空(hanul 하늘)風(palam 바람)湖水(hosu 호수)2……青空を吹きぬける風が、湖水にさざ波をたてる。

私たちの暮らしは、美しい自然と共生をとりたい物です。そんな日々の暮らしで、感じたことを綴ります。

大阪ぐらし

2024-07-28 05:55:02 | 日記

フランク永井さんの曲で、「大阪ぐらし」。

むかしむかしABCラジオが作ったホームソングです。

『赤い夕映え通天閣も

 染めて燃えてる

 夕陽ヶ丘よ

 

 娘なりゃこそ

 意地かけまする

 花も茜の夾竹桃

時々歌ってみたくなる、古き大阪の歌です。

 

 

【子規365日】■7月28

議事堂や出口出口の青簾(あおすだれ)     1894(M27)年

夏井いつき【子規365日】朝日文庫

《青簾》の俳句

軒や縁先に、或は障子・唐紙代りに鴨居に吊る。夏日を防ぎ、人目を遮り、間仕切りになる。

・青簾走れる綾(あや)の戻りけり     竜 史

・青簾かけて屋島は絵となりぬ     吐 雨

・簾捲(ま)くいまももいろの桜島     雨 石

横田正知編「写真 俳句歳時記 夏」現代教養文庫 より

 

 

 

お説教から (谷口璽照)

 フランク永井には「こいさんのラブコール」という歌があります。
 ここに、泣いている小母ちゃんがいる。〽なんで泣きはる泣いてはる‥‥
「小母ちゃん、どうして泣いている? 阿弥陀さまの本願を危ないと思ってか」
「いいえ、そのようなこと誰が思いましょうか」
「そんなら、如来さまのお慈悲は嘘じゃなかろうかと思ってか」
「滅相もない」
「それなら、なぜ泣いている?」
「はい。本願は結構でございます、お慈悲も忝のうございますが、いつも御化導に〝たのめ〟との仰せですが、どうも〝たのまれん〟ので困ります」
この「たのむ」というのが、地獄と浄土の分れ道、迷いと證(さと)りの追分け道。弥陀をたのむ者は浄土に往生する、そんなことは御門徒なら誰でも知っている。知ってはいても、幾つになってもその味わいがわからないのが、この「たのむ」ということ。弥陀をたのむと口では言うが、未熟な我が心を頼みにしているものです。》

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お説教から (谷口璽照)
2024-07-28 12:47:22
 フランク永井には「こいさんのラブコール」という歌があります。
 ここに、泣いている小母ちゃんがいる。〽なんで泣きはる泣いてはる‥‥
「小母ちゃん、どうして泣いている? 阿弥陀さまの本願を危ないと思ってか」
「いいえ、そのようなこと誰が思いましょうか」
「そんなら、如来さまのお慈悲は嘘じゃなかろうかと思ってか」
「滅相もない」
「それなら、なぜ泣いている?」
「はい。本願は結構でございます、お慈悲も忝のうございますが、いつも御化導に〝たのめ〟との仰せですが、どうも〝たのまれん〟ので困ります」
この「たのむ」というのが、地獄と浄土の分れ道、迷いと證(さと)りの追分け道。弥陀をたのむ者は浄土に往生する、そんなことは御門徒なら誰でも知っている。知ってはいても、幾つになってもその味わいがわからないのが、この「たのむ」ということ。弥陀をたのむと口では言うが、未熟な我が心を頼みにしているものです。
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