主な評価ツールでした。今では、評価の軸が他の人にどのくらい言及されるかということに変わってきたという気がします。ただ垂れ流して見られたというだけではなくて、どれだけコミュニケーションをしたかということが、評価につながってきたという感じがしています。
公文 一種の評判システムにもなるわけですね。
石橋 そうです。
公文 そのあたりの機能は、例のorkut*2でしたか、ああいう社会的なネットワークのアプリケーションとも似ているところはあるのですね。
石橋 一面では。
公文 少なくともお互いにどうつながっているとか、メンバーがどれだけいるかとか。とはいえ、あらゆる人に公開されているというわけではない?
石橋 ただ、orkutの場合、メンバーの人にしか情報を見せないことになっているとはいえ、つながりがメンバーにすべて見えてしまうので、公開されているといってもいいです。他のソーシャルネットワーキングのツールの中には、メンバー登録されていない人からも情報が見えるようなツールもあります。人間関係がすべてわかってしまうので、おもしろいと思う人と不快に思う人がいるようですが。
公文 監視という言葉はきついけれど、ネットワークそのものが可視性をもってきたということですね。