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主婦バスガイド花子でございます!

主婦、保育士、着付け教授、バスガイドと、只今人生進行中の花子のdiary

秋の道南北部・紅葉と新たな観光の魅力をめぐる旅!長万部町の朝

2012年11月12日 | 渡島総合振興局
2日目

長万部町(おしゃまんべ)の朝です

なんと・・・
早朝6時に宿の玄関前集合!

朝釣り」に出かけました!

今まで、氷に穴を開けてのワカサギ釣り、船釣りはやってみたことはありますが・・・
自分でサオを投げ入れる釣りは初めてです

初心者でも大丈夫!
道具やエサの準備、サオの投げ方、糸の巻き上げ方・・・
ちゃんと、釣りのスペシャリストが指導してくれるのです!


なのに・・・
エサをつける時も「せんせ~い!」
サオを投げ入れる時も「せんせ~い!」


ワタシはただ・・・釣りザオを持つ係alien
それでもちゃんと釣れましたよ!

カレイを3枚も!
1枚、大物を逃してしまったんです・・・くやし~~



みんなで手に入れた戦利品?
カレイとアブラコです




波一つない、実に良い天気でした!


有珠山もウインザーホテルもバッチリ見えてます!




用意してくださった温かいコーヒーで一息も二息も付き、宿へ戻ります





途中、「北斗」が!
乗りた~~い!


そして高台には、東京理科大学長万部校


宿の玄関にはポスターが・・・
おっしゃ!みんな集まんべ!!
東京理科大学長万部校 キャンパス祭!


長万部町の地名は、町の北東にある「シャマンベヌプリ」という山
この山にまつわる伝説・・・(続きは観光バス車内でお聞き下さい)
「シャマンベ」とはアイヌ語で「ヒラメ」のこと

長万部の海では、ヒラメをはじめ十数種類のカレイが獲れるので町の名前も「オシャマンベ」

朝風呂」を楽しんだあとは「朝ごはん」です

(朝から贅沢、八雲町で作った”イクラごはん”。そして”カレイの塩焼き”)



そして「朝のお散歩

温泉街をぶらぶら
小さな温泉宿が密集しています


気になったお店「真空館 オーディオ音道場」笑


得意のマンホールアート!


お世話になった「丸金旅館」のご主人と女将さん
バスが見えなくなるまでお見送りです!


これに「朝寝」「朝酒」があったら・・・まるで小原庄助さん!笑


cherryおまけ
この日の朝刊に、前日の八雲町での様子が紹介されていました
(北海道新聞道南・函館版)?


cherryおまけのおまけ
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秋の道南北部・紅葉と新たな観光の魅力をめぐる旅!八雲町@サケ

2012年11月10日 | 渡島総合振興局
さて、パノラマパークで八雲町のかぁさんの味を楽しんだワタシ達は、午後から公民館へ移動し「イクラ作り体験」に挑戦しました!

秋の味覚にサケはサケて通れませんからね。汗

役場に入ってすぐ、気になった「石炭庫」の看板
皆さん、部屋の中をのぞいていましたよ。
石炭は入っていませんでした。



そんなことよりサケですね!

まずは漁業士(浜のエキスパート)である落部漁港・沢田さんに八雲町のサケについてじっくり語っていただきます。
八雲町で獲れるサケのイクラは粒が大きいのが自慢です!

イクラ作りのプロであり主婦・人生の先輩である水口さんが早速イクラをばらします。


慣れた手つきで早い!早い!
ギャラリーは写真を撮るのに必死です!笑(←ワタシも)


100均で売ってる「網」を使うと便利です!
そして、少し目の荒いザルで何度かすすぎながらゴミを払うのです。

この時、真水だと皮がブツブツと硬くなるので塩水ですすぎます(イクラが塩分を吸い込んじゃうので素早くね)


しばらくザルにあげ、水気を切ったらいよいよ味付けです


今は便利な調味液が売っていますが、それぞれの家庭の味があるでしょう!
我が家はしょうゆと酒のみ
醤油と酒を同量入れていました・・・
そう発言したら、皆さん、驚いていました・・・

醤油3に対して、酒1で良いそうです・・・
そういえば・・・イクラを食べた直後からロレツが回っていなかったよーな・・・

そうそう、昆布醤油は塩分が少ないので大豆醤油が適しているそうです。

ちょちょっとかきまぜて、冷蔵庫で50分保存すれば完成です!(ワタシは丸一日置いてから食べてました)


「ん~~~、やっぱり作るの面倒だわ」という方はコチラの購入をお勧めします
「こだわり醤油いくら」


どんな風にこだわっているのかと申しますと・・・
1、北海道八雲町噴火湾産の大粒イクラ使用
2、鮭を水揚げした日に加工

漁の時期が決まってるので販売期間はせいぜい半年(デパートでは札幌の丸井さんのみ取り扱い)
万人向けには作れないという、こだわりの醤油いくらです


しかも、箱には葵の御紋と「尾張徳川家献上」って書いてあるではないですか!

そうなんです
ここ、八雲町は明治11年に、旧尾張藩主徳川慶勝が家臣とともに移住した地。
八雲町という町名も、故郷の熱田神宮にゆかりのスサノオノ命が「古事記」の中で読んだ歌「八雲立つ 出雲八重垣 つまごみに 八重垣つくる その八重垣を」からとって八雲町!
アイヌ語ではなく、町内には「熱田」という町の名もあります

なので、もう一度箱をよーく見てください!
「八雲立つ~」の歌がプリントされています!

その他、我が国最北の関所があったり、松浦武四郎の稲荷神社があったりとまだまだ紹介しきれない魅力がたくさんある町なんですよ

ふむふむ・・・
水口さんの素晴らしい手つきに惚れ惚れしていたら・・・

「では、どうぞ次は実際に体験してみてください」って
皆さんの視線が・・・なぜかワタシに・・・

はい
させていただきましたよ!
村澤編集長と一緒にね!

皆さん、不安そーな目で覗き込んでいたのは・・・気のせいですよね!?

ぁ・・・やっぱり、水口さんの指導が入ってますね。汗
村澤編集長さんも・・・真剣です!


完成したイクラは、タッパに入れて持たせてくれました。
そして、翌日からごはんの度に白いごはんにのっけていただくのでした!

イクラとタラコのスペシャルコラボ!


にしても、今年は生のイクラが高くてまだ手を出せないでいます。
ワタシばかり良い思いしてないで、そろそろ我が家の男子にも食べさせてあげないと冬が来ちゃいますね。


そうそう、特別に「ホタテの貝はずし」も体験!


はずしたそばから、貝柱を口の中へポンポン!
そんな特典付ですから、皆さん手際がいいです!



わが国屈指のホタテ養殖の地、八雲町!
うんまい!



うんまい!うんまい!
ごちそうさまでした




cherryおまけ
八雲町は明治の末からじゃがいもの栽培が盛んに行われてきましたが、大正時代に澱粉の値段の暴落にあい、いち早く酪農に切り替えた酪農発祥地(江別市も)でもあります。

なので「バター飴」の発祥地でもあるのです!
1931年に榊原安茂さんが作ったのがはじまりです。
減量原料はバター、グラニュー糖、水あめのみ。
昔ながらの製造方法に従い作られたバター飴は、実にシンプルな味わい
サックサクの歯ざわりは病みつきになりそうなオイシサです。


cherryおまけのおまけ
ぐうたび北海道「主婦バスガイド花子でございました!」も更新しました

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秋の道南北部・紅葉と新たな観光の魅力をめぐる旅!八雲町@クマ

2012年11月09日 | 渡島総合振興局
お久しぶりでございます。

今年もなんとか、半年間のバスガイド契約社員の期間を全うし、晴れて専業主婦になれたワタシです。
人生の半分は多分・・・旅に出ているワタシ
しばらく更新が怠っていましたが、仕事でもプライベートでも旅を楽しんでいました!

前置きはこれくらいにしてと・・・


ぐうたび北海道編集長の村澤規子さんに誘われ参加した『秋の道南北部・紅葉と新たな観光の魅力をめぐる旅』の様子を少しずつ紹介しますclapclapclap

北海道新幹線の「新函館駅」(仮称)開業に向けて、渡島・檜山北部と後志南部8町村の隠れた魅力を発掘する旅です!

ぐ~~~~なたび!”ぐうたび北海道”を満喫してきました!



1日目
札幌市内中心部を早朝に出発!

ひたすら高速道路を走り、向かった先は『八雲町』”パノラマパーク”です


ちょうど昼頃に到着し、腹ペコ状態のワタシ達一行は
噴火湾(内浦湾)が見渡せる公園の一角で、八雲のかぁさんの味を堪能しました。

まずは食前酒の地酒『今宵 八雲』で”かんぱ~い!”
すっごく飲み易いお酒なんですが・・・
飲みすぎには要注意!

もう少し飲みたい気持ちをグッと抑えて、ごはんをもりもり食べます。



このおにぎり・・・
最高に美味しかった!
まさしく「かぁさんの味」です

・風の子もち米おこわ(竹の子・わらび・ホタテ)
・五目飯(ホタテ・ニンジン・竹の子・舞茸・油あげ)


メインは山菜とホタテ!
八雲町は北海道で唯一、日本海と太平洋の二つの海を持つ町
噴火湾は一時、ホタテの養殖日本一になったこともあるんですよ!
二つの海をつなぐ山間では季節の山菜やきのこがわんさか!

「竹の子と鶏肉と油あげの煮物」も、毎日食べたいおふくろの味です。

思わず「かぁさ~~~ん!」って叫びたくなる!
そんな懐かしくホッとする味なんです。




「この燻製を食べてみてください」
「さて、なんの肉でしょうか?」

どーーん!


一瞬、鹿だったらど~しよう(←鹿、苦手です)って思ったんですが・・・
折角なので、良く火の通った端っこをいただいてみました(恐る恐る)

あれ???
おいしい???

臭みが全く無く、かなりおいしい!!

え?え?と思いながら、どんどん食べ続けます

すると、どこからともなく「これは熊です

えーーーーーーーーっ!!!

クマ・・・美味~~い!
でも、それを聞いた瞬間・・・箸がピタッと止まりましたとさ。笑


今回、ごちそうを作ってくださった「八雲町のかぁさん’s」の皆さんです。
ごちそうさまでした!ありがとうございました!


そしてもう一つ!八雲町といえば・・・

「もらって一番ありがたくない北海道土産」の輝ける第1位kirakira?に選ばれてしまった”木彫り熊”の発祥地なんですalien

そこで、予定には無かったのですが・・・
「八雲町郷土資料館」内に今年の4月に開設された「木彫り熊展示室」を見学させて頂けることになりました。


熊の木彫りがお出迎え!

ん~、確かにこんな大きな木彫り
もらっても困るなぁ~
ワタシ以上に存在感あるし・・・汗


八雲町は北海道酪農発祥地としても知られていますが、大正年間、ここの徳川農場主である徳川義親が大正時代にスイスを訪れた際、農民が作っている熊の彫刻を見て掘り方を教え、農閑期の副業にすすめたのが始まり。

熊ならいっつも見てるから、すぐ掘れるべさ」ってな訳ですよ。

第1号の木彫り熊がありました!
ずっと見たいと思っていたもので、今回念願がかないました!
手のひらに乗る小さなもので、鮭はくわえていません。
(展示室の撮影はNGでした)


そうそう・・・
お土産に「熊木彫りせんべい」はいかがですか?

おせんべいなら・・・もらったらありがたいかも??


cherryおまけ
ぐうたび北海道「主婦バスガイド花子でございました!」更新しました(同じ内容ですが)alien

cherryちょっとPR
旅友?である作家の千石涼太郎先生の新刊『北海道はじめて物語』北の大地の発祥と起源なんだわ!! 好評発売中!


さて、八雲町木彫り熊発祥地については掲載されているのか???
本を手に取り、クマ(熊)なく探してみてね!汗

新刊発売を記念して
千石涼太郎先生サイン会&トークショーがあります!(←詳しくはこちらから)
■日時:11月23日(金・祝)14:00~
■場所:札幌三省堂

ぜひ、お出かけください!

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館城跡

2011年08月24日 | 渡島総合振興局
朝食は、朝イカのお造りが甘くて美味しかったです。

旅行の時は、朝食・夕食ともにバイキング料理の宿に宿泊することが多い我が家ですが・・・
「食事は部屋食がくつろげて、移動の手間もはぶけて良いね」と3人の意見が一致する。

朝風呂にも入り9時半頃、宿を出発!
旅行2日目は、タロの希望で「江差」を観光します。

道は私・・・
ぜんぜん詳しくありませんので(かなりの方向音痴です)
一番わかりやすい函館新道を通り、中山峠を越えます。

峠を上り「鶉」という町に入ったとき
「あ・・・そういえば、この辺にも碧血碑」があるんだよねー
と、つぶやいたら・・・
「止まるかい?」とタロ・・・

私の勉強にとても協力的です(涙)

で、止まってくれました。



箱館戦争の激戦地も・・・
今はダムの底です


周囲は断崖絶壁、その峡谷に山道と鶉川の急流があったため松前軍の重要な砦となり、箱館戦争の際は戦場となった場所。

松前軍はここに木の柵を構えて関門を設け、100余名の兵を配置し、大きな丸太を吊り、綱を切ると落下する仕掛けにして、4門の砲座や胸壁も作りました。
しかし、明治元年(1868)11月12日の戦いで、幕府脱走軍200余名の兵は、正面突破隊と左右の山をよじ登った隊に分かれて山頂から塞門を真下に銃撃する奇襲作戦を取ったため、不意をつかれた松前軍は4時間あまりに渡って奮戦するものの、あえなく敗北。この敗戦が館城の運命を決定的なものにしたと言われています。

福山城(松前城)陥落史には、最も熾烈を極めた激戦地はこの地と記されており、大正8年には有志によって碧血碑が建立されています。
(看板案内文より抜粋)

ほんとは「鷹の落とし場」とか「二股古戦場」とか・・・
まだまだ確認したいものがありましたが・・・

どの位置に見えてくるのか?しょっちゅう行くルートではないので大まかな場所しか分からず・・・
「あった!」と、気が付いたときには通過~~~
車は急に止まれないということでスルーでした。


でも「館城跡」は行ってみたかった~
独り言で、ぶつぶつつぶやいていたら
「じゃー、ちょっと寄ってみるかい?」とタロ
ありがとうございます!

こんな立派な門構え


榎本武揚率いる幕府脱走軍がエゾ地に向かい松前城へ攻撃することを考え、松前藩は急いで館に移りました。
ここは、海岸から遠く敵を防ぐのに最良の土地。
住民を動員して突貫工事を(50日)行い、藩主徳広以下一族の引越しが完了。
ところが、予想以上に脱走軍の進撃は早く、たちまち五稜郭を占領、11月5日には松前城も攻め落とされ、館城に引越し間もない藩主一行は熊石に退き、津軽の逃れましたが・・・藩主徳広はその後、まもなく25歳で亡くなったそうです。





現在も、土台石や土塁、お堀、井戸、便所跡が残っています


また、当時米蔵があったところを掘ると、黒い炭になった焼けたお米が出てくるということで・・・
展示してありました。
また、この日も遺跡の発掘も行われていました。


あ!お城も建っていましたよ(笑)
春は桜が、きれいな公園です!


cherryおまけ
この戦いで「エゾの弁慶」といわれた三上超順
松前法華寺のお坊さんでしたが、腕力が強く、武芸に優れていたところから藩主徳広に認められ、その親衛隊である「正義隊」の隊長になった人物。

丸坊主頭で陣羽織をまとい、左手にまな板を持ってピストルの弾を防ぎ、右手の大刀をふるって戦ったそうです。



相撲好きの田舎力士、山田某が館城跡の中を通る旧道沿いに見事な球形をした大石を発見し自宅に持ち帰って毎日のようにこの石で力試しをしていました。ところが、そのうちに奥さんが病気になってしまったのです。
すると、「拾った石は館城で戦死した三上超順の力試しの石だから、元に戻した方がよい」とある人から言われたため、厚沢部町館地区にある正定寺の境内に安置しました。
その後、彼の妻は元気を取り戻しました。

昭和43年10月、館城跡100年を記念して、正定寺境内から館城跡にこの石を移し、碑を建てて保存したそうです。

cherrycherryおまけのおまけ
元の小学校跡地が公園になっていました。
しばら~く、ブランコで遊ぶSYU・・・





榎本武揚上陸の地

2011年08月22日 | 渡島総合振興局
2泊3日で「函館」へ家族旅行に出掛けました。
週間天気では雨の予報でしたが・・・
こんな青空に~

高速道路の八雲ハイウェイオアシスで休憩
「ハーベスター八雲」でランチです。


すごーーく、混んでいたので「お持ち帰り」でピザとフライドチキンを注文
屋外で食べました。
なかなかボリュームがあり・・・
食べきれませんでした・・・



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道央自動車道の終点「落部」で降りて国道に合流です。

やがて「森町」に入り・・・
前から気になっていた鷲の木村の「榎本武揚上陸の地」を歩いてみることに・・・


鷲の木稲荷神社の裏にある、急な階段を下っていきます。

一つだけ、ポツンと石碑が建っていました。


本当は、海岸へ出てみたかったのですが・・・
鉄道線路を渡らなければなりません・・・



残念ですが、あきらめました。


明治元年10月20日、榎本武揚率いる徳川幕府脱走軍の軍艦開陽丸など7艦が初めて北海道に着いた港
榎本武揚の他、松平太郎、大鳥圭介、土方歳三など2000人以上の陸軍兵士が上陸。
明治2年5月、箱館戦争が終わるまで負傷者や病人の療養地になったのが森町。

今は「駅弁いかめし」で、全国区で有名な町・・・


お社の近くには「箱館戦争戦没者慰霊碑」もありました。





私は、どちらかというと歴史は苦手(学生時代、ぜんぜん勉強してこなかった)
でも、夫も息子も歴史好き!

今回の3日間は「箱館戦争」の歴史を学ぶ旅のような内容になってしまったけれど・・・
私以上に、男子2人が楽しんでいたようでホッとしました。