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人生の迷子。

【2020.10.28】今日の雑感

2020-10-28 16:46:58 | 日記_2020
久しぶりの雑感だな、と思ったけど先週月曜日は雑感だな、と記録を確認した。
実は日記として使っているロルバーンダイアリーのマンスリーにはブログのタイトルを大雑把に書いてある。
予約投稿には「予」とメモし、当日に書いた日は「雑感」とだけ書かれている。
こうしておくことで自分の中でどの日に書いたか、書く時間を確保するべき日はいつかを把握できることに気づいた。
内容によっては早めのアップが理想だったりする内容もあるのでごくまれに日付が変更されることがある程度。
実際はほとんど日付も変えないしどんどん後ろに追加するだけだ。
今週は正直中身が何もない。
思う言葉も何も湧いてこない。
そういうときもあるよね、ではなくてそういうときが大半を占めるようになってきているのだ。
インプットが足りない、ということなのかなと思いできるだけインプットするように心がけているが、理想や理念、情念や感情が湧き出てくる泉は更年期の女の体のように干上がり始めている。
暮らしに潤いがなくなるというのはこういうことなのだろうか。

こういう思考に至る時はたいていトリガーになるインプットがある。
Twitterで流れてきた本を読んでいる。
「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」(岸田奈美/小学館)
若いエネルギーだ。
若い時に観た景色を若い時に書き記すからこそできる表現だ。
勢いも若さゆえのパワーがある。
酸いと甘いと苦みとのバランスが大変に良く、かみしめる面白さではなく、するりと飲み込めるのど越しの良さ。
多くの人が見てきた景色とは大きく違い、色のついたフィルターではなく純粋なレンズを通して眺めみた景色をそのまま色鮮やかに描く。
自分が手を放してしまったレンズを持つその目が大変にうらやましく、自分の今の至らなさや枯渇する何かに焦りを感じつつそれを読み進める。
自分の見てきた景色もこんな風に見えた時期があったな、と懐かしくなることもある。
何かがある人を見て思うのだ。
自分が何者かになりたかったけれど、何者にもなれないとうすぼんやりと気づいたその時のことを。
何も持たない自分が何者にもなれないのは当たり前なのだと知った時のことを。

そういう気持ちになりながら一日は終わり、今日も1つモレスキンレースの星を増やしたことが自分の今日の成果だ。
晩ご飯もまだ決めていない。


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