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ブログ katsukazan/活火山★時々の四方山話

今日は1948年(昭和23年)に占領軍 (GHQ)の意向で廃止された紀元節

紀元節は、初代天皇の神武天皇が即位された日で、廃止前なら、「紀元節は、初代天皇であらせられる神武天皇の即位あそばされた日で、建国記念日」といった表現が妥当。
さらに新聞なら、大見出し文言の前後かに、本日は「皇紀2681年」の文字が渾然並ぶはずであったが、74年前のGHQが、占領国家のどこも、有していない万世一系国家の存在と根拠を毀損するのを目的に廃止命令を出した。

有史以来、たった一度敗戦で、タマ抜きされ、GHQの左翼勢力の思惑に、日本の左翼、とりわけ終戦直後に突如として変身したニワカ左翼が嬉々として廃止命令を受容したという経緯を忘れてはいけないことで、この認識を一人でも多くの愛国系リアリストと共有するべき情報だと思っております。

左翼の圧倒的な指示の下、紀元節は廃止されたものの、1966年12月に時の佐藤栄作政権は新たに「建国記念日」として国会を通過、年が明けた1967年2月11に、その式典や記念行事が執り行われたのを記憶してしてます。

1967年2月11日は、東京は、前夜からの降雪で、当日は、都内各地が降雪で雪化粧下になっていたはずです。

当時渋谷区神宮前の学生寮の寮生であった不肖kazanは、4階建ての寮の裏手に広がる都電青山車庫の敷地(現在は国連大学の敷地)の、一面が雪で白一色になっている光景が記憶に残ります。

余談ですが、その一年後くらいに歌手の荒木一郎主演か出演、大島渚監督の映画「日本春歌考」を見た時、地下鉄丸の内線、四谷駅のホームや、地下鉄車両から見える、上智大の外堀に造成されたグランドが一面の積雪状態なっており、映画はそのシーンを確実撮影してたのを記憶してます。



日本のヌーベルバーグとか言われた大島渚監督にして、映画で数カット及ぶシーンに建国記念日を祝す、愛国系を揶揄する内容のコンセプトでパレードするシーンを挿入してましたですね。
ということは、前年1966年の12月に国会を通過した建国記念日をコンセプトにした批判メッセージとして、エロ歌を表のテーマにした「日本春歌考」に一連の建国記念日への反対メッセージを重ねたものと当時から、現在まで、一部始終を認識してますが、それにしても、今にしてみれば制作に取り掛かったタイミングと段取りの良さに驚かされれます。



左翼は、悪魔のように狡猾で巧妙でIQが高いかもしれないと、時折思う次第です。

シーンは、1966年12月中旬に国会通過後の翌年2月11日に撮影された部分で、千代田区丸の内仲通りのデモシーンかも知れないが、国会通過後、約50日で撮影というスピード感には、敵ながらアッパレと評価したい。
ただ、都内はこれくらいの降雪であったということですが、少しドヤ顔で、結構ボケて尚、記憶は鮮明でしたデス。




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