人には寿命というものがある。
これ即ち、生れる前からの魂の契約で、海外旅行に例えれば【帰国日】
とでもいうべきもの。
人生とは、ひとり一人、それぞれの魂にとって、最善の旅程が組まれているわけなので、
もし飛行機事故に遭ったって、それが寿命でない人は絶対に助かるのである。
そもそも【死】というものは【終焉】ではなく【変容】の一過程でしかない。
そこに、【肉体的苦痛】やら、【愛する人々との永久の別れ】が絡まったりするので絶望的事象に感じられるだけで、
それらがなかったら、現在の一般的認識とは全く違うイメージになるにちがいない。
去る時がきたら、苦痛なくサッと肉体を抜け出てエネルギー体となり、好きなときに、
家族や友人と会ったり話せたりできるのであれば、【死】は、そんなに受け入れがたいものではなくなるはずである。
実際、魂にとっては【死】は【肉体からの解放】であり、素晴らしく自由を感じる出来事でもある。
でも肉体にとっては当然【大事件】(←だって消滅するんだから)だし、
最大の【恐怖】であり【惨事】だ。
絶対に受け入れられないし、何としてでも【阻止】したいというのがフツウである。
それが【生存本能】として、DNAの中に埋め込まれているためでもあろう。
そうやって見ていくと、(かねがね思っているのだが、)本当に人間とは複雑な存在だ。
肉体には肉体の意志や思いがあり、内在する魂には魂の意志や思いがある。
今生以外の記憶にしたところで、祖先の体験(DNA)によるものと、魂の体験(前世の記憶といわれるもの)がある。
(←それがその人の考え方やこだわり、トラウマなどになっていることもよくあるので、
ヒーリングなどの場合は、原因がどこからきているのか、見極めることになる。)
感情も右に同じ。
それに加えて、想念などは自分以外の、外から受信したものを、自分の考えと思っていることも多いので、これまた複雑。
スゴイ気が滅入る時など、自分のせいでない時もあって、もしやと思い除霊すると
スッキリ元気になったり…。
誰でも気づいていないだけで、大なり小なり同じような目にあっている。
そんな様々な側面が、ひっ包まって、取り敢えず一つになっているのが人間。
そしてそこに【聖なる自己】も内在しているんだから、こりゃ大変なこと。
そうして突き詰めていけば、
そもそも人とはなんぞや、本質的には個人なんて存在するのだろうか?
すべては幻影か?
というとこまで話が飛ぶことになるので、それはこの辺でやめておこ。
今日は「去るべき人は去る」がテーマだからね。
話しを戻すが、
たとえば昨日はエネルギー的にみて、【解放】の力が強かったと思う。
こういう日には、去るべき時期を迎えている人は去っていきやすい。
まさにエネルギーの流れに乗っていくわけだ。
さっきも書いたけど、【死】は本来恐れるべきものでもなければ、忌むべきものでもなく、
自然の流れの中にある。
地球の波動上昇が起きている(と言われている)昨今、
それにつきあって、自分の波動をあげていく選択をしている人もいれば、いない人もいる。
私の考えとしては、はっきり言って多分、地球についていかない方が楽だと思う。
波動を上げるということは、自分の意識のみならず、体の波動も上げていくということで、
これが本当に大変なのだ。(私にはそう思われる。)
体の中に入っている、例えば心の傷といわれるような、様々な思い込みや感情を手放し、変化していくことの大変さ。
自我は肉体とセットなので、当然徹底抗戦、
(自我は未知なるものを嫌い、あくまで保守的。
過去のやり方で今まで生存してきたのだから、それが一番安心と思っている。
また他人と自己は別物というのを真理と決めており、何をやってでも自分を生存させようとする。)
する中を、血を吐くような思いをしながら進んでいかねばならぬ時のしんどさを考えれば、
肉体を離れた方が、ずっと話は早いというわけだ。
この、生きてがんばり続けるか、死んで楽?するかは、
残念ながらもちろん自我が決定できることではなく、
生れる前から決まっていることなので、
逆に言えば、留まるべき人は何としてでも留まってしまうのである。
嫌と言おうが、しんどかろうが。
もちろんそれは、罰ゲームなどではなく、魂の崇高なる意志のなせる業。
解放に取り組み波動をあげていくプロセスが稀有な体験であり、
その度に得られる自由や達成感が、何より素晴らしいものだからなのだろう。
そうしてハートを開き、深い愛や慈悲を体得した人々は、次なる進化に向かっていくことになるらしい。
『だから今生きている皆さん!がんばりましょう。
この道は、苦しいことがあっても祝福の道なのだと信じて、辛いことも乗り切りましょう。
乗り切る力を持っている人々が、今生きている人々です。』
って、いつも天?から言われてる私だけど、これがなかなかね…。
やっぱり、身は重い…。体重過多のせいとも言えるが…。
そして私が、もしかすると今年中で1番しんどい日かもと思っているのが、
今月7月22日の皆既日食の日です。
いろんな【終焉】のサイクルと【日食】が重なって、エネルギー的に【超える】ことを余儀なくされる気配。
もちろんそれぞれの個人レベルでより高い?状態に突入していくことになるんだろうけど、
それを阻むエネルギーなり何なりを現在持っている人は、
当然それを解放しなくちゃならなくなるので、結果キツイ体験になるかも…。
ということで、今からでも、要らぬものは小まめにサッサとゴミ出しして、
スッキリしておきたいもの。
エネルギーワークで瞑想するのもいいけど、自分をキレイにしているつもりで家の掃除をしたりするのも効果的だと思う。
床なんか、雑巾で磨くとかなりイイ気がする。![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/niwatori.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyos.gif)
そしてもし、嫌な体験が起こってきたら、それがチャンス!!
いつもの感情や対応に陥るのではなく、【解放】が起こっているのだと静観することで
エネルギー的にも【お掃除完了】となることでしょう。
ガンバ![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_fine.gif)
※ お陰様で昨日の赤シソは、きれいな赤紫に発色し、今のところ
梅干作りは順調に進んでいます。がんばるぞ![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_do.gif)
これ即ち、生れる前からの魂の契約で、海外旅行に例えれば【帰国日】
とでもいうべきもの。
人生とは、ひとり一人、それぞれの魂にとって、最善の旅程が組まれているわけなので、
もし飛行機事故に遭ったって、それが寿命でない人は絶対に助かるのである。
そもそも【死】というものは【終焉】ではなく【変容】の一過程でしかない。
そこに、【肉体的苦痛】やら、【愛する人々との永久の別れ】が絡まったりするので絶望的事象に感じられるだけで、
それらがなかったら、現在の一般的認識とは全く違うイメージになるにちがいない。
去る時がきたら、苦痛なくサッと肉体を抜け出てエネルギー体となり、好きなときに、
家族や友人と会ったり話せたりできるのであれば、【死】は、そんなに受け入れがたいものではなくなるはずである。
実際、魂にとっては【死】は【肉体からの解放】であり、素晴らしく自由を感じる出来事でもある。
でも肉体にとっては当然【大事件】(←だって消滅するんだから)だし、
最大の【恐怖】であり【惨事】だ。
絶対に受け入れられないし、何としてでも【阻止】したいというのがフツウである。
それが【生存本能】として、DNAの中に埋め込まれているためでもあろう。
そうやって見ていくと、(かねがね思っているのだが、)本当に人間とは複雑な存在だ。
肉体には肉体の意志や思いがあり、内在する魂には魂の意志や思いがある。
今生以外の記憶にしたところで、祖先の体験(DNA)によるものと、魂の体験(前世の記憶といわれるもの)がある。
(←それがその人の考え方やこだわり、トラウマなどになっていることもよくあるので、
ヒーリングなどの場合は、原因がどこからきているのか、見極めることになる。)
感情も右に同じ。
それに加えて、想念などは自分以外の、外から受信したものを、自分の考えと思っていることも多いので、これまた複雑。
スゴイ気が滅入る時など、自分のせいでない時もあって、もしやと思い除霊すると
スッキリ元気になったり…。
誰でも気づいていないだけで、大なり小なり同じような目にあっている。
そんな様々な側面が、ひっ包まって、取り敢えず一つになっているのが人間。
そしてそこに【聖なる自己】も内在しているんだから、こりゃ大変なこと。
そうして突き詰めていけば、
そもそも人とはなんぞや、本質的には個人なんて存在するのだろうか?
すべては幻影か?
というとこまで話が飛ぶことになるので、それはこの辺でやめておこ。
今日は「去るべき人は去る」がテーマだからね。
話しを戻すが、
たとえば昨日はエネルギー的にみて、【解放】の力が強かったと思う。
こういう日には、去るべき時期を迎えている人は去っていきやすい。
まさにエネルギーの流れに乗っていくわけだ。
さっきも書いたけど、【死】は本来恐れるべきものでもなければ、忌むべきものでもなく、
自然の流れの中にある。
地球の波動上昇が起きている(と言われている)昨今、
それにつきあって、自分の波動をあげていく選択をしている人もいれば、いない人もいる。
私の考えとしては、はっきり言って多分、地球についていかない方が楽だと思う。
波動を上げるということは、自分の意識のみならず、体の波動も上げていくということで、
これが本当に大変なのだ。(私にはそう思われる。)
体の中に入っている、例えば心の傷といわれるような、様々な思い込みや感情を手放し、変化していくことの大変さ。
自我は肉体とセットなので、当然徹底抗戦、
(自我は未知なるものを嫌い、あくまで保守的。
過去のやり方で今まで生存してきたのだから、それが一番安心と思っている。
また他人と自己は別物というのを真理と決めており、何をやってでも自分を生存させようとする。)
する中を、血を吐くような思いをしながら進んでいかねばならぬ時のしんどさを考えれば、
肉体を離れた方が、ずっと話は早いというわけだ。
この、生きてがんばり続けるか、死んで楽?するかは、
残念ながらもちろん自我が決定できることではなく、
生れる前から決まっていることなので、
逆に言えば、留まるべき人は何としてでも留まってしまうのである。
嫌と言おうが、しんどかろうが。
もちろんそれは、罰ゲームなどではなく、魂の崇高なる意志のなせる業。
解放に取り組み波動をあげていくプロセスが稀有な体験であり、
その度に得られる自由や達成感が、何より素晴らしいものだからなのだろう。
そうしてハートを開き、深い愛や慈悲を体得した人々は、次なる進化に向かっていくことになるらしい。
『だから今生きている皆さん!がんばりましょう。
この道は、苦しいことがあっても祝福の道なのだと信じて、辛いことも乗り切りましょう。
乗り切る力を持っている人々が、今生きている人々です。』
って、いつも天?から言われてる私だけど、これがなかなかね…。
やっぱり、身は重い…。体重過多のせいとも言えるが…。
そして私が、もしかすると今年中で1番しんどい日かもと思っているのが、
今月7月22日の皆既日食の日です。
いろんな【終焉】のサイクルと【日食】が重なって、エネルギー的に【超える】ことを余儀なくされる気配。
もちろんそれぞれの個人レベルでより高い?状態に突入していくことになるんだろうけど、
それを阻むエネルギーなり何なりを現在持っている人は、
当然それを解放しなくちゃならなくなるので、結果キツイ体験になるかも…。
ということで、今からでも、要らぬものは小まめにサッサとゴミ出しして、
スッキリしておきたいもの。
エネルギーワークで瞑想するのもいいけど、自分をキレイにしているつもりで家の掃除をしたりするのも効果的だと思う。
床なんか、雑巾で磨くとかなりイイ気がする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/niwatori.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyos.gif)
そしてもし、嫌な体験が起こってきたら、それがチャンス!!
いつもの感情や対応に陥るのではなく、【解放】が起こっているのだと静観することで
エネルギー的にも【お掃除完了】となることでしょう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_en2.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/kaeru_fine.gif)
※ お陰様で昨日の赤シソは、きれいな赤紫に発色し、今のところ
梅干作りは順調に進んでいます。がんばるぞ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyo_do.gif)