どんな人間にも必ず訪れる死。最近は、子や孫や親戚一同に囲まれた「絵に描いたような大往生」が減り、「孤独死」が増える傾向にある。見守っていた家族をひとりきりで死なせてしまい、後悔する人も少なくない。終末期のがん患者に寄り添う緩和ケア医として、これまで2500人以上を 看取 ( みと ) ってきた奥野滋子さんは、「ひとりで死ぬことが寂しいとは限らない。人生に満足し安心して旅立つ方も多い」と、人の最期に関する一つの考え方を提示す
60歳、女性。卵巣がん。
衰弱が進行し、入院していた。腹水で腹部は膨らみ、顔はやつれ、手足がやせ細っていて、自力では動くこともままならない。夫とは死別しており、子供がいないため独居である。母親は彼女が学生だった時に病死している。
ある朝の回診での出来事である。

「先生、昨日の夜、お母さんが会いに来てくれたんです」
「お母さんはそこの椅子(ベッド脇のソファ)に座って、窓の方を見ていて、全然私の方を見てくれないの。寂しかった。もっと近くに来てって言ったけど聞こえないみたいで」
「手を伸ばせば届くような気がするのに、手を差し伸べてくれない。私、お母さんに何か悪いことしたかな」
翌日の回診でも彼女は暗い顔をしながら、「お母さんはまだ私の方を見てくれない」「背中を向けたままずっとそこにいる」と話し、「早くこっちを向いてほしい」と訴えた。
翌々日の朝、彼女は非常にすがすがしい顔をして私たちを待っていた。
「先生、お母さんがやっと私の方を見てくれたの。とてもうれしい。お母さんが私の手をつかんでしっかり握ってくれたの。私、これできっとお母さんのもとに行けるのね。うれしい。先生、みなさん、いろいろお世話になりました。ありがとうございました。私は大丈夫です」
その日の午後、突然血圧が低下して意識がなくなり、夜に亡くなった。
緩和ケア医・おひとりさま応援医 奥野滋子様投稿抜粋引用】
死は恐れず・生まれた人は必ず死ぬ運命