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【#小野昌弘】英首相の「降伏」演説と集団免疫にたよる英国コロナウイルス政策

2020-03-15 15:05:30 | コラム
英国のボリス・ジョンソン首相が、対コロナウイルス政策の転換について、国民に演説を行った。この演説はジョンソンが「感染が広がるにつれ、実に多くの家族が身内・親友を失う」という誰にでもわかる強い言葉が、英政府の基本方針が国民の多数がコロナウイルスにかかることで「集団免疫」をつけることを流行収束の目標とすることが明らかになり、英国内に大きな衝撃を与えている。

政府の方針が人口の60%の感染で流行が収束する見通しであることから、テレビのニュースは、全英の人口5%にあたる200万人が感染により重体となり、0.7%にあたる27万人が死亡する予測を伝えた。この衝撃的な数字は、英国内に確実にパニックを引き起こしている。

まず明確にしたいが、感染症疫学の問題は非常に専門性が高いので、これに関して免疫学者である私には何も言うべき事はない。しかしながら、「集団免疫」についてかなりの誤解が広まっていること、本問題がいくつもの分野にまたがり誰にも全貌が見えない状態に陥っていること、また英国の状況の理解が断片的になっていることに気がついた。さらに、英国の経験を日本の社会のひとたちが的確に理解することは今後大変重要になると思われることから、この記事を書くこととした。

誰にも免疫がない感染症が爆発的に流行することについて

ジョンソン首相は左右に主席医務官と主席科学アドバイザー(注1)を率いて演説を行った。これは首相・内閣が医師・科学者から良質なアドバイスを受けていることを象徴的に示す。だからこそであるが、ジョンソン首相の今回の新型コロナウイルス流行の基本理解は実に的確である。

ジョンソンは「コロナウイルスは全世界に広がり、英国内にも今後数カ月のあいだ広がり続ける」と世界的流行(パンデミック)に至っている事実を確認し、問題が数週間で終わるものではないこと、すなわち英国にも相当な影響がでることを明確にした。

さらに、ジョンソンは新型コロナウイルスは「季節性インフルエンザに比べる人もいるけれど、それは正しくない。(社会の誰にも)免疫がないのだから、この病気はもっと危険だ」とする。これは実のところ的確簡潔にコロナウイルス問題の本質を説明している。

コロナウイルス感染の致死率がよく話題になっている。実のところ、推定に多少の差があれ、致死率の数字が問題の中心ではない。重要なのは、季節性インフルエンザよりも致死率が高く、かつ伝染性が非常に高いコロナウイルスが、そのウイルスに対する有効な免疫を誰も持っていない人類集団に次々と襲い掛かり、感染が社会のなかで急速に広がることが問題なのである。別の言葉でいえば、コロナウイルス感染はインフルエンザとは社会における感染の時間動態が違い、ごく短い時間のあいだに社会の多くの人が感染し、その一部が重症化することが問題の中心である。

ここで免疫の意味を明確にしなければならない。ある感染症に免疫とはどういうことかというと、その感染症に一度かかったか、あるいは(ワクチンが存在する場合には)ワクチンを打ったことのおかげで、同じウイルスが体の中に入ってきても、ウイルスが増殖し症状がきつくなる前に病原体を排除できることである。ウイルスのほうからみると、相手の人間に、そのウイルスに対して免疫がある場合には、その人間を利用して増殖することができないのである。

ウイルスに対する免疫は、リンパ球などの白血球を中心とした免疫系の細胞のはたらきで成り立っている。逆に免疫がないと、初めて出ある病原体に対して、体内の免疫細胞はどのように対応したらよいかをまだ定めるのに時間がかかってしまうため、この遅れのあいだに病原体が体内で増殖し、様々な病態を引き起こしてしまう。ウイルスからみると、免疫のない人間は理想的な培養器になってくれるということである。

開戦演説ーあるいは「降伏」演説

さて、ジョンソン首相の演説に戻ろう。彼はコロナウイルスの脅威を明確にしたそのすぐあとに、神妙で毅然とした表情で言う。

「これから感染が広がるにつれ、みなさん、国民のみなさんに正直に伝えねばならない、これから実に多くの家族が身内・親友を失うことになるのです」

こうして国民の深刻な犠牲を予告したうえで、ジョンソンは政策の基本方針を述べる。これは、英国内での流行を封じ込める段階から、流行の拡大を遅らせ、流行の時間を引き延ばすことで、病院(NHS)への負荷を減らしていく時期に入ったことを告げる。

ジョンソンは続ける。「主席医務官が(複数の)防衛手段(lines of defence)を実行していく。我々はそれらの防衛効果を最大にすべく、これらを適切な時に防衛手段を展開する(deploy)」(2)

こうして軍事にたとえた作戦計画を示し、ジョンソンは具体的な基本方針を伝える。主な点は次の3つである。

1)新たに発症した持続する咳や発熱がある場合は、7日間自宅隔離。病院に行くな。

2)スポーツ試合のような公的イベントの禁止は考慮中だが、流行拡大を防ぐ効果はほとんどないという科学者からのアドバイスをうけている。学校もまだ今は閉鎖しない。これらのいずれも科学的見地から適切な時期を検討する。

3)高齢者を守る必要があり、多くのひとを動員しなければならなくなるが、高齢者を助けるために政府ができることをすべてする。

着目すべき点は、7日間の自宅隔離以外には、具体的な策はまだ何も提示されていないことである。

集団免疫

集団免疫の用語はジョンソンの演説の中にはでてこないが、主席科学官のサー・パトリック・バレスがこの方針作成を主導したといわれている。バレスはBBCラジオにおいて、集団免疫の効能を説明している。彼によれば、コロナウイルスに罹ったひとの大多数はごく軽微な症状しかおこさないが、免疫は成立するため、ウイルスのひとからひとへの伝染が減少する。そして、感染に弱い人たち(老人やある種の持病をもつひとたち)を守ることができるという。

すなわちコロナウイルスにかかっても普通の風邪の程度ですむひとたちが圧倒的多数なのだから、そのひとたちが増えれば自然と流行はおさまり、かつ感染して免疫をもっているひとたちが盾になって弱者を守ってくれるという理論である。理論上、人口の60%程度が免疫をもつようになれば、流行は収束すると考えられている。(3)

主席科学官バレスがこのように主張する根拠は、長期的には集団免疫が成立するまでは、過大な努力をして一旦流行をおさえこんでも、どこかの時点で再び流行が再燃することが予想されることである。

集団免疫方針への批判

現在の政府の理論では、市中で感染がひろがって比較的若い健康なひとたちが感染し免疫を成立させているあいだに、高齢者や持病を持つ弱者を隔離・保護して、流行が収まったときに彼らに社会に復帰してもらうというデザインになっている。

しかし、英政府の方針は制御が困難になり犠牲が大きくなる恐れも大きい。ごく普通に考えても、集団免疫の成立に頼る現在の英政府の方針は、積極的な介入をあきらめるに等しくなるわけであるから最後の手段であり、流行の封じ込めでできるかぎり時間をかせぎつつ、ウイルスの病態を理解し、社会的な方策を準備し、治療法やワクチンの完成を待つべきだと考えるのが多くの専門家の考え方だろう。

また、現在のところ新型コロナウイルスに対する免疫がどのように成立し維持されるのかは不明であるゆえ、この集団免疫理論は慎重に考慮される必要がある。実際、この集団免疫理論に対して、英国免疫学会は、公開質問状を政府に提出している。

1)集団免疫が成立するまでのあいだ、弱者をが社会的隔離など何らかの方法で守らないと甚大な被害になる。

2)新型コロナウイルスにはまだわからないことが多く、長期的な免疫が成立するかどうかはまだ不明である。

ここでさらに筆者の見解をいうならば、これらの免疫学的調査のためには、コロナウイルスに対する抗体検査の樹立がまず重要である。有効な抗体検査ができれば、どのひとに免疫が成立したかがわかるようになり、その免疫は長期に維持されるのか、多少ちがうDNA配列に変化したウイルスに対しても有効な免疫なのか、など重要な知見がえられるようになる。蛇足ながら、PCR検査はこの役には立たない。

また、英政府が積極的な封鎖に消極的な理由として、あまり早くに社会生活を制限する施策をしてしまうと「社会疲労」をおこし、長続きしなくなるという行動科学の理論が持ち出されている。この根拠が薄弱であると考える200人の英国の心理学・社会学者が政府のもつエビデンスを開示するよう公開質問状を政府に提出している。

一方で、コロナウイルスの治療法やワクチン開発がうまくいく保証はないし、少なくとも今年中の完成は困難であると考えられている。また、欧州・米国でみられる感染者数の爆発的な増加は、そもそも政策的な余地をすでに大きく制限しているかもしれない。

もしかすると、英国政府のもつ調査データおよび数理モデルからは、政治的・社会的な介入で流行を食い止めることを、少なくとも英国は諦めるよりほかない状況なのかもしれない。それならばその根拠となるそれらの証拠(エビデンス)を開示すべきだが、現在のところ英政府はまだ応じていない。

ジョンソン首相の演説の締めくくりは「...今辛くとも、過去に厳しい経験を克服してきたこの国はこの流行を克服する..」で終わる。

ジョンソン首相は、独軍の大空襲を受け被害をだしつつも「Blitz spirit(’空襲’精神)」で耐え乗り切ったように、コロナウイルスも被害を甘受し乗り切ろうと言いたいのであろう。しかし懸念されるのは具体策がどこまで存在するか、である。それがないならば、せっかくの意気込みで用意した開戦演説も、今後の経過とともに歴史的な降伏演説として人々に記憶されることになろう。

注釈

1)主席医務官は医療問題に関する政府アドバイザーの中で最高官職、公衆衛生を専門とする医師である。

2)この文などにみられるようにジョンソンは演説の抽象的な部分の説明には軍事を暗示する用語を使っているところは注目すべきだろう(ほかにもmobiliseなど)。つまり、この演説は、まるで第二次大戦参戦あるいはナチスドイツ軍による空襲を迎えるかのように書かれている。おそらくは、ジョンソンが尊敬するチャーチルの業績と演説を意識しているのだろう。

3)集団免疫(herd immunity)の原理を理解するのにわかりやすいシミュレーションのリンクを貼っておく。リンクの画面で、Percent vaccinated(ワクチン接種率)を既感染者率におきかえて考えるとよい。図にある数字は条件によって変わるのであまり拘泥する必要はない。大事なポイントは、既感染者がある程度以上多くなると、流行は広がらなくなる。


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