不定形な文字が空を這う路地裏

Desolation Angel


ディランが何やら小難しい歌を喚き続けているのでハイウェイの方に近付くのは辞めにした、そもそも騒々しい場所はもとから好きじゃないし、道もあれこれと入り組んでいる上に一方通行も多くて面倒臭いことばかりだしね、それで人気の無い場所で小休止して詩を書くことにしたんだ、少し前からなんだか脳味噌がうずうずし始めているのを感じていたからね、あれこれと自動書記のような感覚でぼんやりとしたことを指先に訳してもらいながら本当に不思議なものだと考える、若い頃は老いることが嫌だった、というか、老いる前に死んでしまうのではないかと思っていた、自分の肉体か魂が、標準的な人間の感覚ほど上手くは運ばないものだとどこかで感じていた、そう、面倒臭いことばかりだったよ、とくに集団生活を強いられている間はね、今はもう少しマシになった、だって少なくともそれは自分で選ぶことが出来るからね、もちろん、なにからなにまで自由というわけにはいかないけれど…歳を取るのは悪いことじゃない、そう思え始めたのは、自分がいつもいつもある程度の時間を割いては何を書こうとしているのかということが朧げに見え始めてきたからで、おまけにそれは昔みたいに鼻息を荒くしなくてもすらすらと並べることが出来た、まるで自分がそれを書きつける前から置き場所が決まっているんじゃないかって思えるみたいにさ、そしてまた新しいものが出来る、炎が噴き出すように書いていたものも水が流れているみたいに連ねることが出来るようになった、わかるかい、炎はいずれ消えてしまう、だけど、流れを作り続けてさえいれば水が途切れることは無いんだ、そう、書きながら自分がどこに居るのかが見えるようになったとでも言うのかな、いずれにせよそれはちょっと珍しい感覚であることは間違いないよ、だって、何十年も飽きることなく書き続けている人間なんて数えるくらいしか居ないだろ…涎を飛ばしまくって詩を論じ合っている連中が月に幾つ書いているのか数えてごらんよ、彼らは気取ったことを言うのに忙しくて数行書くのにも一週間はかかってしまうのさ、そんなことになんの意味があるのか分からないね、まったく時間の無駄ってもんさ、空は晴れる気も無ければ雨を降らす気もないらしい、煮え切らない感じなんてなんだか共感するね、しょうがないさ、興味本位だけで生きてる人間だってこの世の中には少しは存在しているんだ、もうそんなことを引け目に感じるのは辞めたんだ、だって、なにも悪いことしてるわけじゃないからね、違うことを悪いことにしたがる人間がたくさん居るのは事実だけどね、でも、数が多いことなんて真実とは何の関係もないことじゃないか…考えることを忘れた連中は皆ナンセンスを隠れ蓑にするのさ、彼らが何を考えているのかなんて分かる術もないけれど、きっとそんな真似でもしなければ単純さを正当化することが出来ないんだろう、書き終えた詩を折り畳んでポケットに突っ込み、小さな音楽プレイヤーを止め、電源を落とした、気まぐれと、電池の残量の折り合いをつけたわけだ、長時間稼働し続けることが出来るものほど充電のタイミングが合わなくなるのはいったいどういうわけだろう?それはただ単にスケジューリングとか、そういう部分に問題があるというだけのことなのだろうか?気付かずに小さな石を蹴飛ばしていた、そいつは転がってガードレールの足に当たって、中に土が詰まったカウベルみたいな音を立てた、ほんの少し風が吹いた、近頃はいつもそうだ、午後になって思い出したみたいに風が忙しなく吹き立てる、車に踏み殺されて散らばった雑草たちの死体がそれに乗って彼らの墓場へと連れ去られて行く、いつかは皆あんな風に二度と帰れないところへと運ばれていく、何をやり遂げようと、何をやり残そうと…有限だからこそ生きられるのだと何かで読んだことがあるけれど、どうだろうね、もしも永遠の命が手に入るのなら俺は真っ先にそれを望むだろう、生きれば生きただけ分かることって確かにあるし、それに、自分が例えば二百歳とかになったとして、その時いったいどんな詩を書いているのか、とても興味があるからね―ディランが仏頂面のまま口を噤んだので笑いながらのんびりと歩いた、ひとりぼっちはつまらない、という歌があったけれど、ひとりぼっちこそがむしろ最高さ…いろいろあって、大きな声じゃちょっと言えないんだけどね、だけど、そうさ、ポケットに新しい詩がある限り人生は楽しい、下らないことばっかり続いてもね、それは自分だけが手にすることが出来る優待チケットみたいなもんなんだ、脳味噌はいまは静かにしてるけど、これからやらなくちゃいけない面倒ごとがもう少し片付いたらまた騒ぎ始めるはずさ、なんせここ十年はずっとそんな感じで毎日が過ぎているのだもの、一生が長いことには異論はないけれど、それだってなんてことない一日の集まりに過ぎないんだぜ。


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