・鎮西(九州)のさる国の弓矢づくりの家で、
人々が集まって美事な鷲の尾や羽を賞美していた。
「うむ、これは立派なもの・・・
これほどの大鷲をどのようにして捕えたのか」
と讃嘆した。
弓矢づくりの家へ鷲の尾や羽を売りにきたのは、
まだ幼い子を背負った若い女と、
その夫らしい者たちであった。
鷲の尾羽は高い値で売れる。
夫婦は幸運にほほ輝かしつつ、
問われるままに妻は語った。
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・私どもは海に近い村に住んでおりますので、
私はいつも貝拾いに浜辺へ出かけます。
その日も隣のおかみさんと浜辺へいったんですよ。
私は二つのこの女の子をおぶっていったもんだから、
平らな石の上に寝かしましてね、
上の男の子の五つになるのに子守をさせて遊ばせていたんです。
お隣のおかみさんと、ここかしこで貝を拾ってて、
ふと見るとあっちの渚に猿がいるじゃありませんか。
魚でも捕っているのかしらと近づいてみたけど、
猿は逃げないんです。
苦しそうにキャッキャッって叫んで、
よう動けないんです。
どうしたんだろうと思ったら、
このへんじゃ溝貝っていいますけど、
ハマグリのばかでかいような貝に手を挟まれているんですね。
きっとその貝が口を開けてたとき、
猿は食べようと手を出して、
ぱっくり貝の蓋を閉められてしまったんですね。
しかも貝は岩の陰に引き込んでしまって、
そこへだんだん汐が満ちてくるのに猿は動けないもんだから、
恐がって泣き叫んでいるんです。
二人ともそれを見て、何だか笑っちゃいましたよ。
だってこんなの、見たことないんだもの。
そのうち、お隣さんたら大きな石を持って来て、
何をするのかと思ったら、その猿を殺そうとするんです。
私はびっくりして、
「何するんだよ。
あんた、とんでもないよ、かわいそうじゃないか」
って、私は大石を取り上げようとしたら、
「だって、ちょうどいいじゃないか。
こいつ動けないんだから。
こいつをぶっ殺して持って帰って焼いて食うんだよ」
「そんな殺生をするんじゃないよ。
猿は人間に似ているからふつうの殺生より業が深いよ。
堪忍してやっておくれよ。
ほら、こんなに震えて悲しんでいるじゃないか。
見てられないよ。見逃してやっとくれ」
私は無理になだめて、
その辺の木片で貝の口をこじあけてやりました。
猿は急いで手を引き抜きました。
猿を助けたんだから、貝もたすけてやらなくちゃ、
と私は思いましてね。
ほかの貝は拾ったんだけど、
この貝はものと岩陰の砂に埋めてやりました。
猿は素早く走り去って、私をふり返り、
お礼をいいたそうな顔つきなんですよ。
私はいってやりました。
「お前ね、もうちょっとで殺されそうになったのを、
私が命乞いしてやったんだよ。
けものだって恩を知らなきゃいけないよ。
いいね、じゃあ、お行き」
すると猿はうなずいたような気がしました。
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・それから猿はくるっと向きを変え、
女の子を寝かせてる石の方へ走っていくんですよ。
どうするんだろうと見る間に、
子供を抱き上げ山の方へ逃げていきます。
そばにいた男の子はおびえて火がついたように、
泣き出すじゃありませんか。
私は肝たましいがでんぐり返りましたよ。
「猿があの子を・・・あの子を!
ええもう、恩をあだで返すつもりかしら」
私は夢中であとを追いました。
お隣のおかみさんも、
「大変だ!」と手にしていた籠を捨てて、
私と一緒に猿のあとを追いながら、
「だから、あんた、言わんこっちゃないよ・・・
顔に毛の生えてるもんが恩を知るものかね。
あのとき殺していれば、私は得をした上に、
あんたも子を奪われたりせずにすんだのに。
それにしても腹の立つ猿だこと」
私たち二人が必死で追ったのですけど、
猿はいつも姿の見える前を走ってるんです。
子供を抱いたまま、
私たちが走ると猿も走り、
疲れて足が鈍ると猿も足がゆっくりになるんです。
まるでからかってるみたいなんですね。
いったい何を考えて」いるんだろう、
あの子をどうするつもりだろう・・・
あの子を引き裂いて食うつもりなんだろうか・・・
(次回へ)