『卵をめぐる祖父の戦争』
デイヴィッド・ベニオフ(早川書房)
米国に住むロシア系移民の祖父が、作家である孫に戦時中の経験談を語るという構造の物語。
ドイツ軍に包囲され飢餓に苦しむレニングラード(現在の露・サンクトペテルブルグ)。17歳の祖父は空から降りてきたドイツ兵の死体からナイフを盗み、捕まってしまう。銃殺を免れる条件として、脱走兵コーリャとともに大佐の娘のウェディングケーキ用の卵を探すことになるが。
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まず毎日餓死者がでる都市部の街で、権力者のために贅沢品である卵を探すという皮肉よ。二人の探索から、当時の人々の困窮ぶりや人肉まで取引される凄惨な飢餓状態が生々しく伝わってくる。
一方で、祖父の軽快な語り口と、一緒に卵探しをする金髪碧眼の青年コーリャ(本名ニコライ)のふてぶてしくも憎めない言動などでどこか救われる。極限状態で猥談が交わされたりと男子らしいしょうもなさもあり、二人の友情が深まって行く様子はほろ苦い青春小説にも感じられた。
探索の手を危険な地域まで広げようとするコーリャに対して、レフ(祖父)が渋々ついていくと決めた場面は、二人に友情めいたものがはっきり芽生えたとわかるところで好きだった。
“レニングラードに卵はない。が、従う理由はそれだけではなかった。コーリャは自慢屋で、知ったかぶりで、ユダヤ人いじめが好きなコサックだが、その自信があまりに純粋で完璧なために、その朝にはもうわしの眼には傲慢に映らなくなっていたんだ。
(中略)
わしは深く息を吸い込み、コーリャを見た。彼もわしをまっすぐに見返してきた。
「心配するな、友よ。きみを死なせはしない」
まだ十七だった。愚かだった。だから彼を信じた。”
田口俊樹先生の名訳が冴え渡っていてかっこいい。
次々起こる危機的状況もあって、後半は一気読みの面白さだった。最後はちょっと出来すぎのような気もするが、著者は映画の脚本家だというから、エンタメらしい終幕も納得。最初に祖父に「デイヴィッド、おまえは作家だろう。わからないところはつくりゃいい」と言わせていたし。
***ここから感情的なネタバレ↓
私はほんとにコーリャが死んじゃったことが悲しくて悲しくて。この話が事実であるとかないとか、そういうことは問題ではなく。
祖父かデイヴィッドが話を面白くするために、最後の最後でコーリャを殺してしまったけど、実はコーリャは戦後もずっとふてぶてしく生きていた人であって欲しい。
小説家を目指して『中庭の猟犬』を発表して一発あてるけれどもその後振るわずコラムやタレント力で食いつなぎ、子供3人の家庭がありながら5人も10人も愛人作って隠し子も作って訴えられてもへいちゃらぴーで90歳くらいまで生きてて欲しかった。