おひとりさまの介護

母が認知症になった。なにもわからなかった介護の世界との格闘記

リピート

2008年08月31日 | 認知症の日常
短期記憶が定着しないので、同じことを何度も繰り返す。
そのひとつは、ご飯を炊いたそばから、また新しくお米をといでしまうことだ。
電気炊飯器に炊いたご飯、いつといだかわからないザルにあげたお米が冷蔵庫に2ザル。
ずいぶん前から見かけるほうはさすがにやめておいた。
いつといだかわからないお米は、そんなに美味しいものではない。
だが、ご飯を炊く、という母に残った限られた機能をキープするために、あまりつべこべ言わずに食べることにした。

心に残る言葉

2008年08月27日 | おひとりさま
オリンピックの間、いろいろな感動があった。
トップアスリートは何かしら怪我を抱えていたり、満身創痍のことも多い。
いろいろ言い訳をせずに結果を出さなければならない。

わたしが一番心に響いたのは、ソフトボールの上野投手の言葉だ。

「最後は強い気持ちの人が勝つんだなと思いました」

勝つ、という言葉が適当かどうかはわからない。けれど、自分の人生をどうしたいのか、強い気持ちを保っていたい。

ものとられ妄想つづき

2008年08月24日 | 認知症の日常
今日実家に行くと、今日従妹Bの子が来ると母がいう。
先週、今日これから息子を行かせてもいいか、というメールが従妹から入っていたので、ヘルパーさんが来る日とかち合わないよう来週にしてもらった。
ヘルパーさんが入る前、ときどき従妹Bの子供たちにきてもらっていたことがあった。
子供たちも口うるさい母親から逃れてのんびりテレビを見てられるし、こちらとしても母の見守りとなるからいいと思っていた。
でも、その後の従妹Bに対する疑惑、ヘルパーさんの介護が始まったこともあって、こちらから頼むのはやめていた。

今月になって、ついに母の従妹Bに対する「お金返して」が始まった。
従妹Bが来て母のお財布が入っている引き出しの脇にじいっと座っていた、というのだ。
以前の「貸付金」疑惑に関しては、母は「子供の教育資金が必要だから貸して」と言われたという。
どこまで本当かわからない。しかし、必要ならまず自分の親から借りるのがスジだと思う。

従妹Bに電話して、まず彼女の息子が来るのが今日でないことを確認。
ものとられ妄想が酷くなっているから、母からは一切お金をもらわないでくれ、あとで取られた、というから、と伝えた。
子供たちにはわたしが宿直(?)日当として、おこずかいをあげている。
これまでまさか親がとってないと思うが。

通院計画

2008年08月23日 | 通院
8月は歯医者さんへの通院に、ヘルパーさんについていってもらうことに成功した。

本当は自分の歯が残っていたほうがいいのだろうけど、ぐらぐらしている前歯が抜けるのが時間の問題だから、抜歯して新しい入れ歯を作る。
歯茎があがってくるのを待って、次回の通院を決めるので、多分10月以降だろう。
お盆休みをはさんで、3回の歯科通院にヘルパーさんの介護がついた。
8月は眼科へ母を連れて行ったのが1回、物忘れ外来へ私が薬をもらいに行ったのが2回(1回は臨時休診でもらえなかった)。

9月は歯医者がない代わりに、眼科手術と物忘れ外来に私が連れて行く。
こうやって時間とエネルギーをとられていく。
子供ならいずれ自立して手が離れるが、親は逆である。

内容が深刻で先生とのお話が必要なときは私が行かざるを得ないものの、それ以外はヘルパーさんにお願いする”運用上の”ベースがととのった。
訪問介護を最初に入れたときと同じぐらいの大きな前進だ。


眼科検診

2008年08月18日 | 通院
浮腫が目立ってきたと指摘された先月の眼科検診のフォロー。
4年前に行った硝子体注射はステロイド剤を使ったが、今回はアバスチンを勧められた。

アバスチンは新生血管阻害効果があるので、がん細胞への栄養補給を断つ効果から直腸がんの治療薬として承認されている。
新生血管阻害という点では網膜浮腫にも効果があるが、眼科治療としては承認されていない。
それでも薬剤費はかからない、という医師の説明が気になった。
「症例を作るために製薬会社から補助がでているのですか?」と聞いたが、術代はいただくので、とあまり腑に落ちない説明だった。

あとで家でネットで調べると薬剤費は1回20万程度すると述べているサイトもあった。それから、承認されていないので、製薬会社の責任を追及することもできないとも。
素人考えだが、やはり何らかの自主臨床試験と考えたほうがいい。

結論
アバスチン注射は米国ではポピュラーな方法となっているが、日本ではまだ新しい。
硝子体注射なので、前回同様、術後翌日と翌々日に感染症予防のため消毒に通院しなければならない。
一方、レーザー光凝固手術は術後のダウンタイムが少ない(=本人および介護者である私の負担が少ない)

ということで、レーザー光凝固手術を選択した。
自己負担は万単位である。
高額医療費として一部還付されるだろうが、今まで区が還付を自動振込みしてくれたのに、今年制度改悪があって、申請しなければならなくなったらしい。
(これについてはまた改めて検討レポしようと思う)

こんな複雑な医療や制度は年寄りには難しい。
すべて人の善意に基づいていると任せられるのならいいが、そういう世の中になっていない。
老人1人守っていくだけでも大変だ。

思い出づくり

2008年08月17日 | 認知症の日常
この週末は夏祭り。
せっかくの本祭りを母と私だけではさびしいので、伯父夫婦を呼び、叔母にも来てもらって親族で御神輿が通るのを楽しんだ。

母はあまりしゃべらない。
しゃべるとボロが出てしまうのがわかっているからなのか、格別の意図なくそうしているのかは定かではない。
伯父たちにしきりにお茶のお代わりを勧めるばかりである。
上部が割れたグラスに麦茶を入れて出したので、あわてて引っ込めた。
実家に置いておくとどういうことになるかわからないので、包んでわたしのところに持ってきて捨てた。

伯父たちと別れて家に帰ってお昼寝をすると、母はすっかり昼間のことを忘れていた。
デジカメで撮った画像をみせると、思い出して、伯父たちが楽しそうにしていたので、よかったと思ったようだ。

次の本祭りは3年後。この夏がもう二度とないことをそのとき改めて知るだろう。

ものとられ妄想

2008年08月15日 | 認知症の日常
母は疲れたと感じたとき漢方薬を飲んでいる。
もともとは父がのみ始めたもので、多くのスタミナドリンクと同様、興奮剤と鎮静剤が適当に入っているものなのだが、本人は効くと思っているので、信仰と同じ効果がある。
あっちにやったりこっちにやったりしている他の多くのモノに漏れず、これも同じように一定場所に置いておかないのでいつも、ない、ない、と騒いでいる。

先日実家に寄ったとき、電話が鳴ったので出たところ従妹Bだった。
母が漢方薬がない、と電話してきたという。
従姉からの伝言で、仏壇の中にあったかもしれないから、ときいて見に行ったがなかった。

昨日母が、「従妹Bが来て、漢方薬を全部紙袋に入れて持っていってしまった」、と話していたので、従妹にメールしてこの前来たのか、聞いた。
来るときは必ずメールして、と言っておいたのと、そんな漢方薬を持っていってどうするのか、という根拠から、母の発言を信じる気にはならなかったが、確認のためである。
従妹は来ていなかった。

母の言うことをすべて疑うわけにはいかないが、なんとも対応が悩ましい。

力関係

2008年08月13日 | 認知症の日常
母の未亡人長電話仲間とのメインの話題のひとつは嫁姑関係だ。
母には息子がいないので、息子しかいない相手にいささか優越感をもってアドバイスしている。
相手はだいたい嫁さんに関する愚痴を訴えてくる。それをどう母がさばいているのか、今日は横でちょっと聞いてみた。
すると、「いずれはお嫁さんの世話になるんですから譲ったほうがいいですよ」、なんて言っている。
確かに、嫁姑関係にしても他の関係にしても封建時代ではないのだから、どこで力関係が逆転するかわからない。
嫁いびりをしていた姑が寝たきりになった後、嫁に復讐されるなど、まるで絵に描いたようなドラマ展開もあるらしい。

それで肝心なわたしとの関係だが、本人は電話相手へのアドバイスのとおり実行しているのかどうか。
前よりは多少よくなっているかもしれないが。

ループ

2008年08月10日 | 認知症の日常
認知症の親をかかえるひとのブログを見ているけれど、本当にかわいそうでいたたまれない場合もある。
そんなときは、あなたのことを見守っていますよ、と心の中で思うしかない。

今日は実家に行くと、母は異常に激昂していた。
家の事業の従業員に母がやっていた宗教の信者さんがいる。
組織の上の人に苛められていたのを母が気の毒に思いひろってあげて、その人のダンナをうちの事業に雇ってあげたのである。
母は世間知らずなので、人との距離のとり方がうまくない。
とことんやってあげたあげく、少しでも自分の気に入らないことがあると裏切られた、という気持ちになる。
社宅にも入れてあげていろいろやってあげたのに、自分に対する感謝が足りない、といつも思っている。
それで、いつも「あの人たちはいつ出て行くのか?」と事あるごとに気にしてそのことから頭が離れなくなる。
私のほうは、オーナーでない以上死ぬまで社宅にいるわけに行かないのだから、給与所得者でいる間に住宅ローンを組むのが合理的経済人の判断だろうと思っているので、母ほど差し迫った思いはない。
「弁護士の○○先生に相談したら?」と、どうにかしてほしいという私への矛先をそらそうとすると、「お父さんはやってくれたのに」とまた不平不満である。
と、電話をしようとすると、通話音がしない。
調べたら、プラグが抜けていた。
まもなく、長電話の未亡人仲間から電話があって長電話が始まった。

ヘルパーさんとの連絡帳によると、昨日の炊事介助も「作ったことにしておいて」、と言って追い返そうとしたらしい。
その情緒不安定の状況からして、昨日からプラグが抜けて電話ができなかったのだと思う。

長電話のあとは発散できたらしく、おとなしくなった。


体調管理

2008年08月09日 | おひとりさま
このところ母のストーカー電話がないので、それは助かっているのだが、精神的には厳しくて、人と会って元気そうなふりをして、帰ってきたあとの反動がひどい。
それでもこういう状況をなんとかしようという気力は残っていて、運動に行く。運動している間は何も考えないようにしている。それから、やはり自分の体調管理のためだ。

財源不足から、益々医療崩壊が進んでいる。
メタボ検診とかいって、病気になって医療費を使われる前に予防しよう、という発想はわかる。
(実際は製薬会社を利するだけでは、との思いもあるが)
日ごろから健康に気をつけているのに病気になる、といった不幸に対する保険としての公的医療保険なら喜んで払う。
しかし、自分の健康管理に気をつけないで、滅茶苦茶な生活をして病気になって、公的保険を使われる、というのはなんだかおかしい気がする。
先日もある医師の人と話していて、指導しても守る気のないひとたちは、内科や循環器科の問題ではなく、(依存症であるとか)精神科が指導すべきことなのだけれど、それを言うのはタブーとなっている、ということだった。
喫煙者と非喫煙者の保険料に差をつけるなど、少し金銭的なインセンティブを働かせたらどうだろう。
タバコ会社が圧力団体となって反対するだろうなぁ。