Accumulation journalière

とある社会人の日常と夢への道のり。時々月に還ったうさぎ🐰のことも。※画像を使用する場合はひとことコメント下さい

覚悟するということ

2017年01月07日 21時46分16秒 | 日記
この前(と言っても数日前)、会社から帰って来ると、
祖母に「ちょっと、ちょっと」と言われ、耳を貸しました。
聞くと、「お父さんがね……、」と神妙な顔して言うので、
焦って「え?なん!?なん!?」と妙にドキドキして先を急かしました。
真っ先に思い浮かんだのは、父が警察沙汰に巻き込まれた、
まさか犯罪を犯したのか!?ということでした。
父に限ってそれはない、と信じたい、だから早く続きを聞かせてくれ…!と思いました。

すると、話の内容は父に関してではなく、母についてのことでした。
父の潔白を安心したのも束の間、
聞けばここ数日で母の容体が悪くなったとのこと。
以前もそんなこと言って大したことなかったやん、と言ったのですが、
今回は母方の祖母と叔父にも連絡したそうで。
これは本当に危ないかもと思いました。

今日聞けば、父は会社にも連絡したそうで、
私にも会社に一応言っておけと言われました。


会社の人や友人には殆ど話したことはなかったのですが、
私の母は持病があり、家で寝たきりの状態です。
母の事を聞かれても、お茶を濁してきました。
哀れまれるのが嫌だったからです。

寝たきりとはいえ、隙あらばベッドから転がり落ちて
雑誌を読んでいたり、冷蔵庫の食べ物を漁って食べていたりしたので、
私はあまり病人という目では見ていませんでした。
寝たきりだとしても、普通の人と感じること、見聞きすることは変わらないし、
ここまでゴロゴロ動いていれば、いやでも病人扱いできませんでした。

しかし、正直、放置していたところはあります。
主な介護は父に任せ、その他の世話は訪問看護の看護師さんや
リハビリの先生、ヘルパーさんに任せていました。
そういう方たちが毎日ひっきりなしにやって来るので、
私に出来ることはほぼありませんでした。
出来る事はないけど、話しかけることくらいは出来たはずなのに、
私はいつからか、それをしなくなりました。

多分、話しかけても何の反応も得られなくなった頃からかと。
それと、やはり身近にいるからかなと思います。
病院に入院していた頃は結構話しかけてたと思うんですが、
家にいると毎日顔を合わせるわけですから、わざわざ話しかける必要もなくなったのかと。

私に母のためにできることは、ただ家の掃除とごみ出しくらいでした。
あとは全部、他人任せにしていました。
だから、母方の祖母に「お母さんをよろしくね。お母さんは病気やけん、助けてやってね」と言われる度に
心苦しく思っていました。

こういう時にならないと、人は人のことを気にかけないんですね。
こうなる前より、今の方が母のことを気にかけているような気がします。

父には遅かれ早かれ、必要になるから、礼服を買ってこいとも言われました。
何買ったらいいか分からないので、とりあえず青山で一式買ってこようと思います。
明日からは、母のいる隣の部屋で寝起きし、何かあれば看護師さんに電話しろと言われました。

父の手際の良さには驚きました。
こういう事態はずっと先のことだと思っていたのですが、
父が落ち着いているお陰か、私も一応の覚悟は出来ました。

これから数か月はちょっと落ち着かない日々となりそうです。
コメント
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