不定形な文字が空を這う路地裏

Moonchild












痴呆の少女が呆然とうろついている裏通り、停止中の工事現場の敷地内を通ってきた汚れた靴底が地面に残す赤土の臭いを、確かな老人が嗅ぎながら後姿を窺う夜中
月はクレセント、クレッシェンドが強すぎる風に時折雨雲を吹き付けられて、憤懣やる形無しと言った眼つきを瞬間で隠す―穏やかな心からでしか、穏やかなイエローは生まれないものなのだ
僕はコカコーラを飲みすぎて眠れなくなっていたんだ、それらが徘徊する一部始終を見ていた、老人が毒を持った優しさで少女の腰に手を回すのを、それから路地裏で行われたいびつな感動の交換を、僕は傍観者だった、誰を殴ればいいのか判らなかった…大きな音を立ててげっぷをしないように、それだけは気をつけていた―聴覚と嗅覚に優れたものたちが抗議の声を上げる
さながら夜は満たされぬ思いがそこかしこに跳ね返るピンボールのよう、僕はすべてを見たけれどもあまりにもくだらないと感じていたので欲望など覚える気にもならなかった、少女は痛がりもしなかったし老人は苦労すらしなかった…外れれば外れるほどプレッシャーは少なくなるものさ―僕に胡散臭い正義感があれば二人とも殺したかもしれない
不思議なものでどんなに頭がおかしくってもきちんと回線は繋がるものだ、ああ、その少女の不自然なまでの口角に浮かんだまともさ、怖くはないけど僕の腕にはぷつぷつと鳥肌が立つ…すべてを見ることなくそこを離れるわけにはいかなかった、何故だか上手く説明出来ないけれど
すべてが終わるときに、二人は古木戸が軋むときのような声で泣いた


炭酸と糖分とそんな光景がのどにまとわりついたまま真夜中、僕はノートにそれらの光景を書き写した、書き写してそして吐いた…汚物からは甘い匂いがした、たいしたものを食べていない、たいしたものなんか少しも食べていないんだ―限りなく液体に近い泥に足を突っ込んだような音が反復される、そんな光景など望んではいなかったはずだよ…狂ったものは忌み嫌うべき?僕には何一つ答えは出せない、僕はまともじゃない、踏み外していないだけ
誰が線を引くんだ、その境界に、誰が線を引くんだ、確固たる信念を持って誰が線を引くんだ、誰が線を引くんだ―僕が見たものを誰か正しく解説しておくれ…目の前に晒されたところできっと僕は納得しないだろうけど
限りなく液体に近い泥に足を突っ込んだような音が反復される、僕は真似をしてみた、衣服を剥いで彼らの真似を…こんなことがなんの役に立つのかと心はずっと自問していた―痴呆の少女の驚くほどにまともな口角がするりと脳髄に忍び込んだので僕は達した、古木戸が軋むときのような声で泣きながら(だけど少し滑らかな感触が混ざってしまった)同じものではない…ここに零れたものとあそこに零れたものはたぶん
僕にはあんな在り方はたぶん一生理解出来ないのだ―部屋のドアがノックされる(礼儀正しく、とんとんと二回)ドアを開けるとあの少女がいる
「おにいさんね、あそこにいたでしょ、みていたでしょう、あたしのこと」
彼女はそう言う―僕はどこでへまをしてしまったのかと考える、帰り支度が早すぎたのか…少女はすばやく僕の背中を見つけてついてきたのだろうか?それでね、と彼女は続ける
「それでね、おにいさんはおじいさんみたいなことをする?」
しない、と僕は答える、僕はそれだけは絶対にしないだろうと感じたし、なによりも僕はさっき実験的に済ませたばかりだったから
「しない」僕がそう言うと彼女はいじめられたみたいにびくっとした、口調が少し強すぎたかな、と僕は考えてみた
「わたし、かえったほうがいい?」そうだねと僕は言う、もうずいぶんな時間だけれど
「暗いところは怖くないの?」
「くらいところってなに?」僕は言葉を失う―少女は少し眠たそうにしている「おいで」と僕は言う


目が覚めると、少女の姿はなかった…シーツの上に、おびただしい血痕だけがあった







誰の傷だ……?

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