「雨など降るもをかしって言うけど、まあ納得だな。月明かりは消えちまうけど、夏の夜に降る雨には趣がある。そう思わねぇか?悠理」
「何だよソレ」
「何だよソレって・・・だから、枕草子だよ」
「美味いのか?」
「バ~カ!枕草子は食いモンじゃねえっての」
そう言いながら魅録は、前回に引き続き今回もあたしの頭を小突いた。
バカはどっちだっての。
あたしだって、枕草子くらい知ってるわい。
わざと知らないフリしてるだけだぞ!?
だってさ、もしあたしが「枕草子くらい知ってるわい」って言ったら、「何で知ってんだよ」って絶対聞いてくるだろ?
そうしたら、あたしは誤魔化しきれない。
大好きな魅録が読んでたから、あたしも必死になって読んだんだって事を。
だから言わないんだ。
「月が輝く満月だろうと、月が出ない新月だろうと、ホタルが飛んでる光景はいいよな」
「・・・まあな」
「でもさ、やっぱり夏は闇夜にザッと降る雨が、一番情緒あるよな。そう思わねぇ?悠理」
「・・・あ、うん」
ザッと降る雨なら・・・な。
けどさ、今現在降ってる雨は、ザッとじゃなくてザーザー降りじゃん。
下手したら、ドシャ降りってヤツ!?
こんなに激しい雨だと、情緒どころか道路が冠水しちまうんじゃないかって心配になるわ。
何か魅録ってさ、頭イイくせにちょっとズレてるよな。感性が。
よくそんなんで、枕草子の世界に浸れるよなあ。
不思議で仕方ねぇわ。
「少しは元気でたか?」
「へっ?」
「元気ないっつーか、大人しいっつーか、しおらしくなったっつーか。兎に角さ、らしくねぇじゃん」
「・・・らしくない?」
「ああ」
「何だよそれ。魅録に分かんのかよ!?あたしらしさってのがさ」
あたしらしくないって何!?
あたしらしさって何!?
下品でガサツで無神経で食事マナーもなっちゃいないのが、あたしらしいとでも言うのか?
そんなあたしが恋してちゃ、らしくないってか。ちゃんちゃらオカシイってか。
恋する乙女状態になってるあたしが、滑稽ってか。
どうなんだよ!?魅録さんよ。
と、心の中でやさぐれてるあたしを知ってか知らずか、魅録は闇夜に降る雨を見つめながら言葉を紡いだ。
「天の川のようなキラキラした笑顔で、美味いモンたらふく食って、些細な出来事でも楽しそうに話しくれて、幸せそうな寝顔を俺に見せてくれる。それが俺にとっての悠理らしさだ」
「なっ!?」
「胸の内に何かを秘め、一人悩んで、人に気付かれない様に溜息を吐いて、無理して作り笑いを浮かべる。それが俺にとっての、らしくない悠理だ」
「・・・」
「俺には話せないのか?」
「・・・」
「お前にとって、俺はそんなにちっぽけな男なのか?頼り甲斐のない男か?信用に値しない男か?」
「違う!魅録はそんな男じゃない。誰よりも信頼してる」
「だったら───」
「ゴメン。今はまだ・・・そのうち言うよ」
玉砕覚悟でさ、魅録が好きだっていつか言うから。
だから今はまだ、片恋に浸らせてよ。
もうしばらく、好きでいさせて。
例え、魅録の心が野梨子に傾いていたとしても、それでもいいから。
・・・いや、厳密に言えばよくはないけど。
出来ればあたしを好きになってもらいたいけど。
でも、こればっかりはどうにもならないもんな。
人の心なんて、容易く操れない。
なんて、心の中でそんな事を思ってるあたしの頭を、魅録が優しく撫でてくれた。
「何に悩んでるか分からねぇけど、一人で抱え込むなよ。ロクな事になんねぇから」
「・・・うん」
「何かあったら、真っ先に俺に言え。いいな?」
「うん」
「それと・・・」
「魅録?」
「今度は夏の雨じゃなく、ホタルを見に行こうな。こうして二人で」
「・・・うん。ありがと、魅録」
魅録の優しい部分に触れられて、本当に嬉しいよ。
あたしが元気ないのは、単なる恋煩いなんだけどさ。
しかもその相手は、魅録なんだけどな。
でも、まだ言えない。
こういう時間を二人で過ごしたいから。
「魅録・・・」
「なんだ?」
「ホタル、見に行こうな」
「ああ。絶対にな」
約束だからな?魅録。
ホタル、絶対二人で見に行こうな。
二人の想い出、作らせてくれよな。
な、魅録。
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