よんたまな日々

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「海辺のカフカ」 村上春樹

2005年04月09日 | 読書
昨朝、東京の桜は満開でした。出張で東京駅へ行こうと乗ったタクシーには、白髭三千丈という風のすごい髭の老爺が運転していました。隅田川をわたる時に、両岸を埋める満開の桜を見て、
「桜の下で傾ける盃に、一片の桜の花弁が、はらりと。」
という風流な話をしていました。こんなタクシーの運ちゃんがいるなんて、世間には意外なバリエーションがある。
ちょっと得した気分で乗った新幹線の中で読んだのが、海辺のカフカです。

海辺のカフカは二人の人間が東京から四国へと向かう話です。
一人は、世界で一番タフな15歳の少年、田村カフカ。カフカは、自分自身が父と暮らすことで損なわれてしまうと感じており、自らの心中にあるメンター「カラス」の教えにしたがって、自分を厳しく律し、15歳にして一人で生きている術を身につけます。そして、ついに時が来たと感じた彼は、一個のリュックに予てから用意しておいた荷物を詰めて旅立ちます。
もう一人は、文盲の老人、ナカタさん。ナカタさんは、戦時中、中学生の頃に謎の病気で数週間にわたって意識を失くした後、全ての記憶を失ってしまいます。空っぽになってしまったナカタさんは、その後は軽度の知能障害者として、国の補助を受けたり、猫探し名人として近所の迷い猫を見つけたりしながら、周囲の人の好意に支えられて、自足的な暮らしを送っています。
ナカタさんは、ある日、いつもの猫探しの最中に、猫の首を狩って集めている「ジョニーウォーカーさん」と出遭い、探し猫をめぐって対立し、ジョニーウォーカーさんをやむを得ず殺してしまいます。この世界が歪んでしまっていることに気が付いたナカタさんは、世界を元に戻すために、生まれて始めて中野区を出て、四国へと旅立つことを決心します。

果たして二人は四国でどういう人と出会い、どのようにして世界の歪み、あるいは間違えた家族との関係を正すことができるのでしょうか?

という話です。

あらすじから、わかるように、相当不条理な話です。
村上春樹の不条理というのは、しばし強引で暴力的で、しかも具体的な姿を持って、主人公を襲います。
例えば、田村カフカの場合、彼は自分の父によって、お前は「自分の手で、父を殺し、母と姉を犯す。」と予言されています。それを避けるために彼は自らタフになり、そして一人で旅に出るのですが、やはり理不尽な方法によって、彼は父殺しを実現してしまいます。
田村カフカは、四国で、ある私立図書館に逃げ込むのですが、その図書館の中で、様々な古典的名作悲劇が引用されます。それらの悲劇も、主人公にとってはやはり理不尽で不条理なものなのですが、この作品の中で田村カフカを襲う不条理は当然ながら、田村カフカ自身の外にあります。ただ、その理不尽の客体性というか、角田光代の理不尽と違い、それがあくまでも主人公の外にあるものとして描かれている点が、ある種の安心感を持って読める要素となっています。田村カフカにしろ、ナカタさんにしろ、暴力を振るう自分自身に対する恐怖というのがあまり感じられない。
また、結構、村上春樹って、スノッブじゃないかと思ったのが、例えば、ナカタさんは、地方へ疎開してきた都会っ子で、両親、兄弟とも名門大学出身の成功者と設定されていて、ナカタさん自身も、事故に遭うまでは出来のいい子であったところとか、田村カフカが図書館に入り浸るところとか、ホシノさんがナカタさんの影響でベートーベンの大公ワルツの良さに目覚めるところとか。
ホシノさんは別にずっとトラックの運ちゃんでいいんじゃないの?と僕は思ってしまいました。まー、そうしたスノビズムに敏感に反応してしまうあたり、僕も昔の教養主義の悪しき影響を引き摺っている証拠なんですけどね。
僕としては不条理というのは、結局、世間の価値体系の中で安住したい人を揺さぶるための仕掛けだと思っているのですね。例えば、怖いホラーは、絶対説明がつかない。それを過去の怨念だとか、そこで死んだ人の恨みつらみが、という説明が付いた途端に手垢にまみれた世俗安住型のただのお化け話になってしまう。不条理にさらされた登場人物が、一種の教養主義に走ってしまうと、読んでいる方は結構安心できてしまって、せっかくの不条理の毒がすっかり中和されてしまったような気分になりました。
もしかして、その辺が、この文庫が最近のナンバーワンベストセラーになっている原因であれば、やはりベストセラーになるような作品はつまらんという説を裏付ける結果にはなっていますね。

いや、僕をして、こんなに多くを語らしめるところは、読んでいる間は十分楽しめた証拠だったりするのですけどね。
でも、やはり、村上春樹は丸くなったなーとは、読んでいるうちから思いました。あまり裏切られないので、安心して読めるし。つーか、丸くなって不条理モノすら、ある枠の中で量産できそうなこれって、本当にどうよって感じ。


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