ろうげつ

花より男子&有閑倶楽部の二次小説ブログ。CP :あきつく、魅悠メイン。そういった類いが苦手な方はご退室願います。

時としてドキッとして【魅悠】

2021-11-23 15:21:26 | 短篇【有閑倶楽部】
人は時として恋に落ちる。
ふとした瞬間に、予想だにしない展開で、思いもよらず突然に。
そんなミラクルな状況に陥ってしまったのが、恋とは無縁と思われた悠理である。
恋愛よりもケンカや食い物が大好きで、誰よりも色恋沙汰から縁遠く、花より団子だと思われたあの悠理が・・・で、ある。

「何だってあたしがこんな事に・・・うがぁ〜!」

頭をかきむしり、激しいヘドバンをキメながらそんな事を言われても、誰にも分からない。

「何であたしが魅録にドキドキしなきゃなんねーんだ。何で魅録なんかに・・・ぬおぉぉ〜っ!」

だから、それは誰にも分からない。
魅録とていい迷惑だろう。
と言うか、魅録「なんかに」とは失礼ではないのか。

「ううっ〜あれこれ言ってても仕方ない。コレを見よう」

そう独り言を呟きながら悠理が手にしたものは、恋愛系の雑誌である。
誰にもバレない様、変装までして本屋に出向き、購入したものだ。
こんなモノ、自分には一生関わりがないと思っていたのにと、ブチブチ文句を言いながらもページをめくる。


「なになに?『その人の事ばかり考えてしまい、眠れない時もある』だって!?魅録の事を考えて・・・おおっ!あるある」

ダチの店の開店祝いに行くと言う魅録に「あたしも連れてけ」と迫ったら、今回は男子限定だから女のお前は連れて行けないって断られたんだよな。
そん時は頭にきたけど、魅録に「女」だと言われた事に気付いて嬉しくなったんだ。
ほらアイツ、あたしの事「女じゃねーな」って言ってたじゃん!?
だから余計に嬉しかったんだよ。
でさ、ベッドに入っても頭が冴えちゃって、ついつい「今頃、何を食ってんのかなぁ〜魅録のヤツ」って考えちまってさ。そしたら寝るタイミングを失って、眠れなくなったんだよね〜。
と、ニタニタしながらその当時を回顧する悠理だが、それは単に食べ物が気になって眠れなかっただけで、魅録は関係ないのでは!?
と思わなくもないが、そんなツッコミを入れる人間はここにはいない。


「えっと『お腹は空いているのに食欲がない』・・・分かる!今日も食欲なかったんだよ〜」

などと口にするが、ファンからの差し入れ弁当をしっかりチャッカリ4つも平らげている。
それは食欲がないとは言えないだろう。
しかし、そう突っ込む人間はここにはいない。


「次は『四六時中、その人の事が頭をよぎり、その人に好きな人がいるんじゃないかと不安になる』だと?・・・うんうん。なるなる」

魅録、もう晩メシ食ったのかなぁ。
何を食ったんだろ。
アイツん家のお手伝いの文さんが作るメシ、すごい美味いんだよなぁ。特に煮物が最高!
魅録も「文さんの煮物は絶品」って言ってたし。
ああ〜文さんの煮物食いたくなってきた!
いや、だからそうじゃなくって!
好きな人がいるのかどうかって話だよ。
やっぱさぁ、美味いメシを作れるって大事だよな。
可憐も言ってたじゃん。
「胃袋をしっかり掴まないとね」って。
その為には努力は惜しまない。料理もバッチリよって胸をはって言ってたよなぁ。

・・・ってオイ!この写真、何だよ。
魅録と可憐が隣同士で写ってるけど、可憐のデカ乳が魅録の腕にめり込んでるじゃん。
ワザとか!?ワザと魅録の腕にデカ乳を押し付けてんのか!?
色気使って魅録を誘惑するつもりかよ。
つうか、魅録のヤツ、鼻の下伸びてね?
満更でもないってか・・・ハッ!
まさかまさかまさかまさかまさか!
この二人、両想いなんじゃ・・・ハッ!
もしかしてもしかしてもしかしてもしかして!
既に付き合ってて、エッチも経験済みとか!?

と、春に6人で撮った写真を見ながら妄想をぶちかます悠理だが、そんな彼女を諭す仲間はこの場にいない。


「はぁぁ・・・次は『どうせ私なんて振り向いてもらえないとネガティブになる』か。正に今、そうじゃん」

だって魅録、あたしの事「嫁の貰い手ねーな」とか「男同士の付き合い」だとか言ってくれちゃってさ。
挙句の果てに、あたしと清四郎との婚約騒動の時には「最高のカップルだぜ」なんて言いやがるし。
全くこれっぽっちも気にかけてくれてねーじゃん。
嫉妬の「し」の字もねーし。
こんなの見込みゼロだろ。

ったく・・・て、オイ!この写真は何だ。
魅録と野梨子が並んで写ってるけど、魅録の手が野梨子に触れてるじゃん。
ワザとか!?ワザと野梨子の手に触っちゃってんのか!?
偶然を装って自ら触りにいったのかよ。
つうか、野梨子のほっぺた赤くね?
満更でもないってか・・・ハッ!
まさかまさかまさかまさかまさか!
この二人、既にデキてるんじゃ・・・ハッ!
もしかしてもしかしてもしかしてもしかして!
実は婚約済みです、私達。
だから、私の体に触れてもいいんですのよ。
な〜んて言うんじゃないだろーな!?野梨子のヤツ。
でなきゃ、身持ちが固すぎる野梨子がお触りを許すワケねーじゃん。

と、夏に6人で撮った写真を見ながら妄想爆走中の悠理だが、残念ながら彼女の暴走を止める人間はいない。


「で?『特徴として、恋愛経験が少なく、相手にアピールする術を知らない、相手の本心が知りたくても怖くて聞けないなどが挙げられる』だと!?ああ、全くその通りだよ。恋愛経験が少ないどころかゼロだし、何をアピールすればいいのか分かんないし、魅録があたしをどう想ってんのかなんて本人に聞く勇気なんてないし」

どうせあたしはガサツで、色気のイの字もなくて、ペチャパイで凹凸もなくて、バカで単細胞でケンカっ早くて、料理は食べる専門のどーしょもない底辺女だよ。
などと独りごちた悠理は、自分で自分が情けなくなったのか哀しくなったのか惨めになったのか、珍しく夜食をメイドに頼む事なくベッドに潜り込み不貞寝を決めこんだ。


しおむすび【魅悠】

2020-10-07 20:27:24 | 短篇【有閑倶楽部】
シンプルだからこそ難しい。
シンプルだからこそ誤魔化しがきかない。
美味しい米に美味しい水、そして美味しい塩。
それプラスα、ベタではあるが限りない愛情をスパイスに、一生懸命握る。
不器用なりに。

笑顔で食べてくれるように。
美味しいと言ってもらえるように。
喜んでもらえるように。
一人の男の顔を思い浮かべながら、せっせと握る。


「悠理が作ったのか?この握り飯」

「う、うん。カタチは少し悪いけどさ」

「俺の為に?」

「そ、そうだよ!何か文句あんのか」

「あるわけねぇだろ。ちょっと驚いただけだ」

「野梨子や可憐みたいに上手に握れなかったけど、魅録に美味しく食べてもらいたいなと思って、必死に頑張って握った」

「食っていいか?」

「うん」

「・・・」

「ど、どう?」

「・・・」

「な、何か言えよ」

「・・・」

「無言で食うなって~。塩が多かったのか?それとも水加減が悪かったのか?言葉が出ないくらいま、マズイのか?何とか言えよ、魅録ぅ~」

「すげぇ美味い」

「へっ?」

「塩加減、水の量、握り具合、どれもパーフェクトだ」

「ほ、本当か!?」

「俺がお前にウソ吐く訳ねぇだろ」

「そ、そりゃそーだけどさ。でも、ほら、あたいが握ったヤツ、可憐が握ったのと比べて下手だろ?」

「別に可憐と比べる必要ねぇじゃん。悠理は悠理、可憐は可憐だ。それに・・・」

「それに?」

「俺は悠理が作った握り飯しか、食うつもりねぇし」

「へっ?」

「悠理の真心がこもった握り飯は大歓迎だけどよ、可憐の握り飯は何か・・・執念と怨念と邪念がこもってそうで怖ぇよ。呪われそうじゃん。それに、香水のニオイが握り飯についてそうだし、あの真っ赤な爪で握ったのかと思うと食う気が失せる」

「み、魅録・・・」

「俺には悠理の握り飯があれば充分だ」

ふっと零れた微笑を見る限り、おべんちゃらではなく本心からの言葉だと分かる。
そこでようやっと、悠理はホッと胸を撫で下ろし、魅録と肩を並べながら自分の作った握り飯を口に放りこんだ。




「・・・魅録のヤツ、本当に呪ってやるからね!人を何だと思ってんのよ。そもそもねぇ、可憐さんのおむすびと悠理のおむすび、比べないでもらえる!?あの子の材料は塩だけじゃない。対して可憐さんの材料は───」

「わ、分かってるから。落ち着いて、ね?僕は具沢山で見た目も良い、可憐のおむすびが一番だと思うよ。味も一級品だし。清四郎もそう思うよね?」

「下心丸見えの可憐のおむすびより、品のある野梨子のおむすびの方が、僕は好みです」

「まっ!ありがとう、清四郎。沢山召し上がって下さいな」

「・・・アンタ達、この可憐さんを何だと思ってんのよ!」

可憐の怒りのマグマが爆発するも、それに構う事なく、魅録と清四郎は自分好みのおむすびを頬張っている。
そんな男二人の姿を目にし、憤怒の形相をのぞかせた可憐は、怒りの矛先を全て美童へとぶつけた。



〈あとがき〉

衝動的に書いた魅悠話です。
行き着く先は、可憐オチ(笑)
有閑では可憐、花男では司が一番イジリやすい。


秋は夕暮れ【魅悠】

2020-06-27 12:27:16 | 短篇【有閑倶楽部】
「夕日の差して山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて~って言うけどよ、ホントだよな」

「はっ?」

「山の端に夕日が差した時、二、三羽のカラスが寝所に帰る姿は、確かに趣があるよな」

「・・・また枕草子?」

「おっ!分かってきたか」

「まあな」

だから、前から分かってるっての。
知らないフリしてるだけだ。

しかしさぁ、相変わらず魅録ってばズレてるよな。
二、三羽のカラスなら趣あるかもしんないけど、うちらが見てる光景は、どう見ても大群じゃん。
しかも、寝所に帰るどころか、都心でメシの在処を探してる集団じゃん。
コレのどこに趣を感じるんだよ。
マジで魅録の感性が分かんねぇ。

「秋の夜長に聞こえる虫の声や風の音も、またいいもんだよな」

「うん」

あ、それは分かる。
秋風にそよぐ音も虫の音も、耳にすると不思議と心落ち着くんだよな。
と同時に、ほんの少しだけ物寂しさも覚えるけど。


「何でいなくなったんだ?」

「はっ?」

「今日の学園祭だよ。途中からいなくなっただろ?お前」

「あ~・・・うん」

何だ。気付いてたのかよ、魅録。
あたしが学園祭サボってたの。
だってさ、見たくなかったんだよ。
お前と野梨子が肩を並べて立つ姿をさ。
だから、生徒会室の奥にある仮眠室でフテ寝してたんだ。

そもそも何だよ!?
『聖プレジデント理想の最強カップル』っつーコンテストは。
誰がこんなの許可したんだ。
・・・って、文化部長である野梨子が許可したに決まってるよな。
こんなの、ぶっちぎりで魅録と野梨子が優勝するに決まってんじゃん。
だって、校内新聞の『理想のカップル像』って記事に、魅録と野梨子の名前が書いてあったんだから。

「優勝したら、ホットドッグ1年分がもらえたんだぜ!?」

「ホットドッグ1年分!?」

「ああ。だから、優勝するつもりでエントリーしたのに、肝心のお前がトンズラしちまうから貰いっぱぐれたじゃねーか」

「・・・はっ?」

なに言ってんだ?魅録。
あたいがトンズラしたのと優勝するのとは、全く関係ないじゃん。
つうか、コンテストってエントリー制だったのか!?
理想のカップル名を書いて、得票数が多かったカップルが優勝ってシステムじゃなかったのかよ!?
そう問い質すあたしに対し、魅録は心持ち頬を赤く染めながら答えてくれた。

「コンテストはエントリー制だ」

「ふ~ん」

「優勝商品がホットドッグ1年分だって聞いたから、エントリーしたんだぜ!?お前が喜ぶかと思って。食いてぇだろ?ホットドッグ」

「あ、まあ、そうだな」

「だろ?だから俺と悠理の名前を書いて、コンテストにエントリーしたんだ。俺ら二人なら、ぶっちぎりで優勝すると思ったからよ」

えっ!?
あたしと魅録なら、ぶっちぎりで優勝すると思った!?
それって、あたし達が理想の最強カップルだと魅録自身が確信してたって事?
つまり、あたしを女として見てくれたって事だよな。
彼女にしてもいいと思ってくれたんだよな。
だからエントリーしたと、そう捉えちゃっていいの?
と、魅録本人に聞きたくとも聞けないあたしは、口をつぐんだまま話の先を促した。

「俺らがぶっちぎりで優勝するかと思ってたのによ、思わぬ伏兵が現れて肝を潰したぜ」

「伏兵?」

「野梨子だよ」

「野梨子ぉ!?」

「ああ。野梨子のヤツ、清四郎と自分の名前を書いてエントリーしやがった」

とんだ邪魔が入っちまったぜ。
そのせいで接戦する羽目になったけど、最終的には僅差で俺らが勝ったからヨカッタよ。
終わりよければ全てヨシってヤツだ。
なのに、肝心なお前がトンズラしちまうもんなぁ。参ったぜ。
なんて愚痴をこぼす魅録に、あたしは何て言葉を返していいのか分からず、取り敢えず愛想笑いを浮かべておいた。

「お前がトンズラするから優勝したのに辞退して、準優勝した野梨子も辞退して、他にエントリーしてた奴らも辞退しちまったから、結局優勝者はナシってなっちまった」

「そ、そっか」

「高校生活最後の学園祭で、思い出作りをしたかったのによ。お前がいなけりゃ意味ねぇじゃん」

「えっ!?」

それってどういう意味だ。
あたしは特別って事!?
それとも深い意味なんてなくて、野梨子や可憐にも同じ事を言ってた?
魅録の中では、あの二人とあたしは同列?
そう聞きたいのに聞けないもどかしさ。
魅録は気付いてないだろうなぁ。

「なあ、悠理」

「・・・なんだ?魅録」

「秋の夜長に鳴く虫の声、聞きに行こうな。二人で」

「二人で?」

「何だよ。俺とじゃ不満か!?」

「ち、違う違う!不満なんかないって」

不満なんてあるワケねーだろ。
むしろ、嬉しい。
って言うか、二人きりだと魅録を意識し過ぎて、逆に緊張しちまうけどな。
でもやっぱり嬉しいよ。





夏は夜【魅悠】

2020-06-09 08:01:35 | 短篇【有閑倶楽部】
「雨など降るもをかしって言うけど、まあ納得だな。月明かりは消えちまうけど、夏の夜に降る雨には趣がある。そう思わねぇか?悠理」

「何だよソレ」

「何だよソレって・・・だから、枕草子だよ」

「美味いのか?」

「バ~カ!枕草子は食いモンじゃねえっての」

そう言いながら魅録は、前回に引き続き今回もあたしの頭を小突いた。

バカはどっちだっての。
あたしだって、枕草子くらい知ってるわい。
わざと知らないフリしてるだけだぞ!?
だってさ、もしあたしが「枕草子くらい知ってるわい」って言ったら、「何で知ってんだよ」って絶対聞いてくるだろ?
そうしたら、あたしは誤魔化しきれない。
大好きな魅録が読んでたから、あたしも必死になって読んだんだって事を。
だから言わないんだ。


「月が輝く満月だろうと、月が出ない新月だろうと、ホタルが飛んでる光景はいいよな」

「・・・まあな」

「でもさ、やっぱり夏は闇夜にザッと降る雨が、一番情緒あるよな。そう思わねぇ?悠理」

「・・・あ、うん」

ザッと降る雨なら・・・な。
けどさ、今現在降ってる雨は、ザッとじゃなくてザーザー降りじゃん。
下手したら、ドシャ降りってヤツ!?
こんなに激しい雨だと、情緒どころか道路が冠水しちまうんじゃないかって心配になるわ。

何か魅録ってさ、頭イイくせにちょっとズレてるよな。感性が。
よくそんなんで、枕草子の世界に浸れるよなあ。
不思議で仕方ねぇわ。

「少しは元気でたか?」

「へっ?」

「元気ないっつーか、大人しいっつーか、しおらしくなったっつーか。兎に角さ、らしくねぇじゃん」

「・・・らしくない?」

「ああ」

「何だよそれ。魅録に分かんのかよ!?あたしらしさってのがさ」

あたしらしくないって何!?
あたしらしさって何!?

下品でガサツで無神経で食事マナーもなっちゃいないのが、あたしらしいとでも言うのか?
そんなあたしが恋してちゃ、らしくないってか。ちゃんちゃらオカシイってか。
恋する乙女状態になってるあたしが、滑稽ってか。
どうなんだよ!?魅録さんよ。
と、心の中でやさぐれてるあたしを知ってか知らずか、魅録は闇夜に降る雨を見つめながら言葉を紡いだ。

「天の川のようなキラキラした笑顔で、美味いモンたらふく食って、些細な出来事でも楽しそうに話しくれて、幸せそうな寝顔を俺に見せてくれる。それが俺にとっての悠理らしさだ」

「なっ!?」

「胸の内に何かを秘め、一人悩んで、人に気付かれない様に溜息を吐いて、無理して作り笑いを浮かべる。それが俺にとっての、らしくない悠理だ」

「・・・」

「俺には話せないのか?」

「・・・」

「お前にとって、俺はそんなにちっぽけな男なのか?頼り甲斐のない男か?信用に値しない男か?」

「違う!魅録はそんな男じゃない。誰よりも信頼してる」

「だったら───」

「ゴメン。今はまだ・・・そのうち言うよ」

玉砕覚悟でさ、魅録が好きだっていつか言うから。
だから今はまだ、片恋に浸らせてよ。
もうしばらく、好きでいさせて。
例え、魅録の心が野梨子に傾いていたとしても、それでもいいから。
・・・いや、厳密に言えばよくはないけど。
出来ればあたしを好きになってもらいたいけど。
でも、こればっかりはどうにもならないもんな。
人の心なんて、容易く操れない。
なんて、心の中でそんな事を思ってるあたしの頭を、魅録が優しく撫でてくれた。

「何に悩んでるか分からねぇけど、一人で抱え込むなよ。ロクな事になんねぇから」

「・・・うん」

「何かあったら、真っ先に俺に言え。いいな?」

「うん」

「それと・・・」

「魅録?」

「今度は夏の雨じゃなく、ホタルを見に行こうな。こうして二人で」

「・・・うん。ありがと、魅録」

魅録の優しい部分に触れられて、本当に嬉しいよ。
あたしが元気ないのは、単なる恋煩いなんだけどさ。
しかもその相手は、魅録なんだけどな。
でも、まだ言えない。
こういう時間を二人で過ごしたいから。

「魅録・・・」

「なんだ?」

「ホタル、見に行こうな」

「ああ。絶対にな」

約束だからな?魅録。
ホタル、絶対二人で見に行こうな。
二人の想い出、作らせてくれよな。
な、魅録。




春はあけぼの【魅悠】

2020-06-01 23:32:00 | 短篇【有閑倶楽部】
「紫だちたる雲の~なんて言うけどよ、本当だな。夜空と朝陽が混じった紫色の雲は、最高に綺麗だ。春はやっぱり明け方の空が一番だと思わねぇか?悠理」

「何だよソレ」

「何だよソレって・・・枕草子だよ」

「枕草子?饅頭の商品名か?」

「バ~カ!違ぇよ」

なんて言いながら、魅録はあたしの頭を軽く小突いた。
どうせ、バカなあたしが枕草子を知ってるワケないと思ってんだろ。
バカはどっちだっつーの。
枕草子くらい知ってるわ。 

ん?
何故、バカなあたしが知ってるのかって?そんなの決まってら。
大好きな魅録が、生徒会室で枕草子を読んでたからだよ。
やっぱりさ、好きなヤツが読んでるものって知っておきたいじゃん。
どんなものに興味を持って、どんなものを好きなのかって。
だから必死になって読んだんだよ。
少しでも魅録に近付きたい一心で。
なんて、魅録はこれっぽっちも気付いてないんだろうけどな。

「海で見る明け方の空も、中々いいもんだな」

「・・・だな」

そもそもさ『やうやう白くなりゆく山際』って言うくらいだから、本来は海じゃなく山で見るのが正解じゃないの!?
なんて、思ってはみても口にはしないけどな。

「どうした?」

「はっ?何が?」

「何がって・・・最近のお前、何か様子がヘンだぞ?」

「えっ!?」

それ、どういう意味!?
あたしの様子がヘンだと気付くくらい、いつも見てるって事なのか?
もしかして、魅録もあたしの事───

「野梨子も心配してたぞ!?最近の悠理は、心ここにあらずだって」

「・・・あ、そう」

んなワケないか。
魅録があたしを好きだなんて、そんな都合いい話あるはずねーよな。
ホント、バカだなあたし。
なに期待しちゃってんだろ。
期待すればするだけ、夢見れば見るだけ現実を突きつけられ、落胆し虚しくなるだけなのに。

「この前さ、野梨子が枕草子の本を貸してくれたんだよ。面白いから読んでみろって。ま、あれは貸してくれたって言うより、押し付けられたって言う方が近いけどな」

「ふ~ん」

「ぶっちゃけ、何が面白いのか俺には理解出来なかった。けどよ、枕草子の世界観には惹かれたぜ」

「へぇ~」

「悠理が元気になる為に何をすればいいのか考えてた時にさ、野梨子が枕草子を俺に差し出してきたんだ。で、『紫だちたる雲を見せてあげたらどうか』ってアドバイスしてくれてよ。それもアリだなと思って誘ったんだ」

「そう」

「どうだ?少しは元気になったか?」

「・・・まあな」

本音を言えば、元気が出るどころか気分はダダ下がりで最悪なんだけどな。
紫だちたる雲には何の罪もないんだけどな。
やっぱりさ、野梨子絡みだと思うと気も滅入るんだよ。

野梨子かぁ。
最近、やたらと二人一緒にいるよな。
嫌でも目に入るっての。
登下校はさすがに一緒じゃないけど、生徒会室にいる時や遊びに行った時、メシ食う時は大抵、隣同士の席に座ったりしてるよな。
しかも、コソコソ内緒話みたいなのをしてさ。
何を話してんだよ。
何で隣同士の席に座るんだよ。
まだ他の連中はその事に気付いてないけど、そのうち気付くぞ!?

「悠理」

「なに?」

「また来ような」

「はっ?」

「だから、二人でまた来ようぜ。紫だちたる雲を見にさ」

「・・・うん」

二人でまた・・・か。
あたしと魅録の二人だけで、紫だちたる雲を見に・・・か。
これってさ、少しは自信持ってもいいのかな。
少なくとも、嫌われてはないよな。
だから、ほんのちょっぴり期待しても・・・いいよな?魅録。


〈あとがき〉

魅録と悠理、大好きです。
この二人が持つ独特の空気感が、自分的にはツボです。