明日はわが身

冤罪という名の人為的な犯罪に巻き込まれることは対岸の火事ではない。明日はわが身である。

算定書、一審、二審それぞれの速度

2008年01月12日 | 事故前後の位置関係

算定書、一審、二審それぞれの速度。

衝突態様もそうだったが、速度も不揃いだ。

算定書バス15~16km/h バイク28~54km/h
一審 バス5~10km/h バイク?km/h
二審 バス 10 km/h バイク60km/h

バスは 最低5km/h。最高16km/h
バイクは最低28km/h。最高60km/h。

勝手に補足。(私的解釈に付き間違いが判明した時点で改定する)
一審でバイクの速度の記載がないのは、別途算定書があるからだろう。
算定書のバスの速度は衝突時のものと思われる。
一審は衝突前か?
二審は衝突時のようだが、、、。

【バスの速度】


二審は算定書のバスの速度15~16km/hを採用しなかったが、これはおかしい。
二審の裁判長閣下は、
「算定言(原審甲26)によれば,その時の速度は,バスが時速約10キロメートル,白バイが時速約60キロメートルであったと認められる。」
と仰っている。
そうなのか?「15~16km/h」という云わばピンポイントの速度を「」10キロメートルとしていいのか?

何故かということは二審の裁判長閣下が自ら、こう言っておられるからだ。


「 なお,算定言は,物理の専門家が作成したもので,計算の過程が物理学の基本原理に則っており,また,摩擦係数や衝突により重心点のずれる角度について採用された数値も適切であって,十分信用することができる
 'これに反する被告人,校長,証人C及び証人Bの各原審供述は,いずれも信用することができない。」

これはブラックジョークか?
上に従えば、これに反する裁判長の供述は信用することができない、となる、、、。

もう一度言う。
「15~16km/h」という云わばピンポイントの速度を「約」10キロメートルとしていいのか?
115km/hのうちの5~6km/hの話ではない。

10km/hのうちの5~6km/hは半分以上だ。

 

【次にバイクの速度】

ここでも算定書の「バイク28~54km/h」を無視して、60km/hとしている。
これは当然上記と同じ理由でおかしい。

【バイクとバスの速度と目撃バイク】

どれもがおかしいので、おかしいことの証明がアホらしくなってくるのだが続けることにする。

目撃バイクAはバスの初速を5~10km/hと事故バイクの速度を60km/hと瞬時に測定。
この速度をバスもバイクも維持することによって初めて、3.3秒後にバスのフロント位置に衝突することが可能になった。
発見時から衝突時まで、目撃バイクは43m進んで事故現場まで80mの地点に来た。これももちろん3.3秒後だ。

仮に算定書のいうようにバスの衝突時の速度を15km/h、バイクの衝突時を28km/hとすれば、
3.3秒後にはバスは6.5m地点を越え、バイクは未だ衝突地点まで辿りついていない。

そして、当たり前のことだが、目撃バイクは3.3秒後に事故を目撃できえない。

「いやあ、実際はバイクが減速した分、5秒後に衝突したんだ。バスはもうちょっと遅かったんだなあ。
という言い訳は、今度は目撃バイクの目撃位置、現場まで80mがずれてくる。

「あー、それじゃ目撃バイクもスピード遅かったんだな。」という言い訳は、それ自体が目撃バイクA隊員の速度測定の信頼性を根底から揺るがすことになる。

「いや、だから算定書はあくまで参考数値だから。」という言い訳は、裁判官の出鱈目な速度認定を自白することとなる。

どこまで行っても堂々巡りだ。アホらし。

 


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