今日より明日へ

平成20年7月、肺ガンと宣告された父(74歳)。

平成20年10月25日、永眠しました。。。

治療方針

2008年07月21日 | 告知から治療開始まで
7月16日、二度目の放射線科受診の日。
担当医に、今後どういう検査を希望するのか告げる日でした。

家族で話し合った、脳の腫瘍には放射線治療をし、他の腫瘍に対しては緩和療法でやっていきたいと伝えました。
先生も「それが良い」みたいな表情で、了解して下さいました。

次週の火曜日(7月22日)から土日以外の毎日、合計10回の放射線照射が始まります。

先生からは入院を勧められましたが、父が2週間の入院に耐えられるとはとても思えません。
父はとても気難しく、前回のわずか1日の検査入院ですら我慢の限界でした。
それで、何かあった時に私がすぐに対応するという条件で、通院で治療していく事になりました。
(全脳照射なので、脳が浮腫みを起こす可能性があるそうです)

いよいよ明日が第一回目です。
どうか何事もありませんように


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選択

2008年07月19日 | 告知から治療開始まで
7月9日午前中、初めての放射線科受診。
待合室の椅子に私と両親が腰掛けていると、私だけが診察室に呼ばれました。

私はいいチャンスだと思い、先生に質問をしました。
「父のガンはどのくらい進行しているのですか?あとどのくらい生きられるんですか?」
「肺ガンのステージⅣです。抗がん剤が効いたとしても1年もたないでしょう。」

そこまで説明した上で、「お父さんにはどこまでお話しましょうか?」と聞かれました。

私は(母だったらどう答えるだろう?)と考え、ステージⅣだという事は説明してもらっても構わないが“末期”という言葉は使わないで欲しい。1年もたないだろうと言う事も告げないで欲しいと頼みました。

後で父の居ないところで母に確認したら「それで良かった、ありがとう」と言ってくれました。

両親も診察室に呼ばれ、先生から色々治療についての説明がありました。
そしてどういう治療をしていくのか、家族でよく話して決めて下さいとの事でした。

その日の午後、二人の兄に実家に来てもらいました。
事前に、私だけが聞いた事(余命など)を兄達にも話しておきました。
そして父を含め、家族5人で話し合いました。

その結果、脳の腫瘍には放射線治療をし、他の腫瘍に対しては抗がん剤治療はせず、緩和治療をしていただく事に決めました。

この先、父が痛くありませんように・・・苦しくありませんように・・・


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精密検査

2008年07月17日 | 告知から治療開始まで
紹介状を持って、早速翌日の7月2日に国立病院へ行きました。

そこで再度レントゲンを撮り、主治医の先生からの説明がありました。
左肺下葉に10cm×10cm×6cmの大きな腫瘍ができていて、他にも何箇所か影が見えるとの事でした。

その腫瘍の正体を知るために詳しくをしましょうとの事で、7月7日~8日にかけて検査入院をすることになりました。

7日にはCTスキャンと気管支鏡検査。
8日には脳のMRIと、骨シンチ検査をしてもらいました。

その結果、左肺下葉の大きな腫瘍の他に、左肺の上の方と横隔膜近くにも腫瘍がありました。
また、大きな腫瘍を囲っている肋骨にもガンが浸潤していて、肝臓と脳にも遠隔転移していました。
脳の腫瘍はかなり大きく、痛みがないのが不思議なくらいだそうです。

肺の腫瘍があまりに大きく他にも転移しているため、父の年齢(73歳)の事も考えると外科手術はできないと言われました。

そこで同院内の放射線科に紹介状を書いてもらい、翌日受診する事になりました。


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決心

2008年07月15日 | 告知から治療開始まで
私には埼玉に住む妹がいます。
父にとっては、年を取ってから授かった可愛い末っ子。
今年は、その妹の子供(長男)の幼稚園最後の運動会。
先日(6月末)妹から「今年こそは見にきて!」と父に電話が来たそうです。

このところ左手の痺れや、食欲不振、体重の減少などの症状があり、埼玉に行く前にしっかり体調を万全にしておこう、という事で病院へ行く気になったようです。

どうせ行くんなら月を跨がないように7月に入ってから行ってみたら?と私が言っていたので、7月になり早速1日の日に行きつけの病院へと行きました。
そこで撮ったX線には、左肺の部分に恐ろしいほど大きな影が写っていました。
そして大きな国立病院へと行く事となりました。


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早期発見

2008年07月14日 | 告知から治療開始まで
今から3年前の10月。

父は居住地の町の健康診断を受けました。

そこで胸のX線検査でわずかな影が写り、「要精密検査」の検査結果が送られてきました。

母をはじめ私たち家族は、病院へ行くよう何度も言うのですが、病院嫌いな父は「大丈夫じゃが。誰でんいつかはひっけしんとやが。(大丈夫だよ。誰でもいつかは死ぬんだから)」と言って聞きませんでした。

今思えば、あの時が早期発見であったに違いありません。
後悔先に立たずですが、あの時引きずってでも病院へ連れて行っておけば・・・

そんな病院嫌いな父が、何故受診する気になったのか。
次回お話します。


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