現実を味方につけよ

今までに出逢った「真実」を伝えていきます

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空即是色

2010-06-12 19:11:10 | 日記

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる(エックハルト・トール著)より


音が沈黙なしでは音にならないのと同じように、何者も「無、空間」がなくては存在できません。
いかなる物体も肉体も無から生じ、いずれ無に帰っていきます。

どんな肉体も「無」の割合が「物質」をはるかにしのいでいるのです。物理学者も、物質が固体であると言うのは幻想にすぎないことを証明しています。
わたしたちの肉体はもちろん、どう見ても固体にしかみえないものでさえ、100%近くが「空っぽ」なのです。
個々の原子のサイズと、それら原子間の隔たりを比較すると、隔たりの法が圧倒的に大きいからです。それだけではありません。なんと、原子の中身でさえ、ほとんど「空っぽ」なのです。
「かたちあるものはすべて空であり、空はかたちである」
万物の本質は「空」なのです。

いま、わたし達がいる部屋の「本質」はなんでしょう?家具、絵は部屋の中にあります。が、部屋そのものではありません。
床、壁、天井は部屋の範囲を区切っているだけで、これも部屋そのものとは言えません。
では部屋の本質とはいったいなんでしょう?

そうです。、「空っぽの空間」です。それがなければ部屋は部屋でなくなります。
自分を取り囲む空間を意識するようにしましょう。



「空間」を意識すると同時に、思考活動はすることができないからです。
周囲の空っぽのスペースを意識することは「目に見えない世界」を意識することなのです。「目に見えない世界」が万物を創造する無限の母体なのです。
多くの人は「物質界」について熟知しながら、肝心のことを知らないのです。
自分を物質、思考のアイデンティティだけで定義づけ、「ほんとうの自分」についてはなにもわかっていません。
そして、かたちあるものはみな極めて不安定であるために、恐れの中に生きるハメになります。

この恐れがもとで、ひどく誤った認識をするようになり、世界観、人生観をゆがめてしまうのです。

どんな天変地異が起こっても「目に見えない世界」はびくともしません。
「ほんとうのものは、なにひとつその存在が脅かされることはない。」

意識して「目に見えない世界」とつながっている人は愛を重んじ、「目に見える世界」に生きるすべての生命を「大いなる存在」の顕現として、深くいつくしみます。
かたちあるものはすべて滅び行く運命にあり、究極的には「この世のことは、なにひとつ大したことではない。」
このように達観した人は、イエスの表現を借りると「世界を制覇した」のであり、ブッダの表現では「彼岸へ往った」ことになります。


沈黙以外に何も存在しなかったら、沈黙はもはや存在しません。わたしたちは沈黙を沈黙であると、わかることができないのです。
音があってはじめて沈黙が存在し得るのです。
おなじように空間以外に何も存在しなかったら、空間を認識することはできません。
物体がなければ空間自体も存在しないからです。「ここ」から「そこ」への移動もありません。

「ただひとつのもの」がふたつになった瞬間に空間は存在します。
つまり世界と空間は同時に出現したのです。
空間自体は「無」でありながら、なにものも空間がなければ存在できません。宇宙の出現の前に空っぽのスペースがあって、満たされるのを待っていた、というのではないのです。
そこにはなにひとつ存在していなかったのですから、空間さえなかったのです。








昔わたしがテレビゲームのやりすぎで目が痛かった時のことです。
「ああ、目がしょぼしょぼする。なんとかしたい」
と赤くなった目をこすりながら目を回復させる方法を考えていました。

そこで近くにあった木に緑が生い茂っていたのでじ~っと緑を見ていました。すると目がだんだん癒されていく。
「緑を見ていると目の痛みが少しずつましになっていく。そっか~、自然の緑は目にいいって言うからなあ。よし、しばらく目のしょぼしょぼが回復するまで緑を見続けてみよう。」
そんな極めて大人っぽい理由で、木をずっと眺めていました。
すると突然世界がほんとうの姿を見せたのです。あまりにも美しい木、あまりにもきれいな緑、大自然に宿る大きななにかを私は見ました。
私は一瞬とまどいました。今までと同じ景色を見ているのに、今までとはまったく違う世界が見えるのです。


「なんだ、これは!?」
その木がいままで見えていた木と違うのです。空間に存在していることがわかる。背景の空間と一体になり、緑はその空間とともに風でゆらゆらと揺れる。
自然の奥底に宿る大きな何か、それを「認識できる」のです。

「美しい・・・いままでまったく気がつかなかったけれど、自然というのはこんなに美しいものだったのか?」
私の思考がはじめて止まった瞬間です。身震いするような木の存在。その緑の奥に巨大ななにかを感じる。
この木は生きているのだ、しかしその存在の奥底にある巨大な生命力というかなにかが同時に存在している。

しかし、その感覚はフッともとに戻ってしまいました。
「あれ?いつものようになんの変哲もない木に戻ったぞ?おかしいな、同じ木なのになんでさっきと見え方が違うんだ?」
それからはそのように美しい木を見ることはできなくなってしまいました。
・・・自分の勘違いかな?自分の見間違いかな?疲れていたからなあ、とその場はそれで納得しました。






そして4年ほどしてこの本に出逢うのです。

この本には簡単にあの美しい木を見る方法が書かれていました。それは「空間を見ること」です。
木を見るのではない。空間を見るのです。そうすれば頭の中で常に流れている思考を止めることができる。
思考が止まらないと「いま・この瞬間」に存在している美しい木を見ることができないのです。
「木を見る」のではないのです。「木の空間を見る」のです。そうしないと思考の雑音が止まらない。思考のマイナス考えがいつも頭の中をかけめぐる状態から抜け出せない。

ただ「木を見る」だけでは、過去や未来に自分の意識が引っ張られてしまい目の前のものはフェルターをかけたように色あせたものに見えてしまいます。
「ただのなんの変哲もない木」「いつも見ている緑」

思考からすれば「それがどうしたの?」というわけです。「木になんの意味があるの?」「見ていてなにか得することあるの?」「そんな目の前の木より、あれが心配だな。」「これも不安だな。」「昨日のことはあいつが悪いんだよなあ。」「なんで自分はこんなにできないんだろう?」

思考のマイナス考えを止めるのです。
未来を心配するのを止めるのです。不安を考えるのを止めるのです。うまくいって欲しいという希望を捨てるのです。こうなってほしいという夢を捨てるのです。
過去を後悔するのを止めるのです。他人を責めるのを止めるのです。自分を蔑むのを止めるのです。






未来と過去を全部捨てる。「いま、この瞬間」に意識を集中させる。
今・目の前に意識を集中されれば思考は消えて無くなる。「思考」は「常に考え続けることによって生きている」ので「いま・この瞬間」を見てもらっては困るわけです。
「思考」はできる限り「いま、この瞬間」から逃げたい。過去を後悔し、未来に不安を抱き、繰り返し繰り返し頭の中で言葉をつぶやき続ける。

その思考の世界は「嘘」です。
考えていることがまったく寸分の狂いもなく未来に起きる可能性はほぼゼロであり、でたらめの未来を見せられているのです。
過去における認識も別に「うらみ、つらみ、後悔」ととらえる必要はありません。あのことがあって自分は一段成長できたんだ、ああ良かったと認識することもできます。
また、思考は都合のいい解釈をするので「自分にとってこうだった」という現実をねじ曲げた過去の解釈をして、頭の中でテープを回し続ける。
他の人に聞いてみると事実とまったく違う内容のことまで含まれていたりする。過去が思考によって都合よくねじ曲げられているのです。


この思考は自分で止まることを知らない。
思考は自分自身が消えてなくなるのが怖いのです。だから延々と未来と過去に行き、デタラメの内容を頭の中で繰り返し続ける。

しかし、空間を見れば思考は停止せざるを得ない。
空間を見れば「受け」が完成し、すべての執着が無くなる。
「いま、この瞬間」には後悔する必要もなければ、デタラメの未来を心配する必要も無い。
思考の流す未来にも過去にも真実はない。そのテープを延々と聞いていると疲れます。自分のエネルギーを奪い取られてしまう。私は感受性の強い方なので、これでずっと永い間苦しめられました。

しかし、思考の流れを止めると一切の苦しみが無くなったのです。すべてはあるがまま。すべては大いなる「空」間のなかに存在しているのであり、尊敬に値する。
同時に私は「思考」ではなかったことに気づくのです。私は本体であり、「思考」は私のしもべです。
思考のテープが止まると私本体のエネルギーが回復し、私自身が愛と安らぎと平和を感じることができ、物事を冷静にとらえることができるようになります。
すると再び思考活動を始めたときには、思考のマイナス活動を冷静に見ることができ、さらに思考している内容そのものが一段も二段もレベルの高いものになります。

もう、デタラメの未来や過去におびえる必要がないのですから。冷静に思考を使ってものごとを把握することができるようになる。
思考のささやく未来や過去には真実はなにひとつない。そんなものに本体が振り回されるのはもうごめんです。
「いま」を見るのです。「この瞬間」に意識を集中するのです。
未来や過去ではない「いま、この瞬間」にこそさとりが開けるのです。


私がこのブログを立ち上げた理由は、もともと私の師匠だった「ソーゾー君」に対する恩返しです。
ソーゾー君は私に「通貨発行権」のことを詳しく教えてくださった。「中央銀行」が民間銀行として存在しているだけで、国は自動的に借金に陥る。このサギシステムを理解できない状態でいた私に事細かく説明をしてくれた。
ほんとうにありがたいことです。いまでは私の主要ブログhttp://hya94ki.blog34.fc2.com/
でとことん取り上げていますが、他のブログで通貨発行権をこれだけ取り上げているところはない。
その意味でもこちらのブログを運営できていることは奇跡だと思っていますし、師匠だったソーゾー君には感謝しています。







そして、私はずっとこの「思考」が本体でした。
そして、彼らユダヤに対する「許せない気持ち」がものすごかった。
そりゃあ許せないでしょう?自作自演の9.11をやって多くの人を殺しておきながら、アフガニスタン、イラクでも大量虐殺を行い「大量破壊兵器はなかった。」
んで、日本人がまじめに働き技術力もすごいからって中国と組んだだけでなく「年次改革要望書」を使って日本の経済をメチャクチャにした。
派遣制度?クソ喰らえ。
後期高齢者医療制度でお年寄りから保険証を取り上げる?ふざけるな。
さらに小泉と竹中と奥田を使って自分たちはゴールドマンサックスインサイダー!
さんざん儲けて、ユダヤが日本の企業の大株主になりました。ソニーもキャノンも人件費を削って大株主であるユダヤ人に対して配当を増やしなさい?なめやがって。
んで、自分たちの金融ばくちの責任を国と国民に押し付け責任逃れする銀行家ども。
あげくの果てに日本の郵貯の350兆円を「民営化して株式をロスチャイルドとロックフェラーに渡しなさい」?日本人はお前ら偽ユダヤの奴隷じゃねえぞ、クソ野郎が!
と・・・


ずっと「許せない」気持ちで生きてきました。それは精神的にとても負担だった。
それが「許します」と言葉でいい続けると気持ちが穏やかになってきた。そして、物事を冷静にとらえることができるようになった。
私の思考は停止し、私本体は安らかに平和に生きることができるようになったのです。
なるほど、彼らのやったことは腹が立つが過去にとらわれる必要は無い。思考の不幸や苦しみに振り回される必要はまったく無い。
いま、できることを淡々とやっていけばそれでよい。そして、「いま」を受け入れたら自分が幸せだと気がついた。
ご飯が毎日食べられる。住むところもある。仕事も楽しい。ちゃんと収入もある。日本人はみんな親切だし、日本は四季のある住みやすいいい所だし。
楽しくいられる仲間がいる。ユダヤ問題をわかってくれた友人もいる。自分の畑も中々うまくいっている。
売国奴のマスコミや新聞に邪魔されないインターネットがある。本当のことは徐々に広まりつつある。色んな人達が日本を守ってくれた事実もある。

ありがたい。ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいだ。
日本に生まれて本当に良かった。そして、神さまがいるならばこの時代この場所によくぞ私を配置してくださった。私は人々の役に立って見せますよ。
私は人の幸せに尽くしますよ。日本の、地球の、人々の役に立てるならこんなにありがたい配置はない。私にできることはたくさんある。
私をここに生んでくださって本当に感謝しています。







ソーゾー君は私の「思考」よりもはるかに優れた思考力の持ち主です。恐らく心理的には落ち着かない、苦しい状況が続いているでしょう。
だから、「思考」を止めることができ、落ち着いてこの問題を冷静にみることができるようになった私は彼を助けたかった。
思考が止まっても、思考が使えないわけではありません。「ほんとうの自分」は平和や感謝する気持ちや愛に包まれ回復する。そして冷静さを取り戻し「思考」を再び使うとより鋭さを増した思考活動ができる。
ほんとうの自分が「思考」をしもべとして使えるのです。そして幸せに生きることができ、他者への配慮が増す。

これら一連のことを伝えようとこのブログを立ち上げたわけです。
しかしほんとうの自分ではない「思考」であるソーゾー君には、「カルトになった」と言われてしまいました。
「イルミナティの手先になった、いつまで演じることができるかな?」と言われてしまいました。
これは「思考」の判断力であって、「本体」ではないでしょう。だから、一連の内容を理解するのが無理だったというなら仕方がない、
「彼が理解できる」と判断した私が間違っていたのです。
「量子力学」を理解できないのだから仕方ない。いずれ(死の間際にでも)理解できるでしょう。


「本体」を認識できるようにならないと、今日説明したことは理解ができない。
そのためには言葉を使って言わなければ何の変化も起きません。私の場合は許せない対象に向かってひたすらひとり言を繰り返しました。
「小泉を許します。竹中を許します。奥田を許します。ロスチャイルドを許します。」

許したけど、真実を暴露して追い込む事実には変わりありませんよ?
要は「過去のとらわれ」から自分を解放するのです。
その上でこいつらを叩く。
「許したのに叩くの?」といわれそうですが何も矛盾していません。「許した銀行家を叩く自分を許します」

私は彼らの手先ではありませんし、その証拠にロスチャイルドの力の源泉である「中央銀行のサギシステム」を徹底的に追求しています。
彼らから「通貨発行権」を取り戻すのが私の目標であり、全世界の通貨発行権を取り戻し、悪の枢軸の国連を廃止し世の中を平和にするのが私の目指すことです。
そのために歴史を学び、彼らの手口を学び、私のブログでわかりやすいように記事にしているのです。
目下の目標は「百式の民間銀行サギシステムをたたけ」ブログをさらに多くの人に見てもらい、中央銀行のしくみを世の中に知らしめることです。
そのために本を何冊も読み、重要な部分を載せるという方法を取ってきました。


私のわかりにくい説明にかかわらずもブログを見てくださっている人達にはほんとうに感謝しています。
そして、毎回記事に拍手してくださる方々にもとても感謝しています。
さらに途中でストップしたこの「現実を味方につけよ」ブログを根気良く見てくださっている4~50名の方々には頭がさがる思いです、ほんとうにみんなありがとう。
私は多くの人に支えられて活動しています。とてもありがたいことです。






この「空」の話は頭では理解できません。そこがわかりにくい。
感覚で理解できればあなたの人生はまったく違うものになります。
このブログが多くの人の助けになればこんなに嬉しいことはありません。私は本当に幸せです。



コメント (4)   この記事についてブログを書く
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4 コメント

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素晴らしい記事をありがとうございます。 (バカ74)
2014-11-01 18:06:31
達人師匠のところから、とばされてたどり着きました。 特に311以降、ヒントを得て、勉強する事で、マトモだと思いこんでいた、自分の思考が、割と、思うままにメタプログラミングされた、インチキ多し!と気づくことが、出来てきたように思います。 まだまだです。 素晴らしい記事をありがとうございました。
Unknown (SH (Social Health))
2014-11-05 23:30:52
陰謀については、サージ船長でググるとかなり面白いと思いますよ。

彼は地球が丸い事にすら、懐疑的です。(フラット・アースロジー)
また、神は己の中にいると言う、無宗教、有神論者です。

Unknown (Unknown)
2018-07-23 13:55:01
ちょっと待て
空間は空っぽではない
何故そうなる
Unknown (Unknown)
2018-07-23 14:03:36
過去を捨てず過去に囚われるな
空は空間をあらわした言葉ではない
波動だ

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