まだまだ続くの図。
第二章
目を覚ますと、ちゃんとお日様が昇っている時間だった。二度寝万歳。日曜日万歳。どんよりなんてサヨナラである。ちゃちゃっと寝ぼけ男から目覚めすっきり男に着ぐるみを替えてリビングに出てみると、居候と化している双子の幽霊姉妹は仲良くソファーに座り、テレビを見ていた。映っているのは、大きなお兄さん御用達とも言える、女の子がたくさん出て戦うアニメだ。大きなお兄さん方は朝からご苦労様です。というかあんたら、それみてて楽しいのかよ。
「よ、おはよ」
「あ、おはよ」
「おはようございます」
朝の挨拶はとても大事だ。声だけで相手のおおよその状態がわかる。どうやら昨晩一昨晩と続いた一連の出来事の影響はどこにもない模様。快晴快晴。かっかっか。
「なに朝からご隠居様やってるのよ」
「いやだからモノローグを読むなと」
「声に、出てる」
「うわしまった俺ただのご隠居になっちまったのか!?」
「朝から意味わからないわよ! だいたいただのご隠居って何よ、ただのって」
「印籠も持ってないし助さん格さんもいない」
「うわあ、それはただのご隠居だ」
「あ、でも由美かおるの入浴シーンはちゃんとあるから。必須だし」
「朝、朝だから。まだ飛ばす時間じゃないから」
「入浴、する?」
……わーお。朝から小粋なトークを繰り広げてみたら横から大胆発言ですね、美幸さんや。
「ちょ、ちょっと美幸!?」
「それが、望みなら」
いやどう考えても今のフリでは望んでねえよ。いや待て、幽霊とはいえ、女子高生。しかもどっちかと言わなくても上玉。そんな子と入浴を望んでないなんて俺は言えるのか。いや言えはしない。反語。
「あんたも何黙ってるのよ!」
「いや、自分に正直に生きるのも、時には大事だよねってうばぎゃっ!?」」
……思いっきり、すね、蹴られました。相変わらずいい蹴り持ってんじゃねえか。やっぱ世界目指そうぜ世界。
「つうか俺、からかわれたあげく蹴られ損じゃん!」
「そういう日も、ある」
「お前が言うなお前が」
あーやっぱ曇り空だねこりゃなどと、心のメモ帳に恨み辛みを記しながらキッチンに向かう。嫌がらせのように飯を抜いてやろうかとも思ったが、幽霊だからあんま意味ねーと思い直し、三人分適当に作る。何より自分が食べたい。朝飯抜くと太るし。
「そういえば普通に料理してるけどさ」
「ん?」
実体化以降、幽体になったのを見たことのない遥が、地に足つけてカウンター越しにこちらをのぞき込んでいた。
「あんた、普通に料理上手いわね」
「普通に普通にって、そりゃあうまいもん食いたいからなあ。それにあんまり外で食わないし。飯食ってる最中に追っかけっこされると悲しいし」
「あ、なるほど」
野郎の暮らしって案外繊細なんですよーとか言おうと思ったら、その背後から美幸嬢。
「でも、男性の一人暮らし向きの料理じゃない」
「ほう?」
「多人数分作ることにも手慣れてる」
「……ほほう?」
「誰かと、住んでた?」
相変わらず鋭いお嬢様だことで。どういう生活してたらこんな推理少女ができあがるんだろうね。
「あ、だからこの家広いわけ?」
「んんー、まあ当たらずとも遠からず」
キュウリを切る手は休めずに、適当な返答を返しておく。返答に手抜きは許せても、料理に手抜きは許されないのです。ってどっかの先生が言ってた気がする。気のせいか。
「あ、ヒカリさんと住んでた?」
「いんや。あいつは“自分専用の場所でないとイヤだ”とかいって、ここに住んでたことは一切合切ない」
「……でも恋人同士の時期はあった、と」
「まあ、ねえ」
相変わらず嘘のつけない俺である。つうか昨日の会話とかでバレバレだし。主に性的に。ついでにこっそり記しておくと、仮にあのヒカリ嬢がまかり間違って一緒に住みたいとか言い出しても、同棲はなかっただろう。
「じゃあ他にいたんだ」
「……ノーコメントで。一応言っておくと、店にくる方々は全員この家に入ったことないから」
「ふーん」
あ、なんか冷たい視線。その後ろからも飛んできてるし。いやあ、もてる男の宿命っすね。うん。仕方ない、一応言っておいてやろう。なんとなく。
「さらに一応言っておくと、過去俺と付き合った奴らは、ここで一泊とかはあっても、服やら何やらを置いたりはしてなかったからな?」
「じゃあ、初日にぽんと出てきた服は何よ」
「まあ、新品で買ったやつ?」
「それはわかってるっての! というか新品じゃなかったら何なのよ……」
「まあ、いろいろあるんすよ、男の繊細な一人暮らしには」
「ま、まさか女装趣味があるとか」
「ないない。勝手に決めつけて一人どん引きするな。俺ついて行けないから」
適当に手で追い返し、話を打ち切る。残念ながら俺は腹が減ってるのだ。小娘達の恋バナなんて優先順位でいくと相当低い。そんなもんは恋からでやってこいってんだ。
なんだか最近こればっかりな気もしなくもないが、トーストとサラダとベーコンエッグ、それにコンソメスープとコーヒー計三人前をトレーに乗せて、テーブルに運ぶ。喫茶店のモーニングセットそのものだが、気にしない。まあ明日は和式朝食にしてやろう、うん。あるいは柿の種でも追加しておくがや。
などと怪しき名古屋弁とともに物思いにふけったところで、二人が明日もいる、という選択肢が割と高い順位にある自分自身に驚く。
どっかの誰かさんの、ほらやっぱり、という冷たい声が浮かぶ。うるさいよ、人の脳内まで勝手に現れないでくれヒカリさんや。そういう日もあるんだよ、たぶん。
気を取り直して朝飯食って、気力ばっちり、となったところで。
「出かけるか」
「どこに」
「ここではない、何処かへ」
「何ちょっと前の曲名みたいなことを言ってるのよ」
「歌っていい?」
「どっかの人たちが請求書持ってくるわよ?」
「それは勘弁願いたいな。ともかく、何となくまああれだ、さすがにお前らの服とか買わないとダメだろ」
「……いいの?」
「いくらうちにあるっつっても、自分の着たい物着たいだろ? それに一人分しかないし。一週間ローテ出来るほどの量じゃないだろ」
「あんた、こういうところはきっちりしてるのね……」
「一体全体お前らの中で、俺はどういうキャラクターになってるんだか……」
「……変ないい人?」
「概ね間違っちゃいねえ!」
***
というわけで、ハロー伊勢丹。マルキューでも行ってろうかと思ったけど、近場でいいよね的なアレである。たかが山手線三駅に近場遠場もないのだが、行こうと思うには(精神的に)遠いのだ。伊勢丹ならば新しい地下鉄にも直結しててとても便利、ってあの路線の使い道は今ひとつ見えない。まあ横浜にも行けるようになったら便利だよね。地元に戻れるし。
入り口で大勢の店員にいらっしゃいませ攻勢を浴びて気分が良くなったところで。
「はい、カード」
「へ?」
財布から取り出したクレジットカードを手渡し、優雅に手を振ってみる。
「あ、暗証番号聞かれたら1989で。もしサインだったら適当に自分の名前書けば大丈夫。限度額まで使ってくれてもかまわん」
「は、はあ」
「あとこっちは緊急用の現ナマ。五万もありゃどうにかなるだろう」
「はあ、ってあんたは?」
「いや、女物の服売り場行っても肩身狭いだけだし。二人で行っといで。俺その辺のサテンで優雅なブレイクタイムしてるから」
「……ゴールドカード」
「別にゴールドカードは珍しくも何ともないからな。ANAのは年会費三万だし、じゃ」
くるりとターンを決め、最初の一歩を踏み出したところで、身体が前に進まないことに気づく。見てみると、二人して服の裾を掴んでいる。うん、そりゃあ進まない。進めない。
「あ……あれ?」
「……?」
「いやいや、引き留めておいて『あれ、なんで引き留めたんだろう?』的な顔をされても」
「あ、うん、まさにそれ」
「んなこと聞かれても俺がわかるかっ!」
「何でだろう?」
「テツトモにでも聞いとけ、って古いか」
はああと深いため息をつく。できれば時間と諸般の都合上パスしたかったけど、引き留められちゃあ仕方ない。しかも二人分。しかも女子高生的なお年頃。あれ、何か気分がアッパーになってきたぞ。
「よしじゃあ行きますかっ!」
「やっぱ帰りてえ!」
「決意砕けるのはやっ!」
「だって、だってだってなんだもん!」
「ボケも古いし!」
いやね、もうアレだ。世の女性方がみんなしてこっち見てる気がしてダメだ。うん。他の男性陣も同じことを思ってるに違いない。女物売り場はコレだからイヤだイヤだイヤだ。自意識過剰って言うな。
「売り場の中までは入らなくてもいいだろ……もう俺、死にそうで死にそうで」
「……なら、仕方ない」
「んじゃ、そこのベンチに座ってるから」
美幸から許可をもらい、優雅とはほど遠い手の振り方をして、自販機で紅茶を買ってからベンチに座り込んでみる。ぽけーっとした後に売り場の中を見てみると、なんやかんやで二人して楽しく物色している様子がそこにあり、ほっとする。姉妹の仲がよいのはいいことだ、うん。身の置き場のないことの一つや二つは我慢してやろう。
やることがなくて手持ちぶさたなので、本来は茶店でやる予定だったことをやることにする。鞄からVAIOを取り出し、スイッチオン。スロットにカードが刺さってるのを確認して、ブラウザを起動させる。無線が飛んでる茶店ならもっと早いのになあ、と愚痴をたれながらGmailを開く。新着メールの中に、ヒカリからのメールが一件。本文には『しんてんなし』の文字。
「漢字変換が面倒になってきたか」
なかなかヒットしてくれないらしい。まだ二日とはいえ、考え方は多岐にわたらせた方がいいかもしれない。といっても、見事な推測なんぞ簡単に出てきやしないのだが。適当に思いついたことをメール送信しておいて、Gmailは終了。代わりに自宅サーバーに繋いで、その中のエクセルを一つ落としてくる。それを開いて、昨晩のことを適当にまとめて書いてあげて、はいこちらも終了。うん、別にやることなんてそんなになかったか。レポートも終わってるし。
VAIOは鞄にサヨナラして、再度売り場を見てみると、美幸が遥に一着の服を薦めている光景。うん、仲良きことは良きかな良きかな。
しばらくして、紙袋を一つずつ抱えて二人が戻ってくる。思ってたより早かったのは幸いである。手持ちぶさただと悲しいし。
「いいのあったか?」
仲良く首肯。
「ちゃんと下着も買ったか?」
「見る? 水色とか」
「美幸さんや、その返しはちと斬新な上に後ろの人が怖いから」
なんというか、この姉妹コンビは乗せて落とすのがうまいね、ホント。
「……うっし。じゃあどっかで茶でもしばきに行くかー」
鞄を肩にかけて立ち上がり、最初の一歩を踏み出そうとしたらいつぞやと同じく動けない。
左右の手を掴む手が一つずつ。あいにくと、温もりは感じられない。
「ん?」
「その……ありがと」
「……ありがとう」
「……気にすんな」
何か気恥ずかしくなってきたぞおい。あれだ、二人分だからどことなくセンチメンタル。全く持って意味がわからない。
「あんた、ホントに変わってるわよね……」
「……変わってる」
「ええい、人を公共の場で変人呼ばわりするんじゃありません! 否定はしないが」
幸いなことに、その後の悪ノリで純情な感情的な物はサヨナラできた。周りの視線が痛い物になってなのは無視しておくとしても、実にありがたいね。俺にはその手合いのことを持つ資格なんてないんだから。
***
有言実行、ということで駅そばの茶店で適当に茶をしばいて、それから荷物を一度家においてから再度新宿をふらふら。ゲーセンで銃を派手にぶっ放してみたり(よくあるアレです)、いやがる女の子を無理矢理捕まえてみたり(フィギュアのUFOキャッチャーです。なんで俺やったんだ?)、物陰に隠れたカメラにパパラッチされてみたり(プリクラです。実体化してればちゃんと写るのね)と、適当に遊んでみた。その後は、適当にヨドバシを冷やかしてみたり、パルコを冷やかしてみたり、ハンズのインチキマジックグッズを冷やかしたり、とまあ俗に言うウインドウショッピング的なことをやっていた。前半はともかく、後半なんて俺の趣味みたいな物だというのに、二人は楽しそうについてきていた。少し困ったことに、歩いている最中二人は俺の手を離すことはなかった。他人様から見れば逆エイリアン状態。エイリアンに連れて行かれる俺ならぬ、幽霊に連れて行かれる俺。あながち間違っちゃいない。まだ極楽浄土には連れて行かないでくれ。
とまあ、「うわこれ、ラブコメのデートシーンみたいじゃん!」などと阿呆なことに気づいたサザンテラス付近。クリスピークリームドーナツでも行こうかと思ったところで、あんまり出会いたくなかった人物に出くわす。
「よう陽介」
「よう陽介なんて人はいません。じゃ」
「って待てよお前!」
だもんで、出くわしたこと自体を右から左に受け流してみたが、やっこさんに肩を掴まれてしまい、
「いやでも遭遇を認識せざるを得なくなる」
「なんだよその出来れば避けたい中ボス的な言い方は!?」
「あれ、声に出てた?」
「わかりやすくカギ括弧付きだったわ!」
「流行のメタだな」
「そんな流行知らねえよ!」
むう、相変わらずのノリの良さについ連続でぼけてしまった。おかげさまでいることをカンペキに認識してしまった。その間、二人は俺の背後で縮こまっている。まあ、こいつ見た目あからさまにチャラ男(死語?)だかんなー。茶髪でロン毛。いったいいつの時代のチャラ男なんだ。
「で、珍しくかわいらしい方々をどっから連れてきたんだ?」
「珍しくってなんだ珍しくって」
「いやだって陽介ってアレじゃん。年上派っぽいじゃん。連れてるのが大抵年上だし」
「……あー」
言わずもがな。歌舞伎町の烏モードである。基本的にあーいう店に来る人っていうのは、経済状況的にお姉様方が多い。必然的にアフターとか同伴とかも多くなるのだ。逆にあの店に女子高生が来てたら、丁重にお帰りいただく必要あるし。法律的に。
「まあ、そう言う日もある」
適当に誤魔化してみる。余計なこと言いやがってとついでに言おうかと思ったが、だが背後から何か冷たい視線が二つ刺さってるので止めておく。
「ふーん」
「……そう」
「いやいやいや、お前ら昨日も一昨日も見てある程度事情わかってるだろうが!」
「ふーん」
「……そう」
「コピペ回答かよ!? ツッコミすら手抜きっ!」
……誤解というか意図的に曲解してるので無視。とりあえず、青少年の主張的なことをしておこう。
「ハルキ、勘違いしてるだろうけどな、俺のストライクゾーンは15から30だぞ?」
「いや陽介、別に威張れないというか、下の方若干条例に引っかかってるからな」
「大丈夫、やらなきゃ」
「まあそうだけどさあ。あ、漢字をちゃんと使えよ」
「矢?」
「ある意味当たってるな」
余計に背後からの視線が冷たくなったのは無視無視。ふん、とふんぞり返る俺の背後二人を、ちらっと眺めるハルキ。少し顔色が変わる。
あ、まずい。
「……成仏させるなよ?」
この水島春樹という人物は、見た目に反してどっかの神社だか寺だかの直系筋で、見た目に反してその類のスペシャリストだったりする。何でもこのご時世、副業レベルでやってもそれなりの収入になるんだとか。他人様の副業にとやかく口出すつもりはないが、現時点ではそれなりにまずい。浮遊霊の類はすぐに強制送還と、偉い人が決めているのだ。ルールには従わないといけないが、今回ばかりは見逃して欲しい、などとどっかの支援団体の心持ちが何となくわかる。
「んー」
人の想像はさておき、なにやら考え込むハルキ。その姿は敵側で粋がってる雑魚キャラCみたいである。
「いや雑魚キャラっていうな! せめて中堅どころにしてくれ!」
「どうせならボスになれよ、お前……」
……いちいち真面目だなあ、見た目に反して。いやそれはともかく。
「何か引っかかることでも?」
「いや、なんというか、うーん……」
チャラい目つきのままだったら少女二人を舐めるように見回すアヤシイ勧誘員そのものだったが、今は違う。副業というか、血筋というか、その類の物がそうさせているのだろう。
「つながりが、ない」
「はあ?」
しばらくなめ回すように違った、じっくりと双子を見ていたハルキの結論は、そのままだと俺には意味不明だった。
「説明しろ説明。初心者にもわかりやすく」
「んー、陽介が成仏なんて言うから、てっきり実体化した浮遊霊の類かと思ったんだけど、浮遊霊とか地縛霊、後は生き霊なんかもそうだが、世間一般の霊って生前の存在とリンクしてんだよ。でもこの子らにはそれがない」
「てことは?」
「世間一般の霊じゃないってことだな」
「いやまだ初心者にはレベルたけえよその説明。なんだその世間一般の霊って。知らねえよそちらさんの世間一般なんて」
「これ以上うまい言い方が浮かばねえ……」
「なんだよ使えねえなあ」
血筋のなせる技なのか、はたまた血筋が生み出す好奇心なのか。こちらの雑言に負けずにハルキは目をつぶり、じっと何かを手探りで探しているようだった。
「んー……ああもう、どっかで似た事例を読んだ記憶はあるんだけどなあ」
「もだえるなよ気持ち悪い」
「気持ち悪いって何だよ! ……野郎がもだえたら気持ち悪いか」
「自己納得しやがって。どうせアレだろ、おまえん家の書庫とかそんなんで読んだとかだろ」
「あー、それしかあり得ないがな」
家帰ったら調べてみる、とやはり見た目によらず几帳面なことを言い残してサヨナラするハルキ。ふうやれやれだぜ、とため息をついたところで初めて、自分の身体が震えていることに気づく。
「ん……?」
と思ったら、正確には人様の身体を掴んでいる、二つの手が震えていた。……俺の配慮不足、というやつだ。ある種の存在否定を受けたわけなのだから、震えたくもなる。気づかなかった俺が悪い。振り返り、二人の頭に手をのせる。
「まだ、何かわかったわけじゃないし、今現におまえらはこうして俺とつながってる。前向け、前」
遥も美幸も、存在しているのは確かなんだ。そう伝えたかったのに、言葉はあまりにも無力だった。だから、俺は二人を抱きしめて、自分の体温を少しでも、冷たいままの彼女たちに分け与えることくらいしかできなかった。どれだけ俺が突飛な力を持っていようと、彼女たちに救いをもたらすことは出来ないのだ。肝心なときに使えない。
いちいち不幸事を俺に持ってくるなよ畜生、と、薄ら笑いを浮かべているであろうくそったれな神様を心の中でぶん殴る。でも気は晴れやしない。二人の震えも止まらない。とりあえず、次会ったら本当にぶん殴ってやろう。きっとかすりもしないけどな!
第二章
目を覚ますと、ちゃんとお日様が昇っている時間だった。二度寝万歳。日曜日万歳。どんよりなんてサヨナラである。ちゃちゃっと寝ぼけ男から目覚めすっきり男に着ぐるみを替えてリビングに出てみると、居候と化している双子の幽霊姉妹は仲良くソファーに座り、テレビを見ていた。映っているのは、大きなお兄さん御用達とも言える、女の子がたくさん出て戦うアニメだ。大きなお兄さん方は朝からご苦労様です。というかあんたら、それみてて楽しいのかよ。
「よ、おはよ」
「あ、おはよ」
「おはようございます」
朝の挨拶はとても大事だ。声だけで相手のおおよその状態がわかる。どうやら昨晩一昨晩と続いた一連の出来事の影響はどこにもない模様。快晴快晴。かっかっか。
「なに朝からご隠居様やってるのよ」
「いやだからモノローグを読むなと」
「声に、出てる」
「うわしまった俺ただのご隠居になっちまったのか!?」
「朝から意味わからないわよ! だいたいただのご隠居って何よ、ただのって」
「印籠も持ってないし助さん格さんもいない」
「うわあ、それはただのご隠居だ」
「あ、でも由美かおるの入浴シーンはちゃんとあるから。必須だし」
「朝、朝だから。まだ飛ばす時間じゃないから」
「入浴、する?」
……わーお。朝から小粋なトークを繰り広げてみたら横から大胆発言ですね、美幸さんや。
「ちょ、ちょっと美幸!?」
「それが、望みなら」
いやどう考えても今のフリでは望んでねえよ。いや待て、幽霊とはいえ、女子高生。しかもどっちかと言わなくても上玉。そんな子と入浴を望んでないなんて俺は言えるのか。いや言えはしない。反語。
「あんたも何黙ってるのよ!」
「いや、自分に正直に生きるのも、時には大事だよねってうばぎゃっ!?」」
……思いっきり、すね、蹴られました。相変わらずいい蹴り持ってんじゃねえか。やっぱ世界目指そうぜ世界。
「つうか俺、からかわれたあげく蹴られ損じゃん!」
「そういう日も、ある」
「お前が言うなお前が」
あーやっぱ曇り空だねこりゃなどと、心のメモ帳に恨み辛みを記しながらキッチンに向かう。嫌がらせのように飯を抜いてやろうかとも思ったが、幽霊だからあんま意味ねーと思い直し、三人分適当に作る。何より自分が食べたい。朝飯抜くと太るし。
「そういえば普通に料理してるけどさ」
「ん?」
実体化以降、幽体になったのを見たことのない遥が、地に足つけてカウンター越しにこちらをのぞき込んでいた。
「あんた、普通に料理上手いわね」
「普通に普通にって、そりゃあうまいもん食いたいからなあ。それにあんまり外で食わないし。飯食ってる最中に追っかけっこされると悲しいし」
「あ、なるほど」
野郎の暮らしって案外繊細なんですよーとか言おうと思ったら、その背後から美幸嬢。
「でも、男性の一人暮らし向きの料理じゃない」
「ほう?」
「多人数分作ることにも手慣れてる」
「……ほほう?」
「誰かと、住んでた?」
相変わらず鋭いお嬢様だことで。どういう生活してたらこんな推理少女ができあがるんだろうね。
「あ、だからこの家広いわけ?」
「んんー、まあ当たらずとも遠からず」
キュウリを切る手は休めずに、適当な返答を返しておく。返答に手抜きは許せても、料理に手抜きは許されないのです。ってどっかの先生が言ってた気がする。気のせいか。
「あ、ヒカリさんと住んでた?」
「いんや。あいつは“自分専用の場所でないとイヤだ”とかいって、ここに住んでたことは一切合切ない」
「……でも恋人同士の時期はあった、と」
「まあ、ねえ」
相変わらず嘘のつけない俺である。つうか昨日の会話とかでバレバレだし。主に性的に。ついでにこっそり記しておくと、仮にあのヒカリ嬢がまかり間違って一緒に住みたいとか言い出しても、同棲はなかっただろう。
「じゃあ他にいたんだ」
「……ノーコメントで。一応言っておくと、店にくる方々は全員この家に入ったことないから」
「ふーん」
あ、なんか冷たい視線。その後ろからも飛んできてるし。いやあ、もてる男の宿命っすね。うん。仕方ない、一応言っておいてやろう。なんとなく。
「さらに一応言っておくと、過去俺と付き合った奴らは、ここで一泊とかはあっても、服やら何やらを置いたりはしてなかったからな?」
「じゃあ、初日にぽんと出てきた服は何よ」
「まあ、新品で買ったやつ?」
「それはわかってるっての! というか新品じゃなかったら何なのよ……」
「まあ、いろいろあるんすよ、男の繊細な一人暮らしには」
「ま、まさか女装趣味があるとか」
「ないない。勝手に決めつけて一人どん引きするな。俺ついて行けないから」
適当に手で追い返し、話を打ち切る。残念ながら俺は腹が減ってるのだ。小娘達の恋バナなんて優先順位でいくと相当低い。そんなもんは恋からでやってこいってんだ。
なんだか最近こればっかりな気もしなくもないが、トーストとサラダとベーコンエッグ、それにコンソメスープとコーヒー計三人前をトレーに乗せて、テーブルに運ぶ。喫茶店のモーニングセットそのものだが、気にしない。まあ明日は和式朝食にしてやろう、うん。あるいは柿の種でも追加しておくがや。
などと怪しき名古屋弁とともに物思いにふけったところで、二人が明日もいる、という選択肢が割と高い順位にある自分自身に驚く。
どっかの誰かさんの、ほらやっぱり、という冷たい声が浮かぶ。うるさいよ、人の脳内まで勝手に現れないでくれヒカリさんや。そういう日もあるんだよ、たぶん。
気を取り直して朝飯食って、気力ばっちり、となったところで。
「出かけるか」
「どこに」
「ここではない、何処かへ」
「何ちょっと前の曲名みたいなことを言ってるのよ」
「歌っていい?」
「どっかの人たちが請求書持ってくるわよ?」
「それは勘弁願いたいな。ともかく、何となくまああれだ、さすがにお前らの服とか買わないとダメだろ」
「……いいの?」
「いくらうちにあるっつっても、自分の着たい物着たいだろ? それに一人分しかないし。一週間ローテ出来るほどの量じゃないだろ」
「あんた、こういうところはきっちりしてるのね……」
「一体全体お前らの中で、俺はどういうキャラクターになってるんだか……」
「……変ないい人?」
「概ね間違っちゃいねえ!」
***
というわけで、ハロー伊勢丹。マルキューでも行ってろうかと思ったけど、近場でいいよね的なアレである。たかが山手線三駅に近場遠場もないのだが、行こうと思うには(精神的に)遠いのだ。伊勢丹ならば新しい地下鉄にも直結しててとても便利、ってあの路線の使い道は今ひとつ見えない。まあ横浜にも行けるようになったら便利だよね。地元に戻れるし。
入り口で大勢の店員にいらっしゃいませ攻勢を浴びて気分が良くなったところで。
「はい、カード」
「へ?」
財布から取り出したクレジットカードを手渡し、優雅に手を振ってみる。
「あ、暗証番号聞かれたら1989で。もしサインだったら適当に自分の名前書けば大丈夫。限度額まで使ってくれてもかまわん」
「は、はあ」
「あとこっちは緊急用の現ナマ。五万もありゃどうにかなるだろう」
「はあ、ってあんたは?」
「いや、女物の服売り場行っても肩身狭いだけだし。二人で行っといで。俺その辺のサテンで優雅なブレイクタイムしてるから」
「……ゴールドカード」
「別にゴールドカードは珍しくも何ともないからな。ANAのは年会費三万だし、じゃ」
くるりとターンを決め、最初の一歩を踏み出したところで、身体が前に進まないことに気づく。見てみると、二人して服の裾を掴んでいる。うん、そりゃあ進まない。進めない。
「あ……あれ?」
「……?」
「いやいや、引き留めておいて『あれ、なんで引き留めたんだろう?』的な顔をされても」
「あ、うん、まさにそれ」
「んなこと聞かれても俺がわかるかっ!」
「何でだろう?」
「テツトモにでも聞いとけ、って古いか」
はああと深いため息をつく。できれば時間と諸般の都合上パスしたかったけど、引き留められちゃあ仕方ない。しかも二人分。しかも女子高生的なお年頃。あれ、何か気分がアッパーになってきたぞ。
「よしじゃあ行きますかっ!」
「やっぱ帰りてえ!」
「決意砕けるのはやっ!」
「だって、だってだってなんだもん!」
「ボケも古いし!」
いやね、もうアレだ。世の女性方がみんなしてこっち見てる気がしてダメだ。うん。他の男性陣も同じことを思ってるに違いない。女物売り場はコレだからイヤだイヤだイヤだ。自意識過剰って言うな。
「売り場の中までは入らなくてもいいだろ……もう俺、死にそうで死にそうで」
「……なら、仕方ない」
「んじゃ、そこのベンチに座ってるから」
美幸から許可をもらい、優雅とはほど遠い手の振り方をして、自販機で紅茶を買ってからベンチに座り込んでみる。ぽけーっとした後に売り場の中を見てみると、なんやかんやで二人して楽しく物色している様子がそこにあり、ほっとする。姉妹の仲がよいのはいいことだ、うん。身の置き場のないことの一つや二つは我慢してやろう。
やることがなくて手持ちぶさたなので、本来は茶店でやる予定だったことをやることにする。鞄からVAIOを取り出し、スイッチオン。スロットにカードが刺さってるのを確認して、ブラウザを起動させる。無線が飛んでる茶店ならもっと早いのになあ、と愚痴をたれながらGmailを開く。新着メールの中に、ヒカリからのメールが一件。本文には『しんてんなし』の文字。
「漢字変換が面倒になってきたか」
なかなかヒットしてくれないらしい。まだ二日とはいえ、考え方は多岐にわたらせた方がいいかもしれない。といっても、見事な推測なんぞ簡単に出てきやしないのだが。適当に思いついたことをメール送信しておいて、Gmailは終了。代わりに自宅サーバーに繋いで、その中のエクセルを一つ落としてくる。それを開いて、昨晩のことを適当にまとめて書いてあげて、はいこちらも終了。うん、別にやることなんてそんなになかったか。レポートも終わってるし。
VAIOは鞄にサヨナラして、再度売り場を見てみると、美幸が遥に一着の服を薦めている光景。うん、仲良きことは良きかな良きかな。
しばらくして、紙袋を一つずつ抱えて二人が戻ってくる。思ってたより早かったのは幸いである。手持ちぶさただと悲しいし。
「いいのあったか?」
仲良く首肯。
「ちゃんと下着も買ったか?」
「見る? 水色とか」
「美幸さんや、その返しはちと斬新な上に後ろの人が怖いから」
なんというか、この姉妹コンビは乗せて落とすのがうまいね、ホント。
「……うっし。じゃあどっかで茶でもしばきに行くかー」
鞄を肩にかけて立ち上がり、最初の一歩を踏み出そうとしたらいつぞやと同じく動けない。
左右の手を掴む手が一つずつ。あいにくと、温もりは感じられない。
「ん?」
「その……ありがと」
「……ありがとう」
「……気にすんな」
何か気恥ずかしくなってきたぞおい。あれだ、二人分だからどことなくセンチメンタル。全く持って意味がわからない。
「あんた、ホントに変わってるわよね……」
「……変わってる」
「ええい、人を公共の場で変人呼ばわりするんじゃありません! 否定はしないが」
幸いなことに、その後の悪ノリで純情な感情的な物はサヨナラできた。周りの視線が痛い物になってなのは無視しておくとしても、実にありがたいね。俺にはその手合いのことを持つ資格なんてないんだから。
***
有言実行、ということで駅そばの茶店で適当に茶をしばいて、それから荷物を一度家においてから再度新宿をふらふら。ゲーセンで銃を派手にぶっ放してみたり(よくあるアレです)、いやがる女の子を無理矢理捕まえてみたり(フィギュアのUFOキャッチャーです。なんで俺やったんだ?)、物陰に隠れたカメラにパパラッチされてみたり(プリクラです。実体化してればちゃんと写るのね)と、適当に遊んでみた。その後は、適当にヨドバシを冷やかしてみたり、パルコを冷やかしてみたり、ハンズのインチキマジックグッズを冷やかしたり、とまあ俗に言うウインドウショッピング的なことをやっていた。前半はともかく、後半なんて俺の趣味みたいな物だというのに、二人は楽しそうについてきていた。少し困ったことに、歩いている最中二人は俺の手を離すことはなかった。他人様から見れば逆エイリアン状態。エイリアンに連れて行かれる俺ならぬ、幽霊に連れて行かれる俺。あながち間違っちゃいない。まだ極楽浄土には連れて行かないでくれ。
とまあ、「うわこれ、ラブコメのデートシーンみたいじゃん!」などと阿呆なことに気づいたサザンテラス付近。クリスピークリームドーナツでも行こうかと思ったところで、あんまり出会いたくなかった人物に出くわす。
「よう陽介」
「よう陽介なんて人はいません。じゃ」
「って待てよお前!」
だもんで、出くわしたこと自体を右から左に受け流してみたが、やっこさんに肩を掴まれてしまい、
「いやでも遭遇を認識せざるを得なくなる」
「なんだよその出来れば避けたい中ボス的な言い方は!?」
「あれ、声に出てた?」
「わかりやすくカギ括弧付きだったわ!」
「流行のメタだな」
「そんな流行知らねえよ!」
むう、相変わらずのノリの良さについ連続でぼけてしまった。おかげさまでいることをカンペキに認識してしまった。その間、二人は俺の背後で縮こまっている。まあ、こいつ見た目あからさまにチャラ男(死語?)だかんなー。茶髪でロン毛。いったいいつの時代のチャラ男なんだ。
「で、珍しくかわいらしい方々をどっから連れてきたんだ?」
「珍しくってなんだ珍しくって」
「いやだって陽介ってアレじゃん。年上派っぽいじゃん。連れてるのが大抵年上だし」
「……あー」
言わずもがな。歌舞伎町の烏モードである。基本的にあーいう店に来る人っていうのは、経済状況的にお姉様方が多い。必然的にアフターとか同伴とかも多くなるのだ。逆にあの店に女子高生が来てたら、丁重にお帰りいただく必要あるし。法律的に。
「まあ、そう言う日もある」
適当に誤魔化してみる。余計なこと言いやがってとついでに言おうかと思ったが、だが背後から何か冷たい視線が二つ刺さってるので止めておく。
「ふーん」
「……そう」
「いやいやいや、お前ら昨日も一昨日も見てある程度事情わかってるだろうが!」
「ふーん」
「……そう」
「コピペ回答かよ!? ツッコミすら手抜きっ!」
……誤解というか意図的に曲解してるので無視。とりあえず、青少年の主張的なことをしておこう。
「ハルキ、勘違いしてるだろうけどな、俺のストライクゾーンは15から30だぞ?」
「いや陽介、別に威張れないというか、下の方若干条例に引っかかってるからな」
「大丈夫、やらなきゃ」
「まあそうだけどさあ。あ、漢字をちゃんと使えよ」
「矢?」
「ある意味当たってるな」
余計に背後からの視線が冷たくなったのは無視無視。ふん、とふんぞり返る俺の背後二人を、ちらっと眺めるハルキ。少し顔色が変わる。
あ、まずい。
「……成仏させるなよ?」
この水島春樹という人物は、見た目に反してどっかの神社だか寺だかの直系筋で、見た目に反してその類のスペシャリストだったりする。何でもこのご時世、副業レベルでやってもそれなりの収入になるんだとか。他人様の副業にとやかく口出すつもりはないが、現時点ではそれなりにまずい。浮遊霊の類はすぐに強制送還と、偉い人が決めているのだ。ルールには従わないといけないが、今回ばかりは見逃して欲しい、などとどっかの支援団体の心持ちが何となくわかる。
「んー」
人の想像はさておき、なにやら考え込むハルキ。その姿は敵側で粋がってる雑魚キャラCみたいである。
「いや雑魚キャラっていうな! せめて中堅どころにしてくれ!」
「どうせならボスになれよ、お前……」
……いちいち真面目だなあ、見た目に反して。いやそれはともかく。
「何か引っかかることでも?」
「いや、なんというか、うーん……」
チャラい目つきのままだったら少女二人を舐めるように見回すアヤシイ勧誘員そのものだったが、今は違う。副業というか、血筋というか、その類の物がそうさせているのだろう。
「つながりが、ない」
「はあ?」
しばらくなめ回すように違った、じっくりと双子を見ていたハルキの結論は、そのままだと俺には意味不明だった。
「説明しろ説明。初心者にもわかりやすく」
「んー、陽介が成仏なんて言うから、てっきり実体化した浮遊霊の類かと思ったんだけど、浮遊霊とか地縛霊、後は生き霊なんかもそうだが、世間一般の霊って生前の存在とリンクしてんだよ。でもこの子らにはそれがない」
「てことは?」
「世間一般の霊じゃないってことだな」
「いやまだ初心者にはレベルたけえよその説明。なんだその世間一般の霊って。知らねえよそちらさんの世間一般なんて」
「これ以上うまい言い方が浮かばねえ……」
「なんだよ使えねえなあ」
血筋のなせる技なのか、はたまた血筋が生み出す好奇心なのか。こちらの雑言に負けずにハルキは目をつぶり、じっと何かを手探りで探しているようだった。
「んー……ああもう、どっかで似た事例を読んだ記憶はあるんだけどなあ」
「もだえるなよ気持ち悪い」
「気持ち悪いって何だよ! ……野郎がもだえたら気持ち悪いか」
「自己納得しやがって。どうせアレだろ、おまえん家の書庫とかそんなんで読んだとかだろ」
「あー、それしかあり得ないがな」
家帰ったら調べてみる、とやはり見た目によらず几帳面なことを言い残してサヨナラするハルキ。ふうやれやれだぜ、とため息をついたところで初めて、自分の身体が震えていることに気づく。
「ん……?」
と思ったら、正確には人様の身体を掴んでいる、二つの手が震えていた。……俺の配慮不足、というやつだ。ある種の存在否定を受けたわけなのだから、震えたくもなる。気づかなかった俺が悪い。振り返り、二人の頭に手をのせる。
「まだ、何かわかったわけじゃないし、今現におまえらはこうして俺とつながってる。前向け、前」
遥も美幸も、存在しているのは確かなんだ。そう伝えたかったのに、言葉はあまりにも無力だった。だから、俺は二人を抱きしめて、自分の体温を少しでも、冷たいままの彼女たちに分け与えることくらいしかできなかった。どれだけ俺が突飛な力を持っていようと、彼女たちに救いをもたらすことは出来ないのだ。肝心なときに使えない。
いちいち不幸事を俺に持ってくるなよ畜生、と、薄ら笑いを浮かべているであろうくそったれな神様を心の中でぶん殴る。でも気は晴れやしない。二人の震えも止まらない。とりあえず、次会ったら本当にぶん殴ってやろう。きっとかすりもしないけどな!