夜明けのダイナー(仮題)

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SS:REGRET<その1>

2011年08月14日 20時21分13秒 | ハルヒSS:長編
 高校三年、十一月。 ある雨の日。
 

 俺の目の前、一本の傘を差して寄り添うように歩いて行く二つの影。

 
 一人はハルヒ。 そして、その隣には……
 

 
  <REGRET>
 

 
 六甲颪が颯爽と、相も変わらず強く吹きつける昨今。 
 そう言えば去年のペナントレースは、ぶっちぎりで地元球団が制覇したものの、いい加減、鉄人のベテランに、おんぶにだっこで良い物か? 等と思案していた、そんな
 高校二年、一月。 
 SOS団プレゼンツ『第二回・冬山合宿』と言う名のスキーリゾートライフもつつがなく終了し、今年度もあと少し。
 さて、魚雷投下直前の雷撃機並みに低空飛行を続ける成績もいい加減上昇気流に乗せねば。 なんて事も頭の片隅に置きつつ、三学期の始業式を終え数日が過ぎ、今日も変わらぬハイキング・コースを踏破すれば
 「よう」
 「おはよ」
 これまた何時もの風景。 チャイムぎりぎりに来る俺と違い、ハルヒは何時に来てるのかね? 見習う気なんぞこれっぽちも無いが。
 「ねぇ」
 「ん、何だ?」
 この交わされる台詞の続きと言えば、今までの経験から察するに大体ハルヒの思いつきが発せられ、俺はそれに「やれやれ」と言いつつ最終的には楽しいイベントへと流れて行く。 そんなお決まりのパターンの筈、だったが
 「聞いて欲しい事があるの」
一言目に発せられたトーンからして、今回は新しいパターンらしい。
いや、待てよ。 ハルヒが相談事? 一体何なんだ。
 「おう」
 「……あたし、9組に行った方が良いのかな」
 「え?」 
 9組と言えば、そう、我が北高の特別進学クラス。 平たく言えば古泉所属のクラスである。
 「突然だな、何かあったのか」
 「ううん。 岡部にこの前、呼び出されて『お前の成績と将来の大学受験を考えたら、来年度は9組に転入した方が良いぞ?』って言われたの」
 そう、こいつは入学した頃から素行は別として成績は優秀、学年上位から落ちた事は無いからな。 俺の事か? 聞くだけ野暮だぞ。
 「そうか」
 「ねぇ、キョンならどうする?」
 「どうするったって、ハルヒ、お前の事だろ」
 「うん、そうなんだけど……」
 そのままハルヒは窓の方に顔を向け、溜息を吐いた先の窓が白く染まる。
 確かに此のクラスに居るよりは9組に転入する方が何かと進学には有利に働く筈だ。 そこで、ふと頭によぎった事があった。
 

 一昨年・十二月
 『あの世界』でのハルヒと、その横に並ぶ古泉の姿だ。
 あの時ハルヒは光陽園学院に言った理由を『教師が此処にしろとうるさくて』とか言ってたな。
 今回はリアルに、いや、こっちの世界でもそれが現実になっている訳か。 
 実際、中学時代に言われたかも知れないが、こっちのハルヒは、それを吹き飛ばすパワーがあったのだろう。
 

 「別に良いんじゃないか?」
 「えっ?」
 「岡部は生徒思いだし、ハルヒにそう言ったのもハルヒの事を思って言って来たんだろう」
 このクラスから9組に行ける、なんてスペックの持ち主はハルヒを除けば復活した朝倉、そして佐々木に「それ相応の高校がある」と言わしめた国木田くらいだろう。
 「こんなチャンス、そうは無いぞ」
 俺としては一般論を述べただけだ。 本音は「ハルヒが別のクラスに行く」なんて実感がノミの髭程もありゃしなかった。
 そして、こいつは、その話を断ると思って居た。 心の何処かで。
 でもハルヒが俺に相談を持ちかけた、その時点でハルヒなりに切羽詰って居たのだろう。 でなけりゃ自分の意思オンリーで決断した筈だ。
 「…………」
 窓の外を向いて居たので伺う事は出来なかったが、その表情は何時もの100wの笑顔とは此処からホーン岬位までの距離は離れていただろう。 それ位は、今の俺にも解って居た。
 それ以外の事に関しては、ちっとも解っちゃ居なかったがな。
 事実、会話が終了しチャイムが鳴ってHRが始まると、すっかりその出来事は俺の脳内CPUからは一時消去されたし、HR終了後の岡部が発した
 「涼宮、昼休みに職員室に来なさい」
 と言う言葉も、俺にとっては全くもって他人事だった。

 
 そう、他人事の筈。 だった。
 他人の進路一つで己の人生が左右される、なんて思った事は無かったが、それを身をもって知らされるのは、今は未だ先の事。 と言っておこう。
 
 

 二月中旬、事件は起きた。
 まぁ未来へ「くるくるぽ~ん」と飛ばされたり、オックスフォード・ホワイトの空間を赤玉が飛び交うとか言ったスペクタクルでも無く。 非常に、何て言うか、こう言葉にするとむず痒い出来事なのだが……
 じゃあ言うなって? いや、言わねば話が進まないだろ。 その原因はと言えば、とあるイベントなのだ。
 谷口が北高へ向かう時、標高と比例してテンションが上がり、終業のチャイムと共に下校する際は坂を下る程テンションが同様に下がる年中行事の一つ
 バレンタイン・デー
 今年は前もってハルヒが部室で「チョコフォンデュ・パーティするわよ!」と言っていたので、何時ぞやみたく穴掘りするとか言った苦労を強いられる事もなさそうなので、安心して谷口の戯言を聞きながら登校する。 
 そしてSOS団女性陣以外からも……な~んて数ミクロンのささやかな期待を胸に下駄箱に手を伸ばせば
 あった
 何が? 残念ながらチョコでは無かった。 しかも、とてつも無く嫌な感触だった。
 言っておくが悪戯で異物が置かれたとか、そう言った類の物では無い。 いや、むしろその方が良かったのかも知れん。
 『それ』が入っていた事で、良かったと思えた事はあまり無い。 と言うか全く無かったと言って置こうか。 それは
 『放課後、誰も居なくなったら二年五組の教室へ来て』
 間違い無い。 ノートの切れ端に整然と書かれた文字列、これを見て今まで経験した事を踏まえずノコノコと手紙の主に会いに行く様な奴はマリオに踏まれに行くクリボー以下だ。
 一応、谷口に気付かれない様に手紙をポケットに忍ばせる。 しかし朝倉が一体、何の用だ?
 しかも、こんな回りくどい事をせずクラスメイトなんだから面と向かって俺に言えば良いものを。
 「まさか、ね」
 「ん、どした? キョン」
 「あ、いや。 何でも無い」
 カナダから戻って来た事になっている二年五組クラス委員長こと朝倉涼子。
 ハルヒの一言でSOS団の活動にも時折参加し、俺とも少しは『あの時』のわだかまりも溶ける程には仲良くなっては居たが。
 今更、俺を殺すとか? 何故? Why?
 いや、油断ならん。 万が一と言う言葉は何の為にある? そう、石橋を取りあえず叩いてみよう。
 そんな訳で、何も考えず浮かれているアホ谷口を放っといて、二年六組の教室へ向かう。
 
 
 「よう、長門」
 「…………」
 「これ、なんだが」
 少しは人間臭くなって来たとは言え、相変わらずの無口振りだ。 まぁ、急に饒舌になってもらっても、こちらの気持ちの整理も追いつかないのだろうが。 
 下駄箱の手紙を見せるなり長門は口を開いた。
 「大丈夫」
 「だろうな」
 やっぱりか。 俺を殺すなら同じ手は使うまい。 何せ長門いわく「優秀なインターフェース」であるからして。
 「行動指針は、貴方に委ねる」
 「自分の意思で動けってか」
 「そう。 情報統合思念体は静観を決めている。 この事象はパーソナルネーム朝倉涼子独断によるもの。 よって我々は関知しない」
 「それで充分だ。 サンキュ、長門」
 「…………」
 さて、HR一分前。 俺も自分の教室に戻るとしますか。
 浮き足たっている感のあるクラス内の喧騒を横目に、自分の席につく。
 「おはよう、ハルヒ」
 「…………」
 俺の方へ振り向こうともせず無言のままで、まだ悩んでるのか? 9組への転入話を。 そう言えば、あれ以来、笑ってるハルヒを見ていない気がするが。
 

 
 全ての授業をつつがなく終えて、放課後。
 平家の落ち武者も此処までみすぼらしくないだろう、と言う程に落ち込む谷口を横目に俺は一旦、文芸部室兼SOS団のアジトへと向かう。
 ハルヒは掃除当番で遅れるのは解っていたし、『あの手紙』の指定するタイミングには未だ早い。 
 毎度、欠かさないノックをすれば
 「はぁ~い」
 これまた何時もの様に麗しきエンジェル・ヴォイスが出迎えてくれる。
 「こんにちは、朝比奈さん」
 「…………」
 「よう、長門」
ドアを開けたと同時に俺の嗅覚を刺激したのは
 「おっ、チョコレートを溶かしてるんですね」
 「はい。 あのぅ、涼宮さんは未だですかぁ?」
 「えぇ、ハルヒは掃除当番で、遅れて来ますよ」
 「おや、涼宮さんが居ないのが残念。 とでも言いたげな顔ですよ」
 うるせ、出たなボードゲーム・オタク。 今日も忌々しい似非スマイルを顔面に貼りつけやがって。
 どうせコイツはチョコを他の女子から貰ってるんだろうな。
 「それは内緒にしておきましょう」
 あぁ、そうかい。 っと、このリミテッドエスパー少年と与太話をする為に来たんじゃないんだっけ。
 「荷物を置きに来ただけだ。 今から少し教室に用事があるから、パーティは先に始めてくれて構わない」
 「用事、ですか」
 「あぁ、野暮用だ」
 「解りました」
 「申し訳ありません朝比奈さん。 悪いな長門」
 「はいっ」
 「…………」
 ドアを閉め、来た道をノンビリと戻り、そして二年五組の教室の前に立つ。
 長門は「大丈夫」と言ったが、やはり過去のトラウマが脳裏を過ぎり、一歩を踏み出すのに時間が掛かった。 意を決し扉を開ければ
 「あら、思ったより早いのね」
 「あぁ」
 
 つるべ落としの夕日が教室を染めて、それが血の赤を連想してしまったのは、今までの俺に対する、こいつの所業の所為、かも知れない。
 そう、一応は『差出人不明』の手紙の送り主。 二年五組のクラス委員長にして実態は長門と同じ対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースである
 「やっぱり、お前か」
 「わかっちゃってた?」
 朝倉涼子、そのものだった。
 「改まって手紙で呼び出しとは。 一体何の用だ」
 「今日って何の日だと思う?」 
 「ストレートに返答するなら全国一斉バレンタインデーだろうよ」
 「当たり。 それじゃあ正解したご褒美に」
 朝倉は後ろに組んでいた手を前に出して
 「はい♪」
 「何だ、これは」
 「今までの流れからいって、解らない?」
 綺麗にラッピングされたピンクの包装紙に、赤いリボン。 ご丁寧にリボンを止めるのにハートマークのシールが張ってあるな。
 「ナイフで無い事位は、見れば解るが」
 「もうっ!」
 「冗談だ、すまん」
 「市販のチョコレートを溶かして作ったんだけど……」
 そう言って、俯いた朝倉が言った次の言葉に、俺は耳を疑った
 「好きです! 受け取って下さい!!」
 What? 今、何て言った?
 
 今の朝倉の声量からすれば、いくら扉が閉まっていても多分、廊下を歩行してる人間にも、今の告白は聞こえていた筈だ。
 しかも、よりによって俺は扉を開けっ放しにしていたのだ。 これで確実に廊下には今の台詞は響き渡った事だろう。
 幸いな事に、俺が教室に戻って来た頃には、他の教室の扉や窓は全て閉まっていて、人の気配を感じなかった。
 下校のチャイムが鳴り終わってから、そう時間は経過していない筈だが。
 
 「わたしが復活して、二年五組に入って……避けられると思ってたキョン君が普通に接してくれて。 そしたら、何時の間にか、わたしにエラーが……ううん、これって多分『感情』よね。 わたしがキョン君を好きって。 だから、だ、から――」
 「あ、さくら?」
 
 「キョン君、わたしと付き合って下さい!!」
 
 待てよ、待て待て。 朝倉は今、何と言った?
 好き? 俺の事が? 突き合って……じゃなかった、付き合って?
 突然過ぎて考えが纏まらん、誰か代わりに答えてくれ! って、答えなきゃならんのは俺自身か。
 う~ん、大体俺は朝倉をどう思ってる? 殺人鬼? 宇宙人? クラス委員長? AAランク+? いかん、何故か段々プラス評価になってるぞ。
 そう言えば入学当初の朝倉に対する俺の印象は、正直、良かった筈だが
 「キョン君、やっぱり涼宮さんの事が……」
 「は、ハルヒ?」
 「だって、仲良いし、今まで調査した結果だって」
 「いや、俺とハルヒは何でも無いぞ」
 「そう、なの?」
 多分、な。
 「じゃあ、わたしと――」
 どうする、俺。 どうする?
 続きはWEBで……
 続かね~よ! ええい、断る理由が無いぞ。 こうなったら答えは一つ
 「あぁ、良いだろう朝倉」
 「良かったぁ♪」
 俺の返答後、そのまま朝倉は俺に近づいて来て
 

 ぎゅっ
 
 「あ、朝倉?」
 「良かった、嬉しいっ!!」
 「あ、あの朝倉……」
 
 今更ながら説明しようか? 何々、言われなくても解る? まぁ、一応聞いてくれ。 
 夕暮れで赤く染まる教室で美人委員長に告白された俺。 本日はバレンタインデー。 そして今、二つの影が重なって……回りくどい?
 えぇい、簡単に言ってしまえば俺は朝倉に抱きつかれて居る訳だ。 谷口なら号泣モノのシチュエーションだろうよ。
 
 

 所で皆さんは、お忘れではないだろうか。 現在、この時間に於いて文芸部室に不在のSOS団員二人の事を。
 その内の一人は言うまでもない、俺。 そして、もう一人は――あぁ、すっかり忘れていたさ。 目の前の出来事に気を取られて他の事が疎かになるなんて誰にでもある事なんだが。
 この後のスケジュールをすっかり忘れて、下手するとこのまま帰宅。 なんて事にもなりそうだったからな。 この数分間の出来事は。
 「キョン、涼子。 何やってんの?」
 「げっ……は、ハルヒっ!?」
 「すっ、す、涼宮さん!?」
 教室の開いた入り口よりゴミ箱を抱えて、やって来たのは泣く子も黙るSOS団団長。 涼宮ハルヒ、その人だった。 
 よりにもよって、このタイミングで現れなくても。 なんて思ってしまったが
 「あ、あんた達って……」
 「あ、あのなハルヒ」
 「わたしとキョン君は付き合う事になったから」
 「り、涼子!?」
 「あ、朝倉?」
 「わたしはキョン君が好きだから告白したの!」 
 「……そう」
 持っていたゴミ箱を所定の位置に戻し、抱き合ったままで居た俺達の横を沈黙のまま通過。 
 続いて自席の荷物を取り出したハルヒは言った。
 「そんな事よりキョン、部室に行くわよ」
 「あ。 そ、そうだな」
 「わたしも行って良い?」
 「好きにすれば」
 空にしたばかりのゴミ箱に、ポケットから取り出した茶色の箱を捨てて、ハルヒは先に教室を出て行った。
 「行こっ♪」
 「お、おう」
 腕を掴まれて朝倉に引っ張られた俺も続いて教室を出る。 ゴミ箱の中身を確かめる余裕も無いままに。
 
 そして部室で行われた『チョコフォンデュ・パーティ』だが、何事も無く終了した。
 ハルヒは何時もの様に朝比奈さんを弄り、長門は黙々とチョコレート鍋の中に串を入れ、それを口に入れる作業に没頭し、
 古泉は笑みを崩さず周囲に気を配り、時折部室に来た事のある朝倉は
 「はい、あ~ん♪」
 「あ、あ~ん……」
 その都度、部室が静まり返るのは――やっぱ何事も無くは無かったな、やれやれ。
 


 この日を境にSOS団の人間関係が変わってしまった。
 そして、今まで上手くかみ合っていた歯車が、軋む様な音をたてて、少しづつ、少しづつずれて行った。
 
 

 次の日、急に席替えが行われた。 
 俺は朝倉の席の前になり、ハルヒの席の位置に変化は無く、前に谷口が座る事になった。
 ハルヒは今までの癖が抜けないのか時折、シャープペンシルを谷口の背中に突き刺し、その都度、谷口の悲鳴が教室内に響き渡った。
 


  (その2へ続く)

 

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