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はづきちさんのはまりもの

まだあったので日記帳になりました

またね (千早SS 最終回)

2008-03-30 23:55:55 | 千早4畳半(SS)
暖かな日の差し込む窓
古ぼけたアパートの2階の端の部屋
この4畳半に私は生きていた
何もかもと離れたくて
でも離れたくなくて
ひっそりと移り住んだ私の城
年季の入ったその建物は
辛い時にも嬉しい時にも
緩やかに静かに私を包み込んでくれた
まるで水槽みたいに
時の止まった様なこの部屋は
波風を立てることの無い水面のように
励ます事も慰める事もしてくれはしないけれど
蹲り泣いていても
陽気に笑っていても
変化なくいつも私の居場所だった

何度この日に焼けた壁にもたれただろう
声を殺して泣いてすがりついたり
背をもたれてただぼーっとしたり
暖かい日はもたれたまま寝ちゃったこともあったっけ
天井の染みは何に見えたんだっけ
何回も寝る前に天井裏はどうなってるんだろう?って思ったけれど
結局調べる事は無かったな

今は何もない部屋を見渡す
元々物があったわけではないけれど
何年もあったちゃぶ台や小さな赤いテレビ
それらが無くなっただけでもずいぶん寂しく見えるものだ
私が生きてきた生活の跡
失くす事は寂しい事
でも得られるものもある
そう私は思えるようになった

このうつろう様な、彷徨う様な4畳半の生活
引きこもったり
旅に出たり
夜更かししてみたり
一日寝て過ごしてみたり
相反した事、知らなかった事、知ろうともしなかった事
その全てを許してもらえる生活だった
特殊な状況というのもあったかもしれないけれど
人が一人になって
明日の心配をする事無く、迎えられる今日は
何も無い明日に怯える事無く、迎えられる今日は
ほんの小さい頃には当たり前だったそれは
なんて素晴らしいんだろう

家族が居た頃
歌以外のものを信じられなかったあの頃
信じる人ができたあの頃
全てを失ったと思い込んでいた頃
ただ流れていた頃

私は一度羽ばたきあの大空を飛んで、落ちた
片翼を失ったと思ってた
でも
鳥でなくても、翼が無くても、生きていけた
歌手でなくても、プロデューサーが居なくても
全然大丈夫という事は無かったけど生きていけた
意外に人間はしぶとくて
図太くなんとかなってしまうものだって

日が傾き、夕焼けが窓から差し込み始めている
ちょっと物思いにふけってたと思ったらもうこんな時間
小さな鞄に最後の荷物であるハーモニカをしまう
悲しかった時に慰めてくれた私の相棒
できることなら、これからは楽しい曲を弾いてあげたい

何も無くなった部屋
ギィと軋むドア
別れを告げるつもりで振り向いたけれど
出てきた言葉はちょっと違った
多分、もうここに来る事は無いのだろうけれど

それでも



あの日々に



この部屋に



さよならを
言いたくなかった
だから


「またね」
って


笑った




仲直り (千早SS)

2008-03-23 19:56:55 | 千早4畳半(SS)
「うわぁぁぁぁん!」
高ぶった感情はなかなか収められない
そんな気もしない
プロデューサーの体は温かくて
私の冷えた体を癒してくれるみたいで
子供みたいにしがみ付いていた
手を離したら、消えてしまいそうで
もう離したくなくて、失いたくなくて
ギュッとギュッと強く強くしがみ付く
背中を向けたままだけど、なんとなくその表情はわかる
きっと困ってる、驚いてる

プロデューサーは私の正面に向きなおし
私の頭をその胸に優しく抱えてくれる
「千早…顔はあげないで」
「ヒック、ヒッ…」
「顔見ると…息、苦しくなってしまうかもしれない」
そうだ
私は…息は…
「…苦しいかい?そうだったらすぐ言って」
顔をうずめたまま首を横に振る
イヤイヤとしてる子供みたい
苦しいのは息なのか、胸なのか
自分でもわからない
顔を見ると
またプロデューサーが離れていってしまいそうで
それが凄く怖くて、上げられなかった

「ごめんな…ごめんな…千早」
抱きしめられた力が強まった
そこにいると言う安堵
なんて暖かいんだろう
私の頭にポツリポツリと何かが落ちる
顔は上げれないけれど、これは多分
泣いている
プロデューサーが子供みたいに泣いている
ううん、プロデューサー「も」

静かに二人で抱き合いながら
二人で泣きじゃくって
言葉になっていないような「ごめんなさい」をお互いに繰り返す
涙も出尽くしたと思うぐらい
言葉も枯れ果てると思うぐらい繰り返し
そして
泣き疲れるぐらい泣いた後
会話のための言葉が出た

「8年…ぐらいぶりでしょうか?」
「…そうだな」
落ち着いて会話ができるようになると
話したかった事がどんどん湧き上がってくる
「…本当はもう少し気の利いた謝り方を考えていたんですよ」
何度も頭の中で繰り返したプロデューサーとの仲直り
でも謝った後の事なんて考えもできなかった
そもそも成功した後の事なんて考えた事も無かったのだから
「プロデューサーが現れた時、全部飛んでってしまいました」
「もう一度最初からするかい?」
冗談めいた言い回し
「ふふっ…いいんです」
キュッと回す手に力を込める
「プロデューサーは昔のままですね」
「そうかい?」
優しい声
「ええ…昔のまま…暖かいです、とっても」
心の中までも暖めてくれるような、そんな人
だから私はこの人が好きだった
…ううん、多分今も…



しばらく抱きついていた私だったが
冷静になってくると
とんでもなく恥ずかしい事をしているような気がしてきた
顔が火照ってるのがわかる
たぶん真っ赤な顔してる
プロデューサーも気づいたのだろう
ソワソワが言葉に少し出ていた
「え、えっと…な、千早と仲直りできたら言おうと思っていたことがあるんだ」
「ふ、ふぁい!?」

…これは多分私の負け

















お久しぶりです
L4Uやらなんやかんやでずいぶん間が空いてしまいました
めんちゃい<これも理由の一つな気がする

予定では次で最終回
次回!
宇宙から現れた最強ユニット「銀河系最終暗黒帝王エンジェル」
イメージレベル80000、1アピ7000Pを叩き出すその力に全世界が恐怖する
果たして千早は勝利する事ができるのか!?
次回、千早四畳半!
「さらば!流行1.2位!だって絶対ジェノるもの!」
お楽しみに!!

嘘です

心に (千早SS)

2008-02-25 00:01:27 | 千早4畳半(SS)
振りぬいた手は目の前の男の人の頬をはたいた
乾いた音が雪に吸い込まれる
血の気が引いていく
息ができなくなる
私が叩いたのは…どこからか駆け出してきて、間に割り込んだ「あの人」だった
「あ、ああ…」
目の前の彼は私に背を向け記者に向き合う
「あんた…一体何を」
記者も驚いているのだろう
声が上ずっている
そのまま肩を掴み、私から少し離れていく二人
気にはなるけれど
息が苦しくて、状況が理解できない
なぜここにあの人がいて
それで私に頬をはたかれたのだろう?

「お帰りください」
言い放つ
目の前の男に、記者に
千早を傷つける男に
極めて事務的に、感情を出す事無く、機械的に
そうでなければ殴ってしまいそうだから
「あんた…如月千早の元プロデューサーか!」
ようやく気づいたか
「いつも取材のジャマしやがって…」
殺気だってる様子
確かに再三にわたる妨害工作を実行してきたのは俺だが
「余計な風評から守るのも仕事のうちでね」
「担当アイドルにはそうだろうが、なぜまだ如月千早を守る?引退した一般人だろ?」
つくづく身勝手な事を言う奴だ
そんな「一般人」を記事にしようとした奴の言える事かよ
「あんたみたいのがいなければ、彼女の周辺はもっと平穏なんだ」
グッと掴んだ肩に力を込める
「ぐっ!なにを…」
苦痛にゆがむ記者の顔
「だから…だから!そっとしておいてやってくれ!!」
記者は少し驚いたような顔をして、俺の手を肩から振り払う
そしてそのまま踵を返した
「いい年した男が泣くんじゃねぇよ、みっともねぇ…」
「あんた…」
「次はあんたも一緒に記事にしてやる、覚悟しとけ」
滲んで去っていく記者の背中を見て
俺は初めて自分が泣いていた事に気づいた

去っていく記者
あの人が守ってくれたんだ
また、今回も…
息苦しくて、涙目で、胸が詰まるようで
でも一歩、また一歩
あの背中に近づいていく
「ごめんな…」
背を向けたままあの人が私に語りかける
呼吸が苦しい、話したいことはたくさんあるのに声が出ない
なんで…なんで謝るの?
「苦しませてしまって…昔からダメだな俺は…」
ちがう、苦しめてしまったのは私のせい
「でも謝りたかったんだ、千早に、直に声をかけて謝りたかった」
私だって、私だってあなたに謝りたい
子供じみた我侭であなたを傷つけたのは私
「それじゃあ、元気でな」
背中を向けたまま行ってしまう
ダメ!このままじゃ、また!また!
顔を上げて駆けていた
あの人の背中に
飛び込む
そのまま腕を回し
抱きしめる
「ち、千早?」
振り絞るように勇気を出して
「ご、ごめんなさぁい!ごめんなさぁい!」
涙でグチャグチャな顔で声で私は…
8年ぶりに謝れた

苦しいけど、泣いてるけど
暖かくて

多分それは
ずっとずっと言いたかった言葉を
あの人に、プロデューサーに伝えられたから

傷跡 (千早SS)

2008-02-20 12:56:11 | 千早4畳半(SS)
「…憶測で物を話さないでください」
極力表情を殺す
無表情を偽る
涙も過去も全て覆い隠す
思い出したくも無いけど…親の前ではできたことじゃないか
「話してくれない以上、こちらは憶測でしゃべるしかないのですわ
人の心なんて読めませんからねぇ…」
わかってしているのだろうか
憎らしい笑顔
忘れかけていた嫌な感情がじわじわと染み出してくるよう
「弟を失い…家族はバラバラ…失意のうちに歌で全てを手に入れた」
「…!」
どこまで調べ上げているのだろう?
どこまで知ってるのだ?
迂闊にも崩してしまった表情を読んだのか
「かなりしつこく調べないとあなたの過去は調べられなかったんですよ
全く、現役引退した人間の事を今でもガードしているとは…いやはや765プロも義理堅い」
思い当たる事は昔からあった
私が逃げるように引退した時も報道されたのは引退の事実だけで
理由は力不足だったなどにされ細かいところは一切知らされていない
その頃自分の事などどうでもよかったし
世界に絶望していた時だったので、考えもしなかったが
「まあ、おかげで独占スクープですよ…この過去だけでも非常に記事にしがいがある」

なんなんだ、この男は
人の触れられたくないところに無理やり入ってきて
それをドロドロに汚していく
俯き、震えている私に気づいたのだろう
「いやあ…さらに逃げるように引退、理由が恋心なんて本当にドラマティックだ!」
声の躍動が道化師の様
こいつは絶対に笑っている
ニヤニヤと、
「…そんなことは…ありません…」
押さえ込むように声を出す
俯く瞳には涙がにじみ出てくる
でも、気づかれないように
歯を食いしばって
「しかし不幸な過去ですねぇ!どうです!本とか書いてみたら!」
「…」
「あなたを捨てた全ての人に復讐するつもりで!ははは!」
限界だ
私は顔を挙げ
激情のままに平手を振りかぶっていた

「なにもっ!なにも知らないくせにっ!」

雪の雫 (千早SS)

2008-02-03 22:20:31 | 千早4畳半(SS)
今年二度目の雪は
積もる事は無く、地面をグシャグシャにした
車や人に踏み荒らされた白い雪は
泥と混じり、色を変え、水になって消えた
雪は白く生まれその無垢な姿で地に降り立ち
汚され、そして消えていく

アパートへの帰り道
傘は少し水分の多めな雪を積もらせる事無く弾く
「積もりそうには無いわね」
そんな独り言を呟く先
私の部屋に続く
アパートの階段への道に一人の男が立っていた

「こんにちわ」
あまり良い第一印象ではない
ヨレヨレのコート、帽子、無精髭
傘も差さず立っている男
くわえてたタバコをそのまま吐き捨てるように
地面に捨てたのも原因だろうか
「寒いですねぇ…こんな日は外には出たくないもんですなぁ」
「はぁ…」
「帽子もこんな雪には役に立ちませんわ、もうすぐ雨になりますぜ」
曖昧に相槌を打つ
年は…35~40と言ったところだろうか
このだらしなさは年季が入ってると思う
しかし参った
どいてもらえないと私は部屋に帰れない
「あの…なにか御用でしょうか?」
「ははっ、いけませんね、年取ると前口上が長くなっちまって…いやはや」
自嘲気味に笑う男
少し…なぜだかその笑いにカチンと来る
「いえね…少しお話を聞きたくて」
「話?」
嫌な予感がした
「ねぇ?「元歌姫」如月千早さん?」

記者
独特の雰囲気はその職業のものだったのか
普段なら私は良くも悪くも引きこもりなので
無言で通り抜けたり、無視を決め込む
何もしゃべらない
ノーコメントは最強の自衛手段
教えてくれたのは彼だったか
すっと横を通り抜けようとする
「おっと」
記者は足を私の進行を妨げるように前に出す
「通してください」
「少しぐらいいいじゃないですか、インタビューさせてくださいよ」
遮る足を下ろす事無く、そのまま男は続けた
「歌姫如月千早、渡米後の失敗からの数年間…巻頭特集ですよ」
キッと睨み付ける
「そんな昔の事いまさら記事にしても面白くもなんともないでしょう?」
「いやはや…確かに時間がたちすぎてますからねぇ…」
男は口元をニヤリと引き上げる
「でもその理由…その理由と言う付加価値こそ、この記事を特集にするんですよ」
タバコに火をつけ、煙を吐く
…やはり不快だ
「今の私は単なる一般人です、面白い事なんて一つもありませんよ」
昼起きて自堕落な生活を送っているだけの今の私
派手な事も無くただひっそりと魚のように生きている
その水面に波紋が立つ事などあるはずがない

「いえね、結構波乱万丈じゃないですか」

そんなはずがない

「昔のあなた、特に引退直後のあなたの周辺」

知っているはずが無い

見上げるように私を覗き込む男の目は
どこまでも深い黒
何もかもを見通していると語っている様な深淵

「あなたのプロデューサーと…」

空に大きく煙を吐き出して
男は咥えタバコを地面に捨て、グシャグシャと踏み潰した

「あなたの事とか」

手が震えていたのは
寒さのせいだろうか
それとも


雪は雨に変わり
先に地に降りた雪を
グチャグチャに溶かしていた


日々を綴る (千早SS)

2008-01-31 01:12:15 | 千早4畳半(SS)
1月○日

あのダンスイベントを終え
私は新たな決意をした
まずはマラソン
数年前にできていたことができないというのは不安を煽る
1曲のダンスで気を失ってしまうとは
確かにストイックにトレーニングを積んでいた頃に比べて体力は無い
だが向上心まで失ってしまったわけではないのだ
…いや、過去のまま現状維持というか
別に昔以上になりたいわけじゃないんだけど
とりあえず目標はご近所一周から始めようと思う
時間は朝の6時から

決して昨日乗った体重計のせいではないと明記しておきたい
面白半分に乗った事に後悔しているわけではない
決して無い

そしてもう一つはこの日記帳だ
私はアイドルを引退してから日々を散漫と過ごしてきた
それ自体には後悔も疑念も無い
だがふとした時、過去を思い出しにくいのがこの生活なのだ
物は記憶の鍵
日記を付ければ1年前の私がなにをしていたのかもはっきりする
それは今日の私の役に立つはずだ

ちょうど商店街のおじさんに
町内会謹製のノートを貰ったのでこれを日記帳にしようと思い
ここに筆を取った

明日からは食事も記載していこうと思う

1月×日

朝は寒い
しかも今は冬だ
大事を取って昼ごろにマラソンをした
…実際にはウォーキングだった
しかたがない
急にフルスロットルで動き出しても体に悪い
徐々に慣らしていけばいいのだ
明日は朝の10時ぐらいにマラソンをしよう
寒いのでその後は外に出ず

朝食 無し
昼食 バナナ
夕食 ツナ缶、ご飯


1月△日

起きたら雪が降っていた
これではマラソンどころではない
寒すぎて布団から出られない
これは仕方がないだろう
この日記も布団で書いている

昼食兼夕食 お茶漬け(昨日のご飯とツナにお茶を注いだもの)

1月□日

マラソン ×

朝食 お茶
昼食 にしんそば(菜夢鼓亭)
夕食 カレー(自作)

1月▽日

朝食 カレー
昼食 カレー
夕食 カレー


「…こんなにつまらない日記初めて見たわ…」
「律子お待たせー…って人の日記を勝手に!」
お茶を運んでくる間に
律子はちゃぶ台に置いてあったノートを勝手に覗き込んでいる
「人の日記を盗み見るなんていい趣味じゃないわよ」
「そんなにいいもんじゃないでしょ、これ」
そういうとノートを開いてこちらに見せてくる
「特になに?この昨日の日記!キレンジャーの献立表じゃない!」
むむむ…反論できない…
「マラソンの表記まで無くなってるし!今日は走ったの?」
「…いえ」
下を向いて答える、私
ああ、律子がお説教モードだ…
「全く…意志薄弱になったものねぇ…」
少しむくれて反論してみる
「だって…日記なんて初めてなんだもの」
「えっ?子供の頃とか書いてなかったの?」
意外そうに返す律子
「家庭の事なんて残したくも無かったし…」
ちょっと気まずそうに律子は頭をかきながら
「あー、でもマラソンはいいわね、私も一緒に走ろうかしら」
「律子も?」
ああ、なるほどその理由は…
「即納得するほどの理由が私の体にあるのかしら?」
す、すごい威圧感
「特に脇のお肉にあるのかしら?あるのかしら?」
「は、走りましょう、律子、一緒に走りましょう」


こうして意志薄弱な私の日記には
マラソンした事が毎日かかれるようになった
まあ、それ以外は相変わらずご飯の事ぐらいしかないのだけれど






タイトルは初日に千早の考えた日記帳の名前です
この後、線を引かれ単なる日記帳となりますが
というわけでお久しぶりです
最近は色々発表されて火の車状態なのですよ(挨拶)
今日もまだ予約してないものをカートに入れたら20000円って…
…ううっ!
コミックの限定版もアニメイト特典とかあるみたいですし
踊らされてるなーとは思うのですが
せめてそれなら楽しく踊ってやろうと
楽しいしですし、実際

スタンプ帳をお部屋で紛失
ショックです、大ショック
絶対どこかにあるんでしょうけど
あ、多分同人誌の間だ…
すごい…大変です…



銀の輝きは時を経てなお (千早SS)

2008-01-13 23:18:07 | 千早4畳半(SS)
「ま、この世代のダンスに溢れてるのは情熱だからな」
「プロの目から見ればそうかもしれませんけどね」
腕組みしながら舞台を見ている男が二人
一人は青い帽子に青いパーカー、全身青と言っても間違いは無い
もう一人もラフな格好はしているが
青い男ほど軽率に写らないのは職業の違いだろうか
青い男の名は軽口
こう見えてダンス界ではけっこうな権威を持つのだ
普段はその権威的立場からオーディションの審査員を勤める事も多い
そしてもう一人は765プロのプロデューサーである

「しかしなんで君がこんな場所にいるのさ?」
軽口はいつもの軽い口調で語りかける
「うちの亜美真美に楽屋追い出されてしまいまして…」
「なんだい?喧嘩かよ?ダメだぜ、ダンスは本人のテンションが大事なんだからよ!」
「全くです、でも何か喧嘩するような事したつもりは無いんだけどなぁ」
頭をひねりながら考えるプロデューサーを見て軽口は思う
(これが敏腕プロデューサーなんだからわっかんねぇよなぁ…)
軽口の経験上、敏腕と付くプロデューサーに彼のようなタイプはいない
この一見普通の青年が数々のアイドルをプロデュースし
そして必ず一定以上の成功を収めている
これは業界内でも不思議がられていたのだ
実は中身はスゴイやり手なのではないか?
実はこれは影武者で伝説のプロデューサーが影に付いているのではないか?
そんな噂が流れたりもしたほどだ

「さって、そろそろ亜美真美ちゃんの番だな…ようやく集中して見れそうだぜ」
「今までも結構いい動きする子達いましたよ」
「青田刈りはプロダクションの人に任せるさ、
俺はある程度出来上がったダンスじゃないと楽しくねーんだ」
舞台にスモークが張られる
今までの演出とは明らかにレベルが違う
そこに観客はアマチュアへの応援から
プロへの期待感にスイッチを切り替える事ができる
それはもちろん舞台に慣れたこの二人とて例外ではない
「おお、結構やるなぁ、一瞬で空気が変わったぜ」
「律子か」
ポツリと呟いた言葉を軽口は聞き逃さなかった
「あんたの指示じゃないのか?」
「今回はノータッチでして、おそらく後輩の仕事です」
「層が厚いねぇ、765プロさんは」
カクテルライトがスモークを断ち切るように輝く
その輝きが映す
対称に静止するそのシルエットは2つ
だがそれは亜美と真美ではない
アイドルから演劇の道に進みその花を見事開花させた本格舞台女優
菊地真
そして見覚えは無い、だが存在感を感じさせる女性
揃いの衣装は二人に花を添える
まるで二人がデュオユニットであるかのごとく
やや低い女性の声がステージに響く
「relations!!!」

「き、菊地真~?ど、どーなってるんだ?聞いてないぜ?」
軽口は驚きを隠せない
学園祭という舞台に在学しているアイドルが参加するのはまだわかる
いや、双海姉妹レベルなら参加しなくても不思議ではないのだ
そこにゲストとして同ランク、いや、上のランクのアイドルを持ってくるとは
業界事情を知ってる人間ほど驚きは大きい
ある意味この場で一番驚いてるのは軽口かも知れなかった
「それに隣で踊ってるのは…新人か?」
この謎のダンサー
菊地真というダンスマスター合格者と並びメインとして踊っている
そのダンスは菊地真に全く見劣りする事は無い
「誰なんだ?おい、プロデューサー…」
興奮し語りかける軽口だったが
隣に立つプロデューサーの
立ち尽くし涙を一筋流している男にそれ以上話しかけなかった
不思議だったが
なぜかそれは無粋だと思ったのだ


(…千早が舞台に立っている)
それは自分が奪ってしまった彼女の大事な場所
再びそこに立つ彼女は
「ははっ、本当に…上げやがった…」
嬉しいのか、悲しいのかもうわからない
ただ涙が溢れてくる

(くっ!)
やはり体力的な差が辛い
現役に比べ、体は確実に衰えている
当時は難なくこなせたステップも、曲が進むにつれブレが出てくる
対正面になっている真の足を引っ張るわけには行かない
真と目が合う
「大丈夫?」
そう目で語りかけてきてくれる
だからこそ踏ん張らなくてはいけない
自分に合わせたダンスで、真のダンスのレベルを下げるわけにはいかない
そこに付いて行き、並ばなくてはならないのだ
気合を入れなおす
呼吸を正す
まだ、いける!

「凄いわね…本当にブランクあるの?」
律子は思わず口に出さずにはいられなかった
惚けた様に見守る亜美、真美、律子
3人は千早の底力に驚嘆していた
「レッスン中に細かいダンスは見せてくれたけど…」
「こんなに迫力無かったはずだよ…」
極端に本番に強いのか
見つめる先の千早の表情から律子は一つの発見をした
「そうか、あの子は…」
「何かわかったの?」
真美が律子を見上げ聞く
亜美はそのステップに合わせ小さく動いている
この子達も何か感じとっているのだろう
引退したはずのアイドルの舞台から
如月千早という伝説のアイドルから
「あの子、負けず嫌いなのよ」

(ここまで付いて来るなんて…)
真は驚いていた
千早は引退してから引きこもりみたいな生活をしてたって
そう律子に聞かされていた
だから少し手加減したというか合わせる位のダンスをするつもりだった
確かに全力じゃない
いや全力では踊れない
この曲の少々簡素な振り付けだとそうなってしまうのだ
これ以上力を込めてもバランスを崩す
この曲はダンスで魅せる曲じゃない
歌、そして表現力
それで魅せる曲なんだと以前プロデューサーに聞いたことがある
だから真は少しこの曲が苦手だった
なのに、目の前のブランク持ちなはずの元アイドルは
歌を歌っていない歌姫なのに
ダンスは苦手だと言っていたのに
なぜ、こうまで輝いている?

「…表現力ね」
軽口の後ろからポツリと聞こえた声
聞き覚えのある声に振り向く
「山崎…来てたのか」
「私は毎年仕事で、結構色々まわってるから」
山崎は軽口と共に数々のオーディション審査員をしている
担当は主としてビジュアル
山崎曰く
「ビジュアルは見た目だけじゃないの、表現力、これが一番大事」
ダンスも技術だけで図れるものではないし、歌もそうだろう
技術は最低限の必須技術
そこからの+αが山崎の言う「表現力」なのかもしれない
軽口は「情熱」も捨てがたいと思っていたが
「あの新人…じゃないわね、あの子は何?隠し玉?」
「いや、当のプロデューサーがこうだからよ、聞きにくくて」
頬の涙を拭う事もせず立ち尽くす男に二人は声をかけられなかった
「…訳有りなのかしらね」
「だろーな」
「でどう見てる?」
「ダンスの技術に関しては私に聞く事じゃないでしょ
でもあの子それだけじゃないわね」
「ああ、何か隠してる気はするんだよな」

息が続かない
やはり体力不足か
曲はもう既にラスト近い
徐々に上がる真のスピードに付いていけない
このままではラスト前に崩れてしまう
くっ!
足がもつれるのをなんとか堪える
ステージの上で
こんな風に真っ白に
なるなんて

なにも考えられなくなり
目の前が白く白く…なっていく


気づいた
その瞬間
叫んでいた
「頑張れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
いつか
思い出を投げかけた時のように
あの時よりずっとずっと離れているから
その分、それ以上に
千早に届くように
距離も心も離れてしまったけど
それでも届くように
全力で
叫んだ


真っ白な意識の中で
あの人の声が聞こえて
少しだけ色が戻って
曲はラストで
口が開いて
何回も、何十回も、何百回も、何千回も、何万回も
練習して、歌ったあのフレーズを
「あいしてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

歌声なのか叫びなのか
それはステージの中心から嵐のように渦を巻き
全てを飲み込んだ


「…如月千早だったわね」
「歌田か…お前もいたんだな」
「ええ…」
青と赤と黄
偶然か、必然か
この舞台にダンス、歌、表現の権威が揃った事になる
「山崎さん?どうしたの?」
黙り込んだ山崎に歌田は声をかけた
「いえね」
真剣な表情で山崎は言う
「見てみたいのよ、今の如月千早のステージを」
二人は顔を見合わせる
「そうだな…」
「私は彼女の歌が聞きたいわ」
少しむくれた様に歌田は言う
「だって殆ど歌ってないじゃない」
「ははっ、ちげーねぇ」
「けど現役の時よりも、表現力いいかも知れない」
ポツリと呟いた山崎の言葉に
二人の権威は共感せずにはいられなかった


医務室への廊下を
千早を抱えたプロデューサーがゆっくりと歩いていく
意識を失う瞬間に駆けつけた彼は
涙でくしゃくしゃな顔で千早を強く抱きしめた
抱きしめられた千早は
意識が無いはずの千早は
かすかに
でも確かに
律子には笑っているように見えた











長編です
ドラえもんで言うところの1時間スペシャルです
映画ほどのボリュームはありません
とにかく学園祭にケリをつけないとと思ってまして
考えるたびに流れが変わるので…
最初に考えてたオチと全然違うし
適当な構成術の自分の才能の無さに絶望した!
たまには長いのも書いてみたかったという言い訳とかどうだろう

アケマスは亜美真美やよいがS到達
3戦連続7万合格で調子にのってたら4戦目で死亡
ガッカリ…
まあ200万は確定です

さて嫁投票…たのしみだにゃー

an new year day (千早SS)

2008-01-03 00:07:20 | 千早4畳半(SS)
「こらぁ!」
バサッ!
天国が急に遠ざかっていく
ぬくもりは失せ代わりに絶望が襲い掛かってくるようだ
中途半端な覚醒
意識は急激な変化に対応できない
さっきまでの幸福は?
なぜ私は今不幸のど真ん中にいるの?
奪われるこのぬくもり、幸せから手を放すものか!
「いつまで寝てるの!布団離しなさい!」
「いーやー!」

…そう、なんだ
要するに律子によって起こされただけなんだけど
「寒い寒いー!」
「もうお昼なの!今日の最高気温ぐらいにはなってるのよ!」
きつい目をした律子が包まる布団を奪いに来る
さらに身を縮みこませそれに対応
「いーやー!そもそも何度なのよ?今日の最高気温?」
「7度かな」
「お話になりません」
そう言い放ち、さらに丸まりこんだ
「世間一般の方は気温0度でもちゃんと起きるのよ!」
「私は世捨て人だからいいのです」
何を言われてももう布団から出る気はない
家にはこれ以外の暖房器具はないのだから
あきらめたのか律子は布団を引っ張るのをやめた
「全く…ここ寒いからどっか一緒に行こうと思ってたのに」
「そういう日は家で寝てるのが一番よ」
「自堕落になったわねぇ…」
言葉遣いでわかる
今、律子は私のことを冷ややかな目で見ている
だが布団にすっぽり包まっていればそんな目は関係ないのだ
「なんとでも言いなさい…」
このぬくぬくに勝てるものなんてない
「暖かそうね、一人だけ」
とげのある言葉も布団には効きはしない
「体が冷たい人は言葉も冷たくなるのかしら」
と反撃すらできてしまうのだ
近づいてくる気配にまた布団をガシッと握り締める
しかし布団は剥がされる事は無かった
それ以上の恐怖が私を襲ったのだ
「ひゃぁぁぁぁぁ!!」
この女、冷たい足を布団の中に入れてきましたよ!

「冷たいっ!冷たいっ!」
「おーこりゃ暖かいわー、千早コタツね」
律子は足を布団の中に突っ込んで座ってきた
亀のように包まっていた私に向かってまっすぐに
確かにこの体勢
熱源が私の体というコタツと言えないことも無いけれど
「とりゃ、とりゃ」
「つめっ!いやっ!やめなさいっ!」
冷たい足で私の体を突き続けてくる
「この悪魔!」
「そのうち暖かくなるから大丈夫よ」
そんな事を言いい、ミカンを食べだす律子
本格的に私のことをコタツにしてしまった

ようやく暖かくなってきた頃
ポツリと律子が呟いた
「今日、お正月よ」
「へぇーお正月…」
ん?
お正月ってあのお正月?
新年ってやつですか?
「嘘よね?」
「残念ながら本当よ、ほら」
そういってTVを付けると
確かにそこにはおめでたそうな番組が
おめでたそうな曲を流し
おめでたそうな人達が
おめでたそうな事をしていた
まごう事無くお正月だという事実に愕然とする
「こ、こんな新年で…」
「いいのかしらと不安になるわね」
ミカンの皮をゴミ箱にフリースローしながら呟く律子
その皮は外れて床に落ちた




あけましておめでとうございます!
という事でちーちゃんのお正月
四畳半のお正月の過ごし方はこんなんです、多分
3が日明けた頃、小さい神社に初詣とか
コンビニでなぜか黒豆買ったり
あまり好きでもないのにね

年末から正月にかけてはなんか色々ありすぎて…
楽しかったとか言えません
アイマスに出会って本当によかったなぁと思ったり
来年もバシバシ行きますよぉー!
アイマス最高ー!
そして今年もよろしくお願いしまーす!

本番前 (千早SS)

2007-12-17 02:06:31 | 千早4畳半(SS)
「イヤホンマイクの音声はいつでもONにしておくわ、使いたくなったら使って頂戴」
「それだと息も入ってしまわない?」
「低レベルのノイズ扱いになるからそこは拾わないわ、安心して」
律子がそういうのだからそうなのだろう
「ウィッグはこれでいいの?」
「付けないでいっそ髪型変えてくれたほうがいいかもね」
屈伸をしながら質問の繰り返し
お互いに今出来る事、出来そうな事、無理な事
確認しながら最良の演出を探していく
「あなたがソロで歌った時のダンス、そのままでお願い」
「真美のパートね…アレンジは入ってなかったわね」
「ええ、真美はあなたの時のダンスそのままだったの、亜美がミラーでね」
どうりでアドバイスもしやすいはず
けど10年近くあのダンスに少しもアレンジが加えられてないというのも不思議な話だ
「完成してたからね、あのダンス」
私の考えを読み取ったのか律子は答える
「楽曲完成時に作られたダンスをプロデューサーがアレンジしたの」
「アレンジ?」
初めて聞いた
あの人が持ってきた時から振り付けは変わっていない筈
そしてあの楽曲を歌ったのは私が一番最初
つまり最初から振り付けはああだったはずなのだ
「知らなかったのね」
「習った時からあの振り付けだったもの」
「…言ってなかったんだ、まあプロデューサーらしいけど」
「どういうことなの?」
少し思案してから時間もないしまあいいかと律子は切り出した

「あの曲ね、本当はもっと複雑な振り付けのプロトタイプがあったのよ
プロデューサーはあなたのダンスマスター挑戦に合わせて
できたばかりのrelationsを手に入れてきたのだけれど
どう考えてもダンスが苦手なあなた向けの振り付けではなかった
だからプロデューサーは振付師の先生と相談して
少ない動きでダイナミックな動きを感じられる振り付けに大幅変更したの
結果的に見栄えも良くなったし、シンプルながらも大胆な振り付けになったわ
始めは難色を示していた振り付け師の先生も熱意に負けたみたいね
初お披露目となるアイドルがダンスが苦手なあなただとは思ってなかったみたいだけど
あの歌声には私の振り付けを変えてもいいぐらい魅力があるって納得してくれたって」

私は黙って聞いていた
黙るしかなかった
影でのあの人の努力
私のための努力、まだ隠していたんだ

「泣かないでね、本番前なんだから」
「ええ…」
頭をかきながら律子は少し困った顔をした
「言わないほうがよかったかしら…?」
「いいえ」
この場にいなくてもテンションを上げてくれるなんて…
あの人はやっぱり私の「プロデューサー」
静かに燃えてきた私を見て満足そうに頷く律子
今なら…大丈夫!

「そんなあなたに頼りになるパートナーを紹介するわ」
「パートナー?」
良く考えればよくわからない私だけでメインになる筈が無い
一応変装もする訳だし
今回のメイン亜美真美の代わりに入るのだから
「確かに私だけでは華が無いわね」
「あなたが「如月千早」として出てくれるなら十分なんだけどね」
「無理よ、私を見て喜ぶなんて「あの人は今」ぐらいだわ」
「本当に外の情報見てないのねぇ…」
少し呆れた表情で呟く律子
「まあ、いいわ、そのためのゲスト!カモーン!」
指を鳴らしドアを開けて入ってきて
そのまま勢いよく私に抱きついてきた
「千早ぁー!久しぶりー!」
「ま、真?」





だいぶ間が空いてしまいました
ごめんなさい
謝ってばかりな気もしますが
すこし身の回りが片付いてきたので
更新に取れる時間が増えるかも…ね?

アケの方は鈍ってきてます
ボーダーが読めない
4-4-4とか久々に取りました
おかげでランクAの亜美真美、やよいが敗北減退をがっつりと…
40週待たずS行けそうですが…きついなぁ
アケマスの弱点というかなんというか
精神的に本当にがっかりするんですよね
申し訳ない気持ちで一杯になる
だからこそやってもらいたいんですが
悔しい気持ちは絶対無駄にはなりません!
リセットで薄められる安心感も好きだけど
取り戻せないあの「申し訳なさ」味わってもらいたいです

そんなプロデューサーである自分も
ついにアクセコンプまで後1つ!
143の輝く数字がまぶしいぞ!
携帯のクリスマスプレゼントは全部持ってるから意味が無いぞ!
箱版のナイト帽子が欲しいぞ!
ナースキャップも出てないぞ!
衣装はコンプしたのに!なんでだ!?

与えられたもの、受け継いでいくもの (千早SS)

2007-11-15 00:30:01 | 千早4畳半(SS)
「あいたたた…」
「亜美!大丈夫!?」
「大丈夫だよ、千早おねえちゃ…痛っ!」
学園祭ステージ本番4時間前
ステージでのダンスの振り付けの最終確認ということで
私は練習のために借りているホールで亜美真美に付き合っていた
ダンスに関してはさほど得意ではないけれど
それでも過去にレッスンした曲のステップ
動きをみているだけでなんとなく意見も出せるもの
そんな事から2週間程前からダンスの批評をしてたのだけれど
「ごめんなさいね…私が急に変なアドバイスをしたから…」
「ううん!そんなこと無い!千早お姉ちゃんのアドバイスは正しかったもん!」
「亜美達ターンの速度とか考えてなかったし…」
「でも鏡のようなダンスだから合わせるだけでも難しいでしょう?そこに…」
「よいっ…いたっ!」
どうやら亜美は足を挫いてしまったようだ
この足でダンスなど躍らせられるはずがない
「ね、ステージは真美だけではダメなの?」
「なまじ双子だから一人だけだと演出的にも寂しくなるわね」
扉が開く音と共に突然飛び込む凛とした声
「律子!?」
「大丈夫?亜美?」
腫れた足を手に取り見つめる律子
「真美、冷やすものと包帯お願い、亜美、今日は歩いちゃダメよ」
「うん…」
「でもステージはどうしよう…真美達、実行委員兼参加者だったんだけど…」
今回のステージにおいて亜美と真美は一参加者ではない、メインだ
学生達のダンスやバンドのステージ
その中に現役アイドル、そして在校生としての亜美真美の1曲ライブ
学祭パンフレットにも大きく告知されている
「元々2人の息のあったダンスがメインの予定だったからねぇ…」
律子が眉を潜め呟いている
「まさかこんなアクシデントが本当に起こるなんて…あー」
「やっぱり亜美無理してでも出る…」
「ダメだよ!亜美は休んでなきゃ!真美が一人で出るから!」
叫びにも似た声に全員が沈黙する
どうすればいいのだろう?
こんな時…こんな時あの人ならどうする?
こんなアクシデントの時、慌てる私をあの人はどうやって安心させた?
思考を巡らせると答えは意外にもスッと出た
「…私が出る」
「千早お姉ちゃん…?」
あの人は自分にできる限りのことで場を収めてくれた
自分ができる最大限の事で
なら…
私は私にできることを最大限で行うだけ

「あなたがステージに立ってくれるなら知恵を出させて」
声の主は真剣な目をした律子
プロデューサーの目というやつだろうか
いつもと違う凛々しさを感じる
「まずはあなたが今できる事、できない事、全てのカードを出してもらうわ」
「全てを?」
「それを元に演出を変える、細かい調整と一緒にね」
「三時間半しかないのよ…」
不安が声に出てしまっただろうか、声のトーンは低くなってしまう
そんな私に律子は真剣な顔のまま
「やってみせるわ」
だけど少し笑いながらそんな頼もしいことを言ってくれた

そして
その目は困難に当たった時あの人が
私に向けた少し頼りない笑顔の目に似ていた


「千早お姉ちゃんと律っちゃん…」
「なんだろう?兄ちゃんみたいな気がするよ…」