石丸日記

反原発運動半世紀
バックは福島第一原発事故を伝える福島民報2011年3月13日号

何を伝えたいの? 疑問だらけの伝承館 No228号

2020-12-26 19:34:47 | 脱原発情報

【資料1】50数億円をかけた立派な伝承館だが・・・

  伝承館は到着早々に「語り部口演」を聞くことになった。.
前半は紙芝居形式で地震発生から被災、復興に向けた「菜の花プロジェクト」の取り組みまでの語り。その後語り部の実体験が話された。
 しかし、何故か心に響かない。もっと本人が被災してここまで生きてきた経験を聞きたかった。他の展示物は最新の大型ディスプレイ機器で見事に表現されている。が、映し出された映像からは被災者の苦しい心まで感じられなかったのは私だけだろうか。
 脱原発情報は228号を数える。福島原発が産声をあげたころから発行している。 その長い歴史を振り返ると貧しい双葉地方の希望の光として輝く原発と、その運転とともに数多く発生した機器トラブル、被ばく事故、さらにその隠ぺいがある。
 原発中枢の圧力容器すら配管溶接個所のひび割れや燃料棒の切断事故など重大事故を幾度となく起こした。その修理やメンテナンス作業によって労働者・技術者が被ばく、白血病やガンで死亡したことが書かれている。
 この度の大災害は震災がきっかけとなったが、その予兆は原発の操業時から始まっていた。ブラックアウトを回避出来たはずのディーゼル発電機は大事故前にも故障し高台への移転が検討された事さえあった。国会でも取り上げられたのにそこまで対策していては原子力産業は成り立たないと切り捨てた。政府は我々の命より原発を選んだのだ。
 アメリカのスリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故の時は見直すチャンスだったが、なにも学ばなかった。この時の選挙では推進派が票を増やした。今の生活のため将来の危険を飲み込んだのだ。

 

【資料2】過去の誤りと看板の保存を訴え続ける大沼さん

 (資料2)旧双葉町の玄関口には「原子力明るい未来のエネルギー」と書いた大きな看板があった。この看板は町が老朽化を理由に撤去し今は町の倉庫に眠っている。標語発案者の大沼さんは伝承館に展示するよう要請したのだが大き過ぎるからと断られた。伝承館の入り口にこの看板が掲示されていたらどんなにインパクトがあったろう。住民の期待と生活と破滅の歴史が詰まっているからだ。放射能に汚染され錆付き朽ち果てようとしている看板だ!家だ!街並みだ!避難バスで人間の尊厳も看取りもなく死んでいった犠牲者だ。
 伝承館の違和感・・・地獄の底に落とされた悲しみもない、怒り、憎しみもない、反省もない。伝承館は未来に何を伝えるのだろう。 (斉藤)

 

脱原発情報 No228号 PDF版はこちら

P2~4 徹底的に見捨てられた初期被ばく
    ~新しいステージに入ったか小児甲状腺がん~

P5   東電交渉 再開57回目
    再三再四にわたり海洋投棄止めよと要求!

P6   滋賀県に自主避難9年目
    青田さん 自作の布絵と詩に込められた思いを・・・!