登る時あれほど強い決心が必要だった坂道を、たやすく下っていく。ためらいなど、ほとんど存在しない。
「下るのは早いわね……」
横を並んで歩く杏も感じ取っていたようだった。わずかに手をはためかせて答える。
「まあ、下りだからな」
答えてから、手持ちのビニール袋内の緑茶缶を思い出し、ガサゴソと二本取り出し一本を杏に渡す。
「ほれ、お茶」
「ほれお茶って、そんなの見ればわかるわよ。で、これは何なの?」
「ん、まあその、付き合ってもらった分のお礼、かな?」
「安くて温いお礼ね……」
口ではきつい言い方をしているが、顔の他の部分を見る限りは満更でもないようだった。軽く吐き出すように白い息を空に浮かべてから、俺も一本取り出し、プルタブを開ける。既に温さすらも失っていた緑茶だが、乾いた喉を潤すにはちょうど良かった。
「さっきはありがとな」
喉が潤ったためか、正直な気持ちが口をついて出た。
「へ?」
唐突な言葉だったためか、杏はキョトンとした顔でこちらを見ていた。少し、間抜けだ。
「渚と向かい合ってるときに背中押してくれただろ? それのお礼」
「あ、ああそういうことね。あのままだと、渚だって困ってたと思うし」
「そりゃそうだな」
少しだけ恥ずかしくなって、誤魔化しついでに緑茶をもう一口。先程よりも冷たさの増した緑茶は、一種の熱さを冷ましてくれる。喉元過ぎれば熱さも、とはちょっと違うか。
更に誤魔化しついでに、空を見上げる。
「……お」
わずかに見える、小さな粒。
白い妖精たちが数名、ゆっくりと、地表に舞い降り始めていた。
つられて杏も空を見上げる。
「……あ、雪……」
「雪、だな……」
重たい空から、静かに舞い降りてくる雪たち。その降り始めは、儚く、しかし可憐だった。手を伸ばしてもまだ届かない位置なのに、思わず腕を差し出してしまう。
やがて、一番のりを果たした妖精が、掌にそっと着地し、瞬く間に消え失せる。
それがシグナルだったのか。
「……本格的に降り出したわね」
空一面がステージと化す。妖精たちは広大な舞台の上で所狭しと舞を披露し、ひらひらと地上に降りてくる。
手を差し出せば、幾つもの結晶が積もっては消えていく。
息を吐けば、その白さは雪に吸い取られたように見えなくなって。
「きっと、渚からの祝福よ。登って、降り始める事ができた朋也への」
「……だと、いいな」
最後の呟きも、雪の中に消えていった。
「下るのは早いわね……」
横を並んで歩く杏も感じ取っていたようだった。わずかに手をはためかせて答える。
「まあ、下りだからな」
答えてから、手持ちのビニール袋内の緑茶缶を思い出し、ガサゴソと二本取り出し一本を杏に渡す。
「ほれ、お茶」
「ほれお茶って、そんなの見ればわかるわよ。で、これは何なの?」
「ん、まあその、付き合ってもらった分のお礼、かな?」
「安くて温いお礼ね……」
口ではきつい言い方をしているが、顔の他の部分を見る限りは満更でもないようだった。軽く吐き出すように白い息を空に浮かべてから、俺も一本取り出し、プルタブを開ける。既に温さすらも失っていた緑茶だが、乾いた喉を潤すにはちょうど良かった。
「さっきはありがとな」
喉が潤ったためか、正直な気持ちが口をついて出た。
「へ?」
唐突な言葉だったためか、杏はキョトンとした顔でこちらを見ていた。少し、間抜けだ。
「渚と向かい合ってるときに背中押してくれただろ? それのお礼」
「あ、ああそういうことね。あのままだと、渚だって困ってたと思うし」
「そりゃそうだな」
少しだけ恥ずかしくなって、誤魔化しついでに緑茶をもう一口。先程よりも冷たさの増した緑茶は、一種の熱さを冷ましてくれる。喉元過ぎれば熱さも、とはちょっと違うか。
更に誤魔化しついでに、空を見上げる。
「……お」
わずかに見える、小さな粒。
白い妖精たちが数名、ゆっくりと、地表に舞い降り始めていた。
つられて杏も空を見上げる。
「……あ、雪……」
「雪、だな……」
重たい空から、静かに舞い降りてくる雪たち。その降り始めは、儚く、しかし可憐だった。手を伸ばしてもまだ届かない位置なのに、思わず腕を差し出してしまう。
やがて、一番のりを果たした妖精が、掌にそっと着地し、瞬く間に消え失せる。
それがシグナルだったのか。
「……本格的に降り出したわね」
空一面がステージと化す。妖精たちは広大な舞台の上で所狭しと舞を披露し、ひらひらと地上に降りてくる。
手を差し出せば、幾つもの結晶が積もっては消えていく。
息を吐けば、その白さは雪に吸い取られたように見えなくなって。
「きっと、渚からの祝福よ。登って、降り始める事ができた朋也への」
「……だと、いいな」
最後の呟きも、雪の中に消えていった。